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異国

「どうしたものかね」

 魔女は溜息をついた。茶を静かに飲み、丸いテーブルに戻す。そんなことをかれこれ十回は繰り返している。

「あんたには昔から悩まされてきたが……」

 あきれたような口ぶりでもう一人の魔女に語り掛ける。どこでついたのか、氷の魔女などという異名を持っているそいつに。

「何を言っても聞きやしない。全部自分の好きなように動く。だから今回もあたしは何も言わなかったんだ」

 アナスタシアは老婆を見つめているようでどこか焦点が合っていない。完全に思考が宙に浮いている。

「エンリケに行きたいって顔だね」

 よっぽど長い付き合いなのだろう。何を考えているのかわからない魔女の思考を見事に射止めると、いつもの無表情に戻った。

「あんたのことだ。止めはしないよ。でもあそこに入り込むのは簡単じゃない」

 氷の魔女をじっと睨みつけるが、流石の老婆でも返答を引き出すことはできなかった。

「それでも強行突破かい?」

「……そうね」

 


 行き当たりばったり。そんな言葉が思い浮かんだ。魔法を操る以外の特徴を一つ上げるとすればそれだろう。悪く言えばその場しのぎの応急処置。魔法に長けているからこそのゴリ押しでやってきたのだろう。

 前を行く金髪の魔女の背中を見つめてみても何も変わりはしない。……まあいいか。

「で、エンリケってのは何なんだ? そこに行けばクリスタルをどうにかできそうなのか?」

 魔法を使われようが毒林檎を食わされようがこいつは行くよ。目に浮かぶ。

「エンリケでクリスタルを扱おうとしていたという話を思い出したわ。手がかりがあるかもしれない」

 魔女の恐るべき情報収集能力をもってしても伝聞レベルに留まるのか。そんなところに俺が付いていっても足手まといになるのが目に見えているんだが。どんな町なのか言わないあたり、情報を小出しにして俺が逃げないようにしているんじゃないだろうか。

 前方に見えているファドールほどのどかな町だったら言うことはないんだが、生憎、ファドールももう行きたくない町ランキングトップ10の中に食い込んでしまった。思い出したくもない。正体不明の山羊を押し付けやがった胡散臭い親父がまだあの町にいるかもしれない。とことん鉢合わせしたくないのだ。万が一あいつを見つけてしまったら、助走をつけて殴りかかるかもしれない。というのは冗談だが、出来ることならファドールの半径十キロメートルには近づかないで、記憶の底に沈めておきたいのだ。

 だがどうしたことだろうね。俺たちがこのまま歩いていくとその町の中を通り過ぎてしまうよ。

「ここから東北の方角ね」

 俺の心境はお構いなしに、ペット同然に見えない鎖を引っ張って歩いてくれている魔女。町にだけは行かないでくれよ。

 ふと、一人の男がこっちに向かってくるのに気づいた。髪も髭も切ることなく無駄に伸ばし続けた風貌。例えるならモップだろう。俺たちから目を逸らさずにやってくる。 

「なあ、あんたたち」

 かすれ気味の低い声を塵のように吐き出す。

「あんたたち、ローランドから指名手配されてるぞ」

 指名手配されてるのはあんたじゃないのか、と返してやりたいところだが残念ながら心当たりがある。

 モップ男はよろよろと人差し指をアナスタシアに向けた。

「どういうこと?」

「ファドールにお前の貼り紙があった。金髪だったから間違いない」

「……捕まえに来たのか?」

「いや、懸賞金はかかってなかったな」

 明らかにファドールに向かう流れだ。まずい。

「何か嫌な予感がするな。近づくのは止めにしないか?」

「エルミナードのクリスタルのお礼だといいわね」

「そんなはずがないだろ。少し前までお前を狙ってたやつらだぞ」

「そうかしら? 仮に罠だったとしても、ローランド程度の戦力なら問題ないわ」

「……わかったよ」



 まさかこの町にまた来ることになるなんて。俺もアナスタシアみたいに魔法が使えたら別人に化けていたのに。

 今更になってなんで俺の脳みそが拒絶反応を起こしていたのかわかったよ。あの胡散臭い親父はとっくに俺が捕まって死んだと思っているんじゃないだろうか。実際俺はピンピンしてるんだが、そんなところを見られでもしたらまた何されるかわかったもんじゃない。下手したら助走をつけて殴りかかられるのは俺の方かもしれない。ああ、さっさと貼り紙とやらを見つけてここから離れたい。


 のらりくらりと町を徘徊するアナスタシアをよそ目に、俺は仲介所に逃げ込んだ。

「お」

 カウンター向こうの老店主が俺に気付いた。どうやら俺のことを覚えているようだ。特に驚いた風もない。

「指名手配されてるぞお前さん」

「知ってるよ」

「ついさっき兵士が来てな。お前さんともう一人金髪の娘を探しておったぞ。どうしたんじゃ? お姫様と駆け落ちでもしたか?」

「だったらよかったんだけどな」

 相手は魔女だ。一国の姫なんかよりよっぽどタチが悪い。

「俺は何もしていない」

「ふむ。つくづくお前さんも面倒なことに巻き込まれておるのう」

 眼鏡を直しながら、品定めするように見てくる。

「それで、どうして俺達が指名手配になんかかけられてるんだ?」

「エルミナードの方で何かしでかしたんじゃろ? 国王がローランドの城で礼をしたいと言っておったぞ」

 そう語る老店主の目は嘘をついているようには見えなかった。いや、店主の存在自体が町で二番目に怪しい。信じてなるものか。

「私の言う通りだったわね」

 いつの間に入って来たのか。初めからそこにいたように、アナスタシアは腕を組んでいる。

 こいつの言うことが当たるのも珍しいな。明日は雪が降るかもしれない。

 


 鬼が出るか蛇が出るか。まさか本当に魔女にお礼をしたいなんていうトチ狂った国王がいるとは思わなかった。どこかのトロルのボスが王様に化けて、それがまたトチ狂って氷の魔女に協力を求めたってのならまだわかる。そうでないと国のために死んでいった兵士たちが浮かばれない。

「罠だといいわね」

 どうやら隣の魔女も疑問を持っているらしい。

 細い通路の両側に水路が流れていて、通路の下方を川が横切っている。道の先には二人の門兵。

 どうにもこういう風景を見ていると、即死級の罠が現実味を帯びてくるからやめてくれないか?

「お通りください」

 門兵が丁寧に後ずさる。それは「客人」として扱われている証拠だった。まともな対応に久々に感動してしまった。いや、ただ単にアナスタシアに恐れをなしているだけなのかもしれない。それはそれで好都合なのだが。

「ここに来たことあるのか?」

「ないわね。そういう身分でもなかったから」

 魔女という肩書さえなければ何かの縁で呼ばれていてもおかしくはなかっただろうに。


 何度目かの階段を登ると、ついに到着してしまったらしい。

「待っておったぞ」

 赤い絨毯の先には赤いマントを身に着け、きらびやかな衣装にも浮かび上がるほどの筋肉を持つ男が玉座に座っていた。言うまでもないローランドの国王だ。顔の輪郭が隠れるほどに伸びた髪ではあるが、白髪一本ない。まだ若く見られがちな姿に反して、ただ普通に座っているだけで王ゆえの重厚感が出ている。

 しかし、謁見の間には兵士の一人も見当たらない。屈強な肉体を誇っているのはわかるが、一国の王が氷の魔女を前に護衛もつけないというのは罠なのか頭が狂っているかのどちらかだ。

「まずは礼を言おう。クリスタルの件、そなたがいなければ成功することはなかったであろう」

「私なりに考えがあってやっただけよ」

 謙遜とも独り言ともつかない言葉。目の前に王がいようが媚びへつらうことはないらしい。

「フフ……気に入ったぞ。私に仕えて見ぬか?」

 動物的な目でアナスタシアをとらえる。下種の執念が垣間見える。

「お断りするわ」

「そうか……それは残念だ」

 国王は笑顔を取り繕おうとしているが、顔が引きつっている。その顔が落ち着きを取り戻すまで沈黙は続いた。

「近く、エンリケで式典が執り行われる。我が国からも毎回大使を送っているのだが、どうだ? 大使としてエンリケに行ってみるつもりはないか?」

 今まで珍妙な表情をしていた国王が、急にほくそ笑む。そして、 氷の魔女の眉が微かに動いた。

「どうだ? 悪い話ではないと思うが」

 

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