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魔女の家

十日ぶりの旅が始まった。

 少し空いてしまった俺との距離を気にすることなく、金髪の美少女は歩いていく。そして俺は、せめてもの償いに急いで後を追う。


アナスタシアの向かっている方角はファドールの南西だった。ファドールから吹いてきた風が石畳も敷かれていない草原を撫で、隙間なく木々の生い茂る山を通り過ぎていく。


「どこに行くんだ?」

「魔女の家」

 お前が魔女じゃなかったのか。という突っ込みは置いておくとして、てっきり街道を通って北の町に向かうものだと思っていた。上質な寝床に興味はないんだな。


「エルミナードにいたんでしょう? 何かわかったことはあった?」

 やはりばれていたらしい。五日間もファドールで探していればそう思うよな。

「そうだな……噴水の上に巨大な氷の塊があった」

「知っているわ」

 でしょうね。俺の無能さを知った上で責めたてないでください。

「それで、どうして魔女の家に行くんだ?」

「情報収集の延長戦よ。そう簡単に有力な手掛かりはつかめない」

 さっきから一切後ろを振り向かずに話しかけてくる。なんだか控えめに揺れる金色の髪と話している気がしてきた。


 彼女にしては饒舌気味に話し続けていると思っていたのだが、話題がなくなったのかすっかり喋らなくなってしまった。

 風がピタリと止み、辺りが霧に包まれ始めた。

 切り傷のついた木が一本。目印にはなりそうだ。

 この先を行くのか? 下手すりゃ霧の中で迷ってしまうことになる。

 数歩先を歩いている彼女の姿がかろうじて見える。アナスタシアのことだから、まったくペースを落とさずに俺を振り払おうとしてもおかしくない。

 恐怖心のせいか体が縮こまる俺に反し、アナスタシアは懐かしむかのように辺りを見回し、平然と歩いている。

 まるで魔女が農民をあざ笑っているようにも受け取れたが、鬼が出るか蛇が出るかわからないような霧の中だ。必死に彼女の背中を目指してついていくしかなかった。

 だがそれは違った。

 アナスタシアが振り返って俺を見つめている。そして、右手を差し出した。

「…………?」

「手を繋いで」

 冷酷な魔女とは思えない言葉が飛んできた。急にデレだしたのか? 毎度毎度、こいつの考えていることはわからない。おそらく空中に静止している手をつかむだけで五秒はかかっただろう。

 壊れそうなほどに細い指はひんやりとしていて触れるだけで気持ちがいい。

 俺が手を繋いだのを確認すると、彼女は歩き始めた。

 柔らかい。氷の魔女と言うからには触れば凍傷でも起こしてしまいそうな手を想像していたのだが、至って普通の女の子の手だ。

 そして認めたくないことに、手の接触だけでは説明のつかないか以来九物質が俺の脳内を駆けめぐっていた。

 振りほどけないように少し力を入れてみると、汗ばんでいる。俺の手汗かもしれない、すまん。


 また切り傷のついた木が立っている。木が生えていること自体珍しいのに、切り傷まであるなんてすごい偶然だな。全部の木に目印をつけてあるのかもしれない。

……いや、形も大きさもよく似ていたな。

「もしかして俺たち迷ってないか?」

 それはそれである意味ラッキーかもしれない。

「残念だけどそれは幻覚よ。普通の人間がこの霧に迷い込めば生きて出ることはできない。さっきも頭蓋骨が転がっていたでしょう」

「いや見ていない」

 冗談はやめてくれ。二本の木以外は何も見かけなかったぞ。

 手を繋いでいるのに悪いが、アナスタシアが子供の頃に興味本位で魔女の家を転移させようとしたら、失敗した反動で霧が立ち込めるようになったとかだろう。

 

 

 ようやく視界が晴れてきた。丘の上に茅葺屋根の丸い家が建っている。

「着いたわ」

 どちらからともなく手を放す。もう繋ぐ必要もないだろう。



 扉は開いたままになっていた。家の前から中を覗いてみても、人の気配はない。

「外出中のようね。中で待ちましょう」

 我が家同然で踏み入るアナスタシア。


「お邪魔しま~す」

 お言葉に甘えて俺も侵入する。

 小さな丸いテーブルに飲みかけのティーカップ。傍の椅子にアナスタシアが座っている。壁には棚が取り付けられていて、左側に本、右側に無色透明な液体しか入っていないフラスコ群が並んでいる。如何にも研究に使われそうな代物が他にないところを見ると、ここでは行われていないようだ。本も嗜む程度なのだろう。

 左棚の端から一冊の本を取り、開いてみる。

「全部魔法関連の本よ」

 隣からネズミをつまむように奪われてしまった。どうせオタマジャクシみたいな文字が大量に書かれていて読めはしないだろうが。

「なんて書いてあるんだ?」

 アナスタシアは本に目を落とし、中身を確認すると閉じた。

「覚えなくてもいいこともあるかもしれない」

 拒否されてしまった。NO、拒絶と言ってもいいかもしれない。それほどにダメージがでかい。あのな、俺だって魔法の一つや二つ覚えたいんだ。ちょっとくらい教えてくれたっていいじゃないか。それともなんだ? 文字を覚えても理解できないから体で覚えろってことなのか?

 そう視線で訴えていると、後ろで足音が聞こえた。

「おやおやおや。誰かと思ったら久しぶりだ。珍しいね」

 背の低い老婆が入って来た。布をつぎはぎした服を着ている。まるで農民だ。

「今日は何の用だね。よっぽどのことでも起きたかい」

「そうね。二度と来ることはないと思っていたわ」

 見た目に反してリズムよく歩いてきた老婆は椅子に腰かけ、百八十度回転させた。

「単刀直入に言うわ。指輪が奪われてしまったのよ」

「な……」

「この男に」

 老婆は初めて俺がいることに気付いたような顔をしている。

 どうやら話の流れからすると、この老婆が『魔女』本人のようだ。魔女のコスプレくらいしてこい。最低だな。

「こいつは何なんだい? あんたのペットか?」

 また俺抜きで話が進められる予感がする。

「そうなるわね」

 そうか、とゆっくりつぶやくと、再び椅子を百八十度回転させた。 

「わざわざ来てもらって悪いね。でも、知恵を貸してあげられそうにないよ、すまないね」


 魔女の知恵をもってしても無理なものは無理ということか。会話が止まってしまった。質問をぶつけるなら今しかないだろう。

「エルミナードの町にあったクリスタルは何なんですか?」

「精霊を結晶化したもの。ローランドの魔法使いがエルミナ鉱山で精霊を結晶化して運んできたのよ」

 アナスタシアが答え、魔女が引き継いだ。

「ところがそいつは不完全なのさ。ローランドごときの魔法使いがいくら集まったところで完全なクリスタルはできやしない。例え完全なクリスタルができたとしても誰も扱えやしないがね。今は凍らせて自壊を遅らせているが、遅かれ早かれ消滅するよ」

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