ファドールの町 一日目
気が付けば朝になっていた。ついでにアナスタシアのことをすっかり忘れていた。今頃どうしているだろう。
扉をぼんやりと見つめていれば突然扉が開いて金髪美少女が訪ねてくる、なんてことはなくて、何もない部屋に喪失感が漂っていた。
頭をポリポリと掻いて自分のやるべきことを思い出す。
昨日は中年のおっさんにここで寝ていいって言われて、それで仕事を紹介してもらえるんだよな。とりあえず仲介所に行ってみるか。
起き上がり、扉を開けると、通りは昨夜よりも幾分か人で賑わっていた。器用にもみんな石畳の出っ張った箇所を避けて歩いている。
奇妙な光景に意味もなく圧倒されていると、通りの向かい側を歩いているエプロンドレスを着た細身の中年女性が目に入った。
裾川が好きなタイプの女性かもしれないな。なんて思っていたら俺の視線に気づいたのか中年女性がこちらに向かって来る。
? 何かしたか俺? 知り合いじゃないぞ。
「見つけたわ。こっちに来なさい」
中年女性の姿形が変化していく。後ろでまとめられた黒髪が重力すらも受け流してしまいそうしなやかな金髪ブロンドに。エプロンドレスがみっともない黒のローブに。
それは、アナスタシアだった。心臓に悪いのでやめてもらえないだろうか。
こんなところには誰も来ないだろう。どこへ行くのかと少しばかり期待していたが、いよいよ人気のない風が吹くだけの草原地帯に胸が高鳴って来た。
何をするのか、アナスタシアは地面にしゃがみこんだ。墓参りを思わせるようなこぢんまりとした姿勢だ。それを見ているとじんわりと申し訳ない気持ちが湧きだした。
一晩中、町を駆けずり回って俺を探してくれていたのかもしれない。
拭い切れない可能性が心の中でわだかまり続ける。謝るべきなのだろうか。
ふと気が付くと、いつの間に用意しておいたのか彼女は一本の風車を地面に刺した。
「何をしているんだ?」
「魔力の源を探しているのよ」
魔力の源……そういえば俺たちが旅をしている目的はそれだったな。俺は元の世界へ帰るため。アナスタシアは研究のため。それが本当かどうかは知らないが、人のやることに必要以上に立ち入らない方がいいことだってある。鶴の恩返しだってそうだろう。爺さん婆さんは不用意に中を覗いてしまっておさらばしてしまったが、現代人なら各種センサーを使って中の様子を知ろうとする。
「これをあと三つ刺したいの。あなたはあっちへ行って刺して。町の向こうで合流しましょう」
「つまり、この風車――いや、魔力車か、を使ってこの町に魔力があるか探知しようってことだよな?」
「その通りよ」
なるほど、それでこんなことやってんのか。町を囲むように正方形の頂点に魔力車を刺すってことだよな。
なぜだろう、久しぶりに会話らしい会話をしたような気がする。
四本目の魔力車が地面に刺された。すぐに動く様子はない。
「これで終わりか。この後はどうするんだ?」
「そうね。少し様子を見てみましょう。十日後にもう一度ここに来て」
「わかった。じゃあそれまでは自由行動な」
ゆっくりと彼女は頷いた。
個人的には素直に頷いてほしくなかったのだが、仕方ない。そりゃやっぱり二人より一人で行動したい派なんだろう。俺だってそうだ。でもな、金に困ってるんだからちょっとは察してほしかった。その力を使って世のため人のために使えばいいのに。ローランドの大臣にでも化けて貴族から財産を没収してやればそれこそ義賊ってもんですぜ。
「何かいい仕事はあったかい?」
カウンターの上の読めない文字板を凝視しながらそんなことを考えていると、初老の店主が話しかけてきた。
「昨日のあの人を待っています」
「ああ、あの人か。いつもならそろそろ来る頃なんだがね。でもうちにもいい仕事あるよ。ほら、化け物退治で十五クラウン」
店主が指刺した部分にはおたまじゃくしが二匹。どう解釈すればこれが十五になるんだ? 十五進数かその類と考えればわからないこともないが……面倒だ。
「もっと簡単な方がいいかね? ペット探しで三クラウン。汚部屋の掃除で二クラウン」
読めない文字盤の上を指が震えながら移動する。二つ合わせて五クラウン。宿屋に一晩止まれば消えてしまうが、命を懸けて化け物対峙するよりよっぽど現実的なんじゃないだろうか。武器防具にも金が必要になるなら本末転倒な案件だ。
「やめとけやめとけ。このジジイ仕事紹介する気ねえぞ」
「な、何を言う!! ワシはちゃんと仕事を紹介しておるではないか! それにお主こそ森で何かやっとるんじゃろう! ワシは知っておるぞ」
「チッ。森は関係ねえだろうがよ。オイ、外に出るぞ」
「だから道楽止まりなんだクソジジイ」
ポケットに手を突っ込んだまま男は吐き捨てた。
「昨日泊まらせてやった部屋があるだろ。あそこ行くぞ」
何とも語気が荒い。歩き出したかと思うと、通行人と肩をぶつけた。と言うより、明らかに当てに行っていた。これなら顔面ぼこぼこにされるのも仕方がない。
扉が開くと、そこには鳥カゴが四つ置いてあった。俺がアナスタシアと会っている間に置かれていたのかもしれない。突然の来訪者に驚いたのか、逃げ場のないカゴの中で必死に羽をばたつかせている。
「今日の仕事だが、これを隣町まで運んでもらう」
一つ咳払いして説明し始めた。
「カゴは依頼人の家までちゃんと送り届けること。鳥を怪我させたら当分タダ働きだ。カゴ一つ二クラウン。両手で持って四クラウン。往復して持って行けば八クラウンだ。どうだ」
全部持っていけば宿に泊まっても三クラウン残る。隣町との距離次第だがいい仕事なんじゃないだろうか。
顎に手を当てて考えること数秒。男は自信に溢れた目をしている。
「いいですね。やります」
「よし。じゃあ早速持って行ってくれ。間違っても鳥を食うなよ。食いもんじゃねえぞ」
もうすっかり怒りは収まっているようで、男はガハハと笑った。
北の町へは徒歩で一時間かかるらしい。その間ずっと石畳の街道が続いているのだが、怨念のこもったレベルの歩きづらさでそんなものは目印程度にしかならない。街道の上を通らなければ直ちに射殺されてしまうなんていう物騒なルールは当然ないわけで、時折みかける通行人が道を逸れて歩いているのに俺も倣っている限りだ。
それでも景色は悪くない。雑木林を避けるように作られた街道と、鳥のさえずりと朝の光が心地よい静けさを提供してくれる。
カゴの中の鳥も共鳴したのかピピッと小さく鳴いている。歩くことを止めてて少しばかり休憩したくなってくる。つい先程休憩したばかりなのに。
これから十日間、こんな仕事ばかりなら楽だな。
情報収集はアナスタシアに任せればいい。などと呑気に考えていると、少しずつ瞼が落ちてくる。寝ながらフラフラ歩いていると硬い物が爪先に当たった。
「うおぉ。危なかった」
両手のカゴを死守し、体勢を立て直す。一気に眠気が覚めた。
誰も見てないよな……。
念のため前方を見てみると小学生くらいの子供が五人。道端に座り込んでいる。何があったのかとタケノコのように頭を出して俺を見ている。
ばつが悪い。だが、そんなことより鳥の方は大丈夫だったようだ。ピーピー言いながら元気にカゴの中を飛び回っているのがその証拠だ。
何事もなかったかのように少年たちの前を通り過ぎようとすると、嘲笑が巻き起こった。
俺としては今すぐ両手のカゴを置いてお祭りを始めてもいいのだが、ガキンチョ相手に何もそこまでする必要はないだろう。それに、奴らは石畳から掘り起こした石を持っているようだ。あれを鈍器に使われたら敵わんね。襲われて鳥と一緒に身ぐるみ剥がされるまでがセットなのかもしれない。そんなのは勘弁したいね。
俺は黙って足早に通り過ぎることにした。




