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旅立ち

「ありがとう。これで調査は終わったよ」

 ほこりまみれの手を払いながらリカードは言った。

「いえ、こちらこそお世話になりました。短い間でしたが、ありがとうございました」

 パンドラの箱が消滅した今、これで調査は終わりだ。食糧はまだ残っているらしいが、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。パンドラの箱が壊れたなんてことが国に知れ渡れば、それこそただでは済まない。

「ミーシャ……君は、氷の魔女なのかい?」

「そう呼ばれたこともあったわ」

 アナスタシアは伏し目がちに答える。

「そうだったのか。君は今回のことを知っているみたいだが、よかったら聞かせてくれないか? 一調査員として興味がある」

 金髪の美少女――もはや転校生でも荒野のような少女でもない――は語り始めた。

「研究をしていたわ。とある指輪の。あまりにも大きすぎる力を秘めた指輪のね。その指輪は、生命だけでなく魔法にまで影響を及ぼしていた。でも、研究は長くは続かなかったわ。ある日、ローランドの兵士達が攻め込んできた。大したことはなかったのだけれど、いくら蹴散らしてもキリがなかったから、しばらく身を隠そうと思って空間転移魔法を使ったの。そこで一つ目の誤算が生じたわ。大きすぎる指輪の力で、マコト。あなたの世界に行ってしまった」

 空間を移動する魔法が指輪のせいで世界すら移動する魔法になってしまった。そのせいで俺は地獄の一週間を味わわされたのだ。

「あっちの世界も面白かったわ。予想外の人間が一人付いて来たけれど、今頃はこの世界のどこかにいるでしょうね。そして、私はこの世界に帰って来た。邪魔だったパンドラの箱も始末出来たわ」

「そうだったのか……なるほど」

 口に手を当ててうつむき加減のリカードは、どこか物悲しげに見えた。

「もう行くのか?」

「ええ、お先に失礼させてもらうわ」

 そう言って、金色の髪をなびかせながらアナスタシアは去って行く。

「君は行かないのか?」

 再度彼女を見ても、足早に歩いている。何者も寄せ付けないように。

「いいんです。俺はもう少し休んでから行きます」


 なんてことを言ったにも関わらず、そのままリカード達に別れも告げないで俺は野へと歩き出していた。

 今の俺なら寝ようと思って木陰で休めば五秒で寝られる。というのは大袈裟かもしれないが、計測上は最速記録を叩き出せるだろう。それなのにどうして俺はこんなに早く歩いているのか。なぜこんなに息を切らしているのか。

 はるか前方を行く金髪の髪と黒いローブはもう点に近い。

 今まであの女が関わっていいことがあっただろうか? 学校での地獄のような一週間。小屋での痴女的な振る舞い。そして、あいつが調査に参加していなければパンドラの箱から岩人形が召喚されることもなかったかもしれない。それでもまだ、あいつを追いかけるのか?

 気が付けば、点すら見えなくなっていた。

 姉堂マコトは立ち尽くした。

 やってしまった。こんなことならリカードに近くの町を聞いておけばよかった。

 かれこれ三十分は歩いただろう。ここからリカードのところまで戻るというのも考えたくはない。

 地平線までずっと草原が続いている。その中に木が一本ポツリと立っている。

 とりあえず、あの木で休むか。それから考えよう。

 木に近づいていくと、人影が見えた。木陰に一人の少女が座っている。

 昔の俺なら近づこうとしなかったかもしれない。

 白色のワンピースのような服を着た黒髪の少女が眠っていた。。

「ん……」

 起こしてしまったらしい。大きく伸びをしている。

「……おはようございます。散歩していたら眠ってしまいました」

 続けて少女はあくびをする。

「この近くに君の住んでる村か町はある?」

「ありますよ、こっちです」

 少女はおもむろに立ち上がり、歩き始めた。

 どこかで嗅いだことのある、甘い匂いがした。

 どれほど歩いただろうか。彼女は立ち止まった。いつの間にか、髪は金色に輝いていた。

「もう一つ、大きな誤算があったわ。あなたが指輪を取り出したおかげで私は研究ができなくなった。そしてあなたも、このままでは元の世界に帰れない」


 金髪の美少女は背中越しに語りかけてきた。

「さあ、どうする?」

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