旅立ち
黒い服を身にまとった少年が一人、草原を歩いている。
「うぅ……腹減った……」
昨日の夕食以来、何も食べていない。おまけに徹夜で歩いていたせいですこぶる眠い。気を許せばすぐにでも眠りに落ちてしまうところを、何とか理性で踏みとどまっている状態だ。もう動物を追って捕まえるほどの体力も残っていない。
仕方なく、目に留まった草を抜いては食べる。これで少しは空腹をごまかせるだろう。
レムも腹が減ったらよくこうやって雑草を食ってたな。
…………いかん。危うく眠りこけるところだった。
近くには動物もうろうろしている。昨夜のような黒い化物こそいないが、腹を空かせた動物が襲ってこないとも限らない。
「もう駄目だ。休ませてくれ」
我慢の限界だった。ふらふらの足で木までたどり着いてよりかかる。
腰を落とし、瞼を閉じたところで少年は眠りに落ちた。
目を開けると、そこは草原だった。
なぜ自分がこんなところにいるのか、寝ぼけた頭ではまだ理解できない。
心地よい風が吹いてくる。このままもうひと眠りしてもいいんじゃないかと思えてきた。不思議と空腹は感じない。
風景をただぼんやりと見つめていると、何やら村の様な物がある。オアシスか何かだろうか。目を凝らしてよく見ると、それは町だった。
こんなところに町があったのか……いや、呆けている場合じゃない。餓死する前に行かないと。
眠ったことで体力が回復したのだろう。まだ疲れは取れきっていなかったが、それでも体はずっと軽くなっていた。
幾分回復した足取りで歩いていると、町も段々とはっきりしてきた。あまり大きくはない。まあ、こんな辺ぴなところなのだから仕方がないのだが。
町の隣には、どこかで見たような小屋が並んでいる。と言うより既視感しかない。どれも昨日まで住んでいた村の小屋と同じ作りだ。
その内の一つから人が出てきた。男にしては痩せすぎていて、眼鏡をかけている。
こっちの世界に来てからというもの、無駄に筋肉をつけまくった男しか見ていないから新鮮だ。
それこそ、今の俺でも勝てるかもしれない。いや、勝ち負けをする気はないが。まずは話し合いだ。
「すいませ~~~ん!」
枯れそうな声を振り絞って出すと、一発で振り向いてくれた。眼鏡のレンズの奥は細目だ。
「ここで何をしているんですか?」
我ながら頓珍漢な質問だ。お前こそ何をしているんだ、なんて聞かれてもおかしくない。野性的な生活に慣れ過ぎて脳まで退化してしまったのか、あるいは栄養不足の脳みそだから仕方がないのか。
「町を発掘しているんだよ」
男は街を指さした。 一見、何ら変わったところはない。町の中に遺跡でもあるのだろうか。
「発掘? それは俺にもできますか?」
スコップで土をひたすら掘り返す作業を想像する。体力的には問題ないだろう。上手くいけば食っていくこともできるかもしれない。
「ああ。でももうほとんど終わってしまったからね」
「そうなんですか……」
一瞬で現実に引き戻された。流石にずっとただ飯を食わせてもらうわけにはいかないだろう。
「君はどうしてこんなところにいるんだい?」
「実は、村を追い出されて当てもなくさまよっていたんです」
「そうなのか、それは大変だったね。……もしかしてその村にはレムという女の子がいなかったかい?」」
「ええ、いましたよ。お世話になってました」
「おお、やっぱりそうか!」
冴えない男の顔がぱっと輝いた。
「僕はレムの父親です」
「え!?」
素っ頓狂な声を出してしまった。だが、あまりにも意外すぎたのだ。
この見るからに非力な男と、あの穏やかなエリーからレムのような活発な子が生まれるのは想像しがたい。
おそらく、この男は父親と言っても義理の方なのだろう。そんな失礼な理由を考えて自分を納得させた。
「まあ、そう見えないのも仕方ないよね。立ち話も何だし、中で話をしよう」
「すみません。ありがとうございます」
こうして俺は、レムの父親の小屋へと招き入れられることになった。




