村への帰還
ボロボロの体で村に着いた頃には、夜が明けようとしていた。もう体力は欠片も残っていない。体は鉛のようで、自分の意思で動いているのかすらわからなくなっていた。それでも、化物にやられた部分は未だに痛み続ける。
さっさと家に帰って傷の手当てもしないまま眠りにつきたいところなのだが、銃を返さなければいけなかった。
エリシアの家の扉を叩く。
「入れ」
起きていたようだ。意外にもすぐに返事が返ってきた。
扉を開けると、部屋の中に光が差し込んでいく。エリシアが長座になってこちらを見ていた。彼女は唖然としたように口が開いていた。
何から話せばいいだろうか。寝ている間に銃を置いて立ち去ろうと思っていたばかりに頭が回らない。
「火山に行ってきたのか?」
「はい。指輪を取ってきました」
ポケットの中を漁り、指輪を取り出す。カーマインレッドはすでに輝きをなくしている。
それを見るや否や、エリシアは顔を覆い、俯いてしまった。
「ど、どうしたんですか!!?」
「良いのじゃ、お主はこれで良いのじゃ」
エリシアの手を涙が伝い始める。
まさか俺は大変なことをやらかしてしまったのか。だが、何て声をかければいいのかわからない。
「その指輪はな、力の源なのじゃ」
くぐもった声でそう言った。
「力の源……?」
そう問い返すと、彼女は手をゆっくり下した。目元が赤く腫れあがっている。
「昔、氷の魔女が支配していたこの地で、なぜ作物が獲れる様になったと思う?……その指輪があったからじゃ。凍り付いた大地を溶かし、肥沃な土壌へと生まれ変わらせる。それほどまでの力がその指輪にはある」
何を言っているのかわからなかった。ただの指輪に、それほどの力があるのだろうか?
「……どうしてそんなことが分かるんですか?」
「……爺達にはわからなかったようじゃが、私には一目でわかったよ。その指輪が異常な力を発しているのに。だからおきてを作ってまで村の者を火山に近づかせないようにしていたのじゃ」
俺が村のためにやったことは無駄だったのか? もう回らない頭でも、何となく結果は予想できた。
なぜ俺は聞いてしまったのだろう。
「それで……このままだとどうなるんですか?」
エリシアは目を逸らし、伏せがちに言い放った。
「火山は活動を止める。だがそれだけではない、やがて水は枯れ、木々の一本も残らなくなり、生き物は住めなくなる」
……体中から力が抜けそうだった。心臓に鉛の塊を乗せられたように重かった。
俺は鉛から逃げるように、麻酔銃を放り出して無言で家を出た。
滅茶苦茶な話だよな。村のために寿命をすり減らして指輪を取ってきたって言うのに、それでも村は壊滅するんだとさ。馬鹿馬鹿しい。
朝日が昇り始めた。徹夜明けの体には眩しすぎる。
エリシアが嘘をついているようには見えなかった。試練を成し遂げた奴にこんな仕打ちをするか? 俺はどうすればいいんだよ。
思い浮かんだのは村長だった。
まだ外に出ている村人はいないが、朝の早い老人なら起きているかもしれない。
とりあえず、土下座で謝ろう。土下座が伝わるかは別として。
村長の家の扉を叩く。
「どなたかのう?」
起きていた。
落ち着き、言いたいことを整理して扉を開ける。
「俺です。おはようございます」
「おお、お前さんか。今日は早いのう。どうした?」
昨日と変わらぬ様子で迎えてくれる。
「実は俺、火山に行ってきたんです……」
その一言だけで、村長の目つきが険しくなった。悪い予感しかしない。だが、ここまで来たら意を決して続けるしかないだろう。
「指輪を取ってきました。これがその証拠です」
立ったままポケットを漁り、指輪を差し出すと村長の顔が変わった。
「馬鹿者オオオ!!!!!!!!!!!!!」
震えるほどに響いた。
人は怒り狂いここまで顔を変えられるものなのだろうか。
俺はすくむことしかできなかった。
「出ていけ!!!!! 貴様など、この村から出ていけェ!!!!!!!!!!!!!」
「え……いや…………」
「分からんかァ!!!!!!!!!!!!!」
思わず後ずさる。何より、あの温和な村長にここまで拒絶されたことの衝撃が大きすぎる。
その時、俺はどんな顔をしていただろう。
結局何も言えないまま、俺は村長の家から逃げ出した。




