火山3
ただ単調な洞穴だった。別れ道もなく、どれくらい歩いただろう。
奥に進むほど暑さが増していく。広さはほとんど変わっていないのだが、足場が悪いおかげで進みにくい。、
サウナにでも来たみたいだな……。
垂れる汗も少しずつ増えてきた。
「あちぃ……水でも持ってこればよかった」
ふとつぶやいた一言がよく跳ね返ってくる。足音と銃身が揺れるカチャカチャという音だけが、生物すら存在しない洞窟の中に響く。
奥に着いたら、その後は同じ分だけ戻らなければならないのだ。こんな道が一時間も続けば気が狂ってしまうだろう。脱水症状で倒れるのとどっちが先か。
壁から漏れる赤黒い光が強くなってきた。地面には粘性の赤い液体が流れている。
溶岩だろうか? 流石に触る気は起きない。
液体の続く先は、二股、三股に別れている。段々と足場がなくなっていき、脈々と流れる液体の面積が増えていく。
狭い足場を飛びながら移動していくと、そこには一本の細い柱が地面に立っていた。
腰まで届く程度の長さだ。よく見ると、全ての液体はこの柱から流れ出ている。その先端には指輪が埋め込まれていた。リングの部分は何かの動物の骨のようなものでできいて、透き通ったカーマインレッドの鉱石が設えてある。
これが指輪か……。
先は行き止まりだ。ただの試練にしてはやけにハードだったが、この指輪を持って帰ればことは終わる。
指輪の半分近くが柱に埋まっている。
ゆっくりと手を伸ばし、リングの部分に力を込めると、本当に埋まっていたのかと疑いたくなるほど容易に抜けた。
そして次の瞬間、柱はパラパラと崩れ落ち、地面の液体に見る間に溶けていった。
血の気が引いた。 何か大変なことをしてしまった気がする
……これで良かったんだよな……?
崩れた柱は戻そうにも戻せない。辺りを見回しても、柱の代わりになる物もない。
カーマインレッドの指輪をポケットに入れる。
これで試練は終わりだろ? そうじゃなくても、火山の噴火は止まるんだ。俺は何も悪いことをしてない。
それなのになぜか、指輪を戻せないかと何度も立ち止まる。
天使と悪魔が戦いを繰り広げているのだ。
仮に元に戻すことに成功しても、火山は噴火して村人全員お陀仏だ。いや、噴火するという確証はないのだが。とにかく、今は来た道を引き返すしかない。
俺は再び長い道のりを歩み始める。
ようやく折り返し地点だ。特に変わったことはない。
いや、一つあった。自分が疲れてきているのがわかるのだ。体力が少しずつ奪われていく。
視界がどんどん暗くなっていく。気が付くと、壁から漏れ出る光はほとんど無くなっていた。気温の変化は感じ取れない。
来るときはもっと光ってたよな……。
その時、道の向こうで石が転がる音がした。
心臓が跳ね上がり、鼓動が瞬く間に早くなる。
……何かいるのか? 俺は足を止め、様子を伺った。
暫く待っても何も聞こえてこない。
偶然石が落ちただけか……?
そして、また石の転がる音がしたかと思うと、向こうからゆっくりと黒い影がのぞかせた。
鳥肌が電流のように全身を駆け抜けた。
全てを黒で覆われた化物がそこにいた。
思考が停止したかのように体が動かない。だが、化物がすでに凄まじい速度でこちらに走ってきている。
ようやく全神経が避けろと悲鳴を発する。
遅かった。布の裂ける音が響き、衝撃で体が壁に打ち付けられる。左腕が熱い。血が出ているだろうが、そんなことを気にしている余裕はなかった。
化物が振り返る前に、震える手で麻酔銃を構えようとする。
「動けよ!!!!!」
化物に向かって引き金を引く。
銃声と共に弾は化物の右腕に直撃した。
「ギャウ!!!!!!!」
甲高い悲鳴が轟いた。
これで効かなかったら俺は死ぬだろう。半ば諦めの念で俺は化け物の動きに見入る。
麻酔が効いているのか、化物は体を震わせながら寄ってくる。
戦慄でしかなかった。俺は即座に出口に向かって走り出した。
視界に入れるだけでも恐怖だった。後ろを振り向くなんて勇気はない。
肺が痛い。血の味がする。人生でこんなに必死に走ったことはなかった。化物に引き裂かれた部分が鈍く痛みを主張してくる。血が腕を伝って銃身に垂れてきた。
洞穴は何も見えないほどに暗い。足場が悪いせいで何度も転びそうになる。後ろを振り返っても化物がいるのかわからない。
ようやく出口が見えた。
いくら体力がついても全力で走り続けることはできないらしい。最後はほとんど早歩きと変わらない速度で走っていた。
星の明かりで傷を確認する。肉が裂け、骨が見えそうになっている。
さっさと手当しないと……。いや、今はそれどころじゃない。
洞穴を振り返り、化物が追って来ていないのを確認する。ポケットから弾薬を取り出し、麻酔銃に装填する。そして少しの澱みもなく、洞窟に向かって構えた。
銃弾を絶対に外さない位置、化物の速度をシミュレートする。
心臓の音がやけにうるさい。でもそれ以上に頭は冷静だった。
やがて、静寂から化物が恐ろしい速度で飛び出してきた。
一寸の迷いもなく、引き金を引く。
「ゴアァッ!!!!!」
震えるような悲鳴。弾は化け物の右肩に当たった。
その様子になぜ俺は安堵してしまったんだろう。確実に麻酔が効いたはずの化物が俺に向かって依然変わらない速度で突進してきた。
人生が終わった……。
体を引きちぎられるような痛みがのしかかってくる。
「グッッ!!!!!!!!!!!」
情けない声を出しながら、自分の体ではないかのように視界が回転していく。
無様に転がりきった体は、からくり人形の様に動かない。
自分が見ているものが夜空だと認識するのに数秒。
化物と激突して、地を這ったのだ。そして逃げる間もなく殺される。
……はずだった。何も起きること無く、体中に痛みだけが疼き続ける。顔を上げてみると、化物がうずくまっていた。動く様子はない。
生きているのが不思議だった。いや、この化物が動き出せば瞬く間に死んでもおかしくないのだ。生きている実感がなかった。
息を凝らしてよく見ると、化物の体は静かに上下している。
寝ている……んだよな……?
確かめる術はない。近づく気にもならない。じゃあどうすればいいのか。
殺すにしたって麻酔銃しか持ってきていないのだ。
エリシアが俺に麻酔銃しか持たせなかったのも殺す必要はないってことなのかもしれない。
迷ったあげく、俺は化物を残して村に帰ることにした。




