火山1
にわかには信じがたい話だった。
何度も彼女の言ったことを心の中で反すうする。
要するに、火山が噴火する前に指輪をとってこれば問題はないのだ。ただ一つ気がかりなのは、そんなことを頼むなら俺じゃなくたって村の男を捕まえて頼めばいいだけだ。
何ともうさんくさい話ではあるが、彼女は嘘をついているのだろうか?
そう言えば、裾川がちょうどエリシアみたいな妙齢の美女が大好物だったな。俺なんかじゃなく、裾川なら迷うことなく火山までひとっ走りしてきただろうに。やはり神は人選を間違えている。
その火山は、見る限りでは噴火しようという気配が微塵も感じられない。
まだ行くと決めたわけではないのだが、探険すると考えれば気が軽くなる。仮に歩いて行くとして、1時間から2時間はかかるだろうか。
「どうしたマコト?ぼーっと山なんて見て。噴火でもするのか?ハハッ」
噴火が冗談で済めばいいんだけどな。とにかく、今は狩りの最中だから抜けることはできない。火山に行って帰って来るまで3~4時間はかかるから、やることの多い日中で時間を空けるってのも厳しい。となると夜か。
「ちょっと体の調子が悪いみたいだ…」
大袈裟に膝を付いてみせる。
「どうした? 昨日の疲れか? それとも食当たりか? お前の世界の奴は腹が弱いんだな」
「ああ、疲れが残ってるみたいだ……今日は帰って寝るよ」
「お、おい、大丈夫か。肩貸すぞ?」
「いや、大丈夫だ。ちょっと休めばなんとかなる。」
なんとか騙し通せたようだ。元の世界でも体調崩して保健室に行ったなんてことは一度もなかったのだが。
俺は覚束ない足取りを見せて帰った。
家に帰ると、思ったよりもすんなりとエリーは承諾してくれた。
寝込むフリをする俺に何度も「大丈夫?」と心配してくれたのが心に痛む。
昼からずっと寝ていたにも関わらず、レムでさえ何も言ってこなかった。昨日の狩りの成功で大目に見てくれたのかもしれない。
ようやくレムの寝息が静まった。床に就いてから三十分と言うところだろうか。
「スー……スー……」
眠っているレムに、明日はちゃんと狩りに行くと心の中で手を合わせる。
この様子なら、多少音を立てても起きるには至らないだろうが、念には念を入れて慎重に行動する。
静かに立ち上がり、なるべく音を立てないようにゆっくりと関節を動かし、暗い中をロボットの様に移動する。家から出るだけでも骨が折れそうだ。
レムの頭の傍を時間をかけて通る。
流石にこのぎこちなさは抜き足差し足と呼べるようなものではなく、かえって床が軋む音が大きくなる。
二人を起こさずに、何とか扉まで辿り着いた。
ギギィ……
開けようとした扉が軋み、血の気が引いた。
まさか起きてないだろうな……。
恐る恐る振り向き、しばらく見守る。
どうやら目を覚ました様子はない。肩の力を抜き、静かに息を吐く。
二人が朝まで目を覚まさないことを祈りながら、俺は家を出た。
外は星の光で家の中より明るい。虫の鳴き声だけが聞こえてくる。
まずはエリシアの家に行かなければ。
……そう言えば、村長にエリシアの様子を報告しろと言われていたな。まあ、彼女から他言無用と言われているのだからいいだろう。
物置小屋のような家の扉をノックする。
エリシアが起きていれば返事が聞こえるはずだが、一向に聞こえてこない。
突っ立っていても仕方がない。このまま入るか。
俺は意を決して静かに扉を開いた。
外よりも暗い闇が覗き始める。
一歩足を踏み入れても、全く何も見えない。ネクロマンサーの家だと考えただけで余計に恐怖感が増す。
まさか、変な動物とか飼ってないよな?……起きないうちに麻酔銃を取ってさっさと出よう。確かこの辺に立てかけてあったはずだ。
闇の中を手探りで探す。硬い感触が引っかかる。
……あった。持ってみると、思ったよりも軽い。武器として頼りないくらいだ。
少し練習をしてみたいが、無駄弾を撃つのもよくないだろう。
ふと、寝息が聞こえてきた。
無理に起こす必要はないだろう。
エリシアの顔も見ないまま、ネクロマンサーの家から抜け出た。
空に黄色い惑星が浮かんでいる。月によく似ている。クレーターの形も、兎が餅を突いているかのようだ。
あの惑星が月だったなら、日本に帰るための希望にもなるのだが、あいにく、今は帰れと言われてそうそう帰る気にはならない。短い間だったが、レムや村人達との生活に適応し過ぎたんだ。
もし、今誰かに見つかったら確実に不審者扱いされるだろう。こんな銃を持っていれば言い逃れは利かない。
罪悪感から逃れるように駆け足で走っていると、村の外が見えてきた。夜に出歩いたことのない俺にとっては、ここからは未知の世界だ。
緊張しているせいもあるのか、まともに拾われてない石ころを踏みつける度、違和感を感じる。
これから何時間もこんな道を歩かなければいけないと思うと気が遠くなる。
それでも、何かに急かされるように足が動く。
この世界に来て間もない頃の俺だったら、絶対にこんなことはしていなかっただろう。ルードに密かに打ち明けて代わりに火山に行ってもらっていただろう。
これを思いついた今だって、ルードに行ってもらえばと軽く後悔してる。あいつなら責任を持ってやり遂げてくれるさ。
木々が増えてきた。あちこちの木陰には動物たちがひっそりと眠っている。
なるべく起こさないように速度を落とし慎重に歩く。
どこからか威嚇するような低音が聞こえてきた。音のする方を見ると、カバの様な肥満気味の動物が大口を開けていびきをかいている。
そのいびきのせいで、他の動物が起き出した。動物達は次々とその場から去っていく。
動物達は起きてしまったが、村の近辺では人間が最上位カーストだ。いくら起きたところで滅多に襲ってくることはないだろう。
村を出てから三十分は経っただろうか。まだまだ火山は遠い。
夜の散歩にも大分慣れてきた。もう緊張感はほとんどない。
改めてエリシアが言っていたことを反芻する。
要するに、火山の噴火を止めるためにふもとの洞窟に行って、指輪か何かを取って来いって話だよな。
もしも、火山の噴火が嘘だったら、エリシアは何を狙っているんだ?
ポジティブすぎる気もするが何となく、試練と言うか試されている気がする。
……そうか、これは一人前の男として認められるための試練なんじゃないだろうか。だとすれば色々つじつまが合う。
村長に報告していても、ルードに打ち明けていても俺は認めてもらえないところだったのだ。
思考も一段落し、後ろを振り返ってみる。
もう村は見えないほど遠い。なぜだか急に心細くなってきた。ただの散歩の範囲はとっくに超えている。
突然、コウモリのような動物が目前を通りすぎる。
「うおっ!!!!!!???」
そのまま空へと羽ばたいていき、暗闇に紛れてしまった。
夜にしかいない動物達がいる。そう考えると少し鳥肌が立った。
火山はまだまだ遠く、二時間程度では帰って来れそうにない。




