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長老との面会2

「ふう……」

 疲れた後に湯に体を浸からせる。これこそが贅沢だろう。

 これまで狩りに参加していなかったせいで、ひっそりと誰もいない時間に温泉に入ったりしていたが、それも今日でおさらばだ。これからは男達と同じ時間に堂々と温泉に浸かることができるのだ。

 村で会うたびに、早く狩りに行こうぜとしつこく誘って来た男達も、なぜか俺以上に喜んでいる。

「マコト。酒でも一杯どうだ?」

 その内の一人がおぼつかない足取りでやって来た。いつ酒を飲んだのか知らないが、すでにかなり酔ってしまっているようで、今にも足を滑らせそうだ。

「いや、俺は未成年だから遠慮しておくよ」

「何だ未成年って! そんなもんはこっちの世界にはない!!」

「え……そうなのか?」

「嘘だ。似たようなもんはある。でもお前はもう狩人になったんだからこの村のおきてじゃ飲んでもいいんだぜ」

 急に怒り出したかと思えば、にんまりと笑い出す。情緒が不安定すぎる。これだから酔っ払いは厄介だ。

「何だよ。いいんだよ俺は。元の世界だとまだ五年も飲めないんだから」

「そうか。じゃあ仕方ねえや。五年後で待ってるぜ」

 そう言い残して体を大きく前後に揺らしながら歩いていく。

 実際、こっちの世界にきてからどれだけ時間が過ぎたのかわからない。もしかしたら、とっくに誕生日も過ぎているかもしれない

 口元まで湯に沈め、ブクブクと泡を吐き出す。

 一年経っていたとしたら、裾川も井守も二年生か……。

 深刻な疎外感を感じる。同じ場所にいるわけでもないのに。

 上半身を湯から出すと、目の前に長老が立っていた。老人とは思えぬ胸板に、歳のせいか細かいしわが刻まれているのが目に焼き付く。

「聞いておったぞ。どうじゃ、わしとは飲めぬか?」

「え……」

「ははは、冗談じゃ。何も無理はさせん」

「…………」

「うむ、それはそうと、今日はよくやったマコト。晴れてお主も一人前じゃ」

「ありがとうございます」

 癖でお辞儀をしてしまう。

 レムやエリーは返してくれるようになったが、こっちの世界ではお辞儀や握手は一般的ではないらしい。

「今日はちと早いが、いつもなら湯に浸かりながら見る星が乙な物でのう」

 そう言って掲げた手の先には、確かにうっすらと月のような白い惑星が浮かんでいた。

 だが、それよりも視界の片隅に見えた火山の方が気になってしまった。

 火山の頂上付近が雲にかかっていて、煙が出ているようにも見える。

 気のせいだよな……?


 その翌朝のことだった。

「マコト、今日はこれから畑を手伝ってもらいたいんだけど」

「ん、ああ、いいけど」

 朝食を終え、床に寝そべって2度寝をぶちかまそうという時に、レムがこれ見よがしに話しかけてきた。

 仕方がない。終わらせてからまた寝るとするか。

 木張りの床を軋ませ、玄関に向かおうと体を起こしたところで扉が開いた」

「マコトいるか?」

 ルードだった。

「長が呼んでる。すぐ行け」

「用事があったんだけどな。レム、畑は後からでいいか?」

「いいよ。さっさと行って来い」

「悪いな。じゃあ行ってくる」

 なぜ村長が俺を呼び出したのだろう。見当がつかない。会話をしたこともほとんどない。

 昨日の狩りが終わった後に、温泉でこれでもかというほど絡まれたのだから、まさか狩りの話でまた呼び出されるとは思えない。厚い胸板に現れ始めた年相応のしわが印象的だった。

 確かここだったよな。

 村長の家は一度しか入ったことはないが、周りの家よりも一際大きく目立つおかげで覚えている。

 扉をノックする。

「入りなさい」

 外からでもはっきり聞こえる声がした。

 扉を開くと、相変わらずの髭を蓄えた村長が座っていた。

「うむ。昨日ぶりじゃのう」

 つられて笑ってしまう程の笑顔。

 垂れ下がった目尻に、動物的な量の髭。この柔和な外見が村人達から親しまれているのだろう。

「改めて言おう。昨日は本当によくやった。まだまだ狩りの腕は未熟じゃが、場数を踏んで立派な狩人になってくれるのを期待しておるぞ」

「ありがとうございます」

「わしももう歳でのう……いつまでも元気に走り回ってはいられないんじゃ」

 どこか遠くを見るような表情で村長は下腹部を擦る。

「お前さんもこれでもう立派な村の一員じゃ。ところで、エリシア様に会ったことはあるか?」

「いえ、ないですね」

 ちょっと考えてみてもそれらしき人物は思い浮かばない。毎日のように家と畑のルーチンワークをしていたせいでもあるが、都市伝説のようなものだと思っていた。

 聞くところによればネクロマンサーらしいのだが、一度も儀式をしているのを見たことがない。

「ふむ……エリシア様はのう、それは本当に、目に入れても痛くないほどの可愛らしい子じゃった」

 村長は窓の方を見つめながら、ネクロマンサーのことを語り出した。

「エリシア様は生まれながらにして特異な力を持っておった……。死んだ生き物を操る禁忌の力じゃ。その力のせいで、親にも捨てられ、さまよっておったところをわしらの村で保護したんじゃ。幸か不幸か、村は子宝には恵まれんかったから、大切に大切に育てたんじゃよ」

「そのエリシア様っていうのは、長老よりも偉いんですか?」

「もちろんじゃよ。何もできないこの老いぼれよりよっぽど偉い」

 ありのままの疑問をぶつけてしまった。長老は面食らったように眉を持ち上げている。

「嫌う者がおれば崇めるものもおるんじゃよ。事実、わしらは何度もその力に助けられておる。……ふむ、話を戻すが、お前さんはエリシア様に話があったんじゃろう? 会ってきなさい」

 話……ああそうだ、長い間忘れていた。俺がこの世界に来た本来の目的。そのエリシアっていう人ならアナスタシアのことが何かわかるかもしれない。

「ありがとうございます」

「いいんじゃよ。わしとしても、最近のエリシア様のお体が気になる。後で知らせに来ておくれ」

 何となく、久しぶりに元の世界に戻ろうという気持ちがよみがえったような気がした。

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