狩り1
それからどれだけ日が過ぎただろう。幾月、あるいは一年か。この地域では天候の変化はほとんど見られないせいで時間の変化が分からない。
初めの内はすぐに音を上げていた俺も、気がついたら一日中農作業に没頭するようになっていた。
見違えるほどに筋肉も付いた。もし裾川と腕相撲するならいい勝負になるんじゃないだろうか
そして、元の世界のことを考えることも少なくなっていった。いや、逆なのかもしれない。振る舞い方を忘れてしまったんだ。元の世界に戻れたとして、裾川達にどうやって接すればいいんだ?
何となく、自分はこの村で一生を終えるんじゃないだろうかって。その善し悪しの判断ができなくなるくらいには。
部屋の片隅に畳まれたままになっている黒い学生服も、この村に来て以来ずっ使っていない。
レムやエリーは触るのもためらっているようで、「捨てないの?」だとか「早く捨てないと火にくべるぞ」なんて脅しがよく飛んでくる。
それでも、なぜか捨てる気になれなかった。
アナスタシアのことももう諦めた。時折聞こえてくる世間話も、最初の内は彼女に関係する話かもしれないと思って聞き耳を立てていたが、この辺境の村では、外の世界の話はないに等しい。
「もう畑にも慣れただろ?そろそろこっちで狩りしてみないか?」
ルードだ。村人の中でも若く、髭を伸ばしていない。村の男の中では一番会話している。
最近よく俺に狩りの誘いを持ちかけるようになった。
ちなみに、この世界に飛ばされた俺を馬小屋に放り込んだ内の一人だ。あの時のこいつの鬼のような顔は今でも覚えているが、それ以来あの顔を見ていない。
「そうだな。考えとくよ」
いつも通りの返答をする。
最初の内は狩りに興味はあったのだが、畑仕事ばかりやっていると、他のことに挑戦するのがおっくうになってくる。
とは言え、流石にこう言い続けるのも厳しくなってきた気がする。
この村に来た時とは見違えるほどに筋肉が付き、村人とも会話するようになっていた。
もう俺は村の一員として認められているんじゃないだろうか。
ところで、レムとエリーの姿が見当たらない。朝食の後に二人とも用事で出かけると言って、そのまま帰って来ていないのだ。もうそろそろ畑の時間だ。
心配になって畑まで探しに来たのだが、やはりいない。
「おーい、レム。どうした?」
返事がない。
「おーい! 出て来い!」
隠れん坊しているわけではないのだろうが、一向に姿を見せてくれない。
家に帰って来ているのかもしれない。戻ってみるか。
そう思い踵を返したところで、違和感に気付いた。家をでてから、見かける村人がやけに少なかったのだ。
……まさか、何かあったのか?
「どうしたマコト?何かあったか?」
なぜかルードは俺の後を付いて来ていた。まるで俺がレムとエリーを探しているのを知っているかのように。
「知ってるんだろ。話せ」
そう言うと、途端にルードは噴き出した。
「プハハハ! 今日はレムもエリーもいないぞ!」
「……はあ?」
「お前の狩人デビューを見物して先に待ってるぞ」
そういうことか。俺を狩りに行かせるためだけにレムとエリーを動かしたらしい。そこまでするか?
「ほら、行くぞ」
やれやれ……いつかこんな日が来るとは思っていたが。
「俺は何をすればいいんだ?」
「何もしなくていい。初日だしな。雰囲気をつかんでくれるだけでいい。安心しろ、いきなりお前に罠を作らせることはないから」
信じていいんだよな? その言葉。
ルードの言葉通り、村の外には村人ほぼ全員が集まっていた。道理で村の中に人が少なかったわけだ。
「お、来た来た! マコト! 頑張れよマコト! 逃げるなよ!」
「ああ」
レムがやけに嬉しそうだ。はしゃぎ過ぎだろ。
「マコトがいつ狩りに行くのかって心配してたのよ」
「一日一回は言ってたな。早く狩りに行けーって。あれには参った。でも流石にここまでやることはないだろ」
村人ほぼ全員が集まってる中で逃げ出そうものなら、当分村から追い出されるだろう。それでもやってやるさ。体力的にももう問題ないだろう、多分。
「ふむ。準備はできたかのう。では行くぞ」
長老の掛け声で男たちが歩き出した。
「はい。どうぞ」
エリーが弓と矢筒を差し出してくれた。そう言えば男達は皆、弓を背負っているが俺だけ持っていなかった。
上下対称、半月型で黄土色の弓に、しっかりと弦が張られている。
持ってみると意外と軽い。
「ありがとう」
背中に担いで俺も歩き出す。
「試しに撃ってみろ」
いつの間にかルードがいた。
言われるまま矢を取り出し、弓を構える。
矢を引き、放つとあっけないほどに矢が飛んで行った。
「もっと力入れて矢を引かないと刺さらないぞ」
「あ、ああ……」
村の男達は気にも留めずに先へ進んでいく。俺も矢をしまって後を追う。
「マコト!!!」
振り返るとレムが手を振っている。
「いってらっしゃい、あなた!」
レムは何も知らずに俺が教えた日本語を叫んだ。これでこそ教えた甲斐がある。




