異世界 村1
橙色の空に白い雲。だが、一目で今までいた場所と違うのがわかった。道行く人々、踏み鳴らされた地面。
明らかに先ほどの屋上とは違う景色だ。
人々は見慣れない簡素な布の服を着ていて、中には動物の死骸をぶら下げている者までいる。。
なんだこれ……何が起こったんだ?
金縛りにあったかのように棒立ちのまま視線を動かすが、当然、何一つ見たことのある物はない。
段々と人がこちらに気付き始めた。
「何だあれ……?」
通行人達の声が聞こえてくる。明らかに不審がられている。
それもそうだ。往来のど真ん中に突如、見たことのない人間が出現したのだから。
「なんであいつ黒いんだ?」
……黒い?髪のことか?
確かに俺を取り囲んでいる人々の髪は茶色や赤色など様々だ。だが中には黒色の髪を持つ者もいる。
「捕まえたぞ!!!」
「ッ!!!」
後ろから急に羽交い絞めにされた。駄目だ、振りほどこうにも相手の力が強すぎる。
「離せ!!!!!!」
「暴れるな!!おい、お前らも手伝ってくれ!」
必死に抵抗しようとする俺に、男たちがぞろぞろと寄ってくる。
「そこでおとなしくしてろ!」
男たちが声を張り上げ、俺は小屋の中に突き倒された。
「ぶふっ!!!!」
口から地面に落ち、土が口の中に入り込む。
ギギィと扉は閉まり、外の光はほとんど見えなくなってしまった。
手首を縛られているおかげで、芋虫のように這いつくばるしかない。それでも、脚だけを駆使してよじ登るように立ち上がる。
外に出ても意味がないのは分かっているが、扉を小突いてみる。駄目だ、動かない。外から鍵がかかっているようだ。わずかに話し声が聞こえる。
「気味の悪い奴だな」
「ああ、何をしでかすかわからない。でも、力は弱かったぜ」
「そうだな。しばらくは様子見だ」
足音が近づいてくる。俺は急いでまた地面に倒れる。
「おい、他所者」
扉が開いた。先ほど俺を押さえつけていた内の一人だ。
「お前は何者だ?盗人か?」
盗人…? いや、そんなことより、口の動きがおかしい。明らかに滅茶苦茶に動いていたのに、正しく日本語に聞こえてしまった。 一体どうなっているんだ。
「いや……俺は……さっきまで屋上にいたんだけど」
「屋上?」
どうやらこちらの言葉も通じるようだ。
「正直、盗人かもしれない野郎をここに入れておくのはよくないんだが、他に場所がなくてな……」
「盗人ってなんなんだよ」
「ん?ああ、時々、この村にやってきてこっそり馬を盗もうとする輩がいるんだ」
そう言って俺の後ろの暗闇を指差した。
「そこに馬がいるだろ。うちのは特殊でな。他所へ持っていくと高値がつくんだよ」
言われた通り振り返ってみると、薄明かりに馬のような動物がたたずんでいた。だが、よく見てみると馬ではない。巻き角が生えていて、どちらかと言うと山羊のような顔をしている。
「……馬?」
「ああ、馬だ」
体型だけを見ると完全に馬だ。だが、俺の知っている馬とは違う。何か、もっと邪悪な雰囲気を醸し出している。
「そいつな、死んでるんだよ」
「え?」
一瞬戸惑ったが、言われてみれば確かに精気がない。仁王立ちと言うやつなのか、立ったまま死んでいるようだ。
壮絶な過去があったのだろう。剥製として残してあるということか。
「そいつらは死霊なのさ。だから普段は動かない」
また俺が聞き返すことを見越したかのように、男は続けた。
「この村には死霊使い(ネクロマンサー)様がいてな、死んだ動物の魂を戻して、自由に操ることができるのさ」
いきなり何を言い出すんだこの男は。馬の様で馬じゃない謎の生物だとか、実はそいつが死霊だとか。理解できない単語でまくし立てられては聞き返すことしかできない。
魂を呼び戻すだって? そんなことができるなら、一年前に死んだ猫のみーちゃんを生き返らせてくれよ。
「さっぱり訳がわからないんだが」
「盗人は皆、そう言うよ」
男は大きな溜息をついた。
「盗人じゃなかったとしても、ここに入れてやりたくはねえんだが。勘弁してくれ」
そう言って男は扉を開けて出て行った。
なんでこんなことになったんだ……。さっきまで学校にいたのに。
姉堂マコトは硬い地面に向かって溜息をついた。
今更になって、縛られた手首が痛み出した。縄を解こうにも、痛いほど締め付けられているせいでかえってストレスが溜まる。
なんとかして別のことに意識を集中しよう。
そもそもここはどこなのか。さっきまで屋上にいたはずなのに、曲線が光り始めたと思ったらどこかの村に飛ばされてしまった。
ここは、俺の知っている世界じゃないのかもしれない。村人たちの口の動き方もおかしかった。
俺は帰れるのだろうか。
胃袋に鉛を落としたかのように気分が悪くなってきた。子供の頃、コタツに閉じこめられ、出られずに必死にもがいていた時のことを思い出した。あの息苦しい狭い空間から出られないんじゃないかという不安が喉の奥から這い上がってくる。
駄目だ。思考がネガティブな方に走り出している。一旦、思考を止め、天井を見つめることにした。