プロローグ
昔、とある少女が言っていた。
まだ誰も見たことのない世界が見たい。宇宙人、未来人、超能力者がいたら私の前に来なさい、と。結果的に、そんな非常識な奴らは少女の前に現れた。めでたしめでたしだ。
時は五月。高校に入学して一ヶ月が経ち、俺にも現実が分かってきた。
どうやら、少女の言っていた"まだ誰も見たことのない世界"と言うものは近似式すら存在しないらしい。
カツカツと黒板にチョークのぶつかる音が響いている。数学の授業が始まってから三十分、ずっとこの調子だ。それが子守歌替わりになってか、クラスの半分以上は意識がない。いびきがあちこちから聞こえてくる。そろそろフィルハーモニーに発展してもいいころじゃないだろうか。
チョークの雨が止んだ。と思ったら数学教師が振り向いた。
「この問題の解は何でしょう。裾川君?」
当てられた生徒から返答がない。それどころか、大きないびきをかき始めた。
おかげで、惰眠を貪っていた生徒も起き始める。
訂正しよう。彼がいる限りこのクラスは安泰だ。
「……じゃあ角間さん」
数学教師も呆れ果て、起きていた適当な生徒に当てた。
ちなみに、今独唱している裾川君は俺の中学以来の友人である。野球部で朝練があるから睡魔に負けても仕方がない、と本人は言うが、そんなことを加味してくれる教師は少ない。
そして俺も、数学教師が味方についているのを良いことに、窓の外に目を向けることにした。
今はどのクラスもグラウンドを使っていない。誰もいない、だだっ広い砂場は少し奇妙で、寂しくて、俺は空へ視線を逃がした。
こちらもいつも通りの澄み渡った青空だ。雲が一片だけ取り残されている。
そろそろ車が空を飛ぶというこのご時世に、銀色の円盤一つない。いや、むしろ円盤が発見される可能性の方が逆に減っている気がするのは俺だけだろうか?
人類が空飛ぶ円盤を開発し、どこか遠い星々の生物に視認される方がよっぽど現実的だろう。ロマンもクソもあったもんじゃないな。
そんなことなら、人類が宇宙に進出するのを宇宙人達が待ってくれているという展開の方がいい。宇宙人が姿を見せないのには訳があって、それは人類が宇宙船なりUFOなりを開発したときにようやく明かされるのだ。ああ、その方がロマンがある。
……さて、一向に姿を見せない宇宙人にも納得できたし、次はUFOの形状の妥当性でも検証するか。
キーンコーンカーンコーン
検証を始めようというところで終鈴が鳴ってしまった。また明日にしよう。
宇宙人未来人超能力者はいない。だから面白いのだ。