竜討伐依頼
その後、迷宮の報告をギルドに行った後、俺は3つの迷宮の整備で忙しかったし、シャル達も、ミューリの鍛錬を兼ねて、俺の迷宮の下層での訓練で忙しかったので周囲の変化に気が付かなかったけど、世界は大きく動いていたようだ。
まず、魔物の森の3つの迷宮については、国際条約上全てマルク王国の管理となった。
つまり入場料や、迷宮周囲10キロの領有権が認められる。
これによって、それまで曖昧にされていた魔物の森の大部分がマルク王国の領土となり、5つもの迷宮の管理権を得たマルク王国は一気に大国へと押し上げられ、マルク王国周囲の小さな王国がマルク王国に恭順を示し、マルク王国から侯爵位をもらって貴族になり、同時にマルク王国としての領土と国民が増えってことが繰り返されて、いまや王国連合内では、アミラス王国を凌ぐ大国になった。
元々獣人族など他種族の受け入れに寛容だったマルク王国の方針はそのまま受け入れられというか、それがマルク王国へ参入する条件の一つになったので、自然他種族に対して寛容な国風となり、やがて、獣人族の流入が加速度的に広まって、人口としても大国へと成長して行く。
俺はと言うと、迷宮都市(今ではケント・ハウスという名前になっている)とサクラ・メント、リンの迷宮のある周囲に形成されたリン・ドパークの3つの街の発展が嬉しいなぁとか思うぐらいで、相変わらず迷宮の整備に精を出していた。
ちなみに、魔物の森の残り二つの迷宮は攻略完了した。
このせいで、マルク王宮の側にあった森の中(ビッグボアーが出現していた薬草の群生地)に迷宮が出現した。
今では、この森まで王都の城壁を伸ばそうとしたいるみたいだ。
元々マルク王国の王都は拡大していたんだけど正式に開発することになったようだ。
ともかく、攻略した2つの迷宮はともに俺の所有になった。
俺のアイテムボックス内が一番魔力が高いってことなのか何なのか知らないけど。
魔物の森の迷宮でマルク王国に近い迷宮は兵士の訓練施設にすることにした。
訓練に適したように改造したからだ。
大人数での戦闘が可能な広場や、ゴブリン、オーク等との集団戦が出来るようにしている。
勿論1、2階は冒険者の訓練施設にしている。
もう一つの迷宮は、リンの好きに改造させている。
周囲10キロまで成長した迷宮はリンにとってはいろいろ手の入れがいのある迷宮みたいだ。サクラとかリンをみていると、成長した迷宮を弄れるのは、何よりも楽しいらしい。
これもダンジョンマスターとして転生されられた人の魂に刻まれた性みたいなものなんだろうか。
迷宮関係はこんな感じなんだけど、政治的にはいろいろ大変だったらしい。
まず王国連合の盟主で我が物顔で連合を仕切っていたアミラス王国が自国の迷宮をそれまでの1つから一気に4つに増やそうとして、多大な犠牲を払ってたのに(召喚魔法の起動には、年間予算に匹敵するほどの魔石を使用したらしい。
尤も新たに見つかった3つの迷宮の管理権かつ所有権を手に入れられたら余裕でペイできると踏んでいたらしいけど)、あっさりマルク王国に先を越され、あまつさえマルク王国内に新たな迷宮が出現し結果マルク王国の迷宮は6つ、しかも全てがタイプの異なる迷宮で、迷宮からとれる素材の量も一気に増えた。
これではアミラス王国としては面白くない。
今回、自国の領土が接していると言うことで魔物の森の迷宮Bの攻略に乗り出していた正教会教皇国と手を結び、マルク王国と対立しようとする動きもあったらしい。
ただし、3国の共通の敵であるガルグ帝国が背後に控えていて、さらにその背後には魔族と言う強大な敵も控えていることから、3国間で争うことは無意味であること、と同時に、マルク王国がそれまで世界で確認されていたA級冒険者が帝国にいる2人だけでなく、自分達の国の冒険者ギルドに4人(途中で、ミューリの冒険者ランクを一気にAランクに上げてたので)所属していると言う究極の外交カードを切り黙らせたみたいだ。
尤もその後で、アミラス王国と教皇国の国境に新しい迷宮が出現し、そこに関してはマルク王国は関知しないと言うことで納得した貰ったそうだけどね。
その時点で、アミラス王国には1ヶ所、教皇国に至っては枯れた迷宮が1ヶ所しかなかったみたいで、新しい迷宮については共同探索と開発をすることで話が付いたようだ。
それに伴って、アミラス王国が召喚した元2-Dの生徒のうち大部分が、アミラス王国の各貴族に払い下げられた。
召喚者達の維持費も馬鹿にならなかったんだろうな。
そう言う話を俺が知ったのは、随分先の話だけど、俺が知らないうちにいろいろと大変だったみたいだ。
「そう言う訳でして、是非ケンタ殿のパーティーに依頼を受けて頂きたいのです。」
目の前で頭を下げているのは、マルク王国の冒険者ギルドのギルマスだ。
冒険者の育成、パーティー制の導入など冒険者ギルドに新たな改革を巻き起こし、今や冒険者組合の代表になっているらしい。
本来なら俺みたいに一冒険者の家に出向いてくるような時間はない筈だけど、支部や本部の幹部の依頼では埒が明かないと考えたのかこうしてやってきたようだ。
「すでに小さかったとは言え、迷宮の攻略を達成したケンタ殿のパーティーはS級認定をしても問題ないほどの偉業をなしておる。しかし冒険者ランクの既定で竜討伐がなければS級認定ができない、ケンタ殿にとっても悪い話ではなかろう。」
王都の近くに出現した迷宮は実は地下10階までしかなかった。
守護者もなければダンジョンコアもなかった。
サクラやリンに聞いても意味がわからないと言うことだ。
さらにこの迷宮、他と違って、畜産系の魔物が多く、素材として畜産系のドロップアイテムが得られる。
しかもレベルは手ごろ。
冒険者や、商業組合所属の傭兵等もよく入る言わばマルク王国の食糧庫的な迷宮になりつつある。
俺もまさかそのような感じだと思わないので早々に迷宮討伐完了を届けて全階層のマップと魔物の情報を公開した。
まあ実際はすでに6ヶ所の迷宮攻略を終えているんだけど、それはしばらくは言うつもりはない。
大体マルク王国内の他の迷宮でも地下10階到達者すら出ていない状況で発表することでもないだろうし。
ともかく、ギルマス改め、ギルド代表の話は、マルク王宮の依頼で、竜の鱗、竜の牙という伝説の勇者が持ち帰ったとされる竜討伐の証拠となる様な物を是非手に入れて欲しいという依頼らしい。
王国としての権威づけみたいなものが絡んでいるみたいだけど、勘弁して欲しいと言うのが素直な気持ちだ。
「確かに、俺は冒険者ですし、冒険者にランクがありランクに規定がある以上、S級冒険者になると言うのは夢みたいなものです。ただそれは、誰かの為とか、誰かの思惑で行うことではないと考えています。自分の中で竜討伐の意識が高まれば討伐に行くでしょうし、そう言う気持ちにならなければ、このまま迷宮探索に明け暮れる毎日をすごすことでしょう。」
「ケンタ殿の気持ちもわかる。マルク王国の思惑が絡んでいることもその通りだ。話を持ってきたスタッフが思慮なく話したことで状況が前後してしまったが、冒険者ギルドとしては、マルク王国の指名依頼などは本来どうでもいいのだ。冒険者としての夢。それを叶えられる人物、それに一番近い人物が俺の生きている世代に現れたんだ。是非この手でS級冒険者カードを発行させたいんだよ。これは世界中の冒険者の夢でもあるんだ。」
「そうは言っても、竜山脈は、人跡未踏の何の情報もない場所なんでしょう?」
「初代勇者が行ったことあるから、人跡未踏ではない。」
「だとしても、山脈の麓まででも一ヶ月かかるんでしょう?その後山脈を越えて、竜の住処って場所まで探索して、竜を討伐して戻ってきたら、最低でも半年はかかりますよ。」
「そこで半年と考えられるのが凄いのだ。これは数年がかりの大討伐だ。」
「じゃあ、その数年がかりの討伐に俺を出向かせて、その間の生活はどうするんですか?」
「そこは、可能な限りのサポートはする。こことサクラメント、王都の屋敷については我々がきちんと管理しておくし、仮に未討伐であっても、その期間の保証は出るように王宮と契約する。王宮では麓で騎士団の一個中隊を駐屯させ、食料や物品の支援をするとも言っている。」
「中隊を駐屯って、現在確認されている竜山脈への入り口は帝国領なんじゃないんですか?それに途中アミラス王国を通過していかなければならないんでしょう?俺は恨まれているんでしょう?あの国に。それに帝国は獣人族にはアミラス王国以上に厳しいと聞きますが、そんな中パーティーメンバーを引き連れて一ヶ月以上もかけて移動しろと?」
「その点は心配いらぬ。まずケンタ殿のパーティーのことは一部では有名だが広くは知られておらん。情報は可能な限り伏せられておるからな。それに、今回の依頼はワシ自身の直接の依頼書を出す。これでも冒険者ギルドの代表だ。各国の国首と同等の影響力があると思う。それに、竜山脈の麓は不可侵の領土になっている。いずれの国もその所有権は主張できない。移動に関しては専用の馬車を提供しよう。宿泊は各地の冒険者ギルドを通して確保して貰える。」
「はー。それではシャル達にもう一度相談してみると言うことで。返事はなるべく早く出すつもりですが、面倒になってしばらく雲隠れするかもしれませんが。」
「な、承知した。よい返答を待っておる。この件については我らの方からはこれ以上何もいわないことにしよう。」
そう言って慌てて出て行った。
「ケンタ、あれじゃあ、今頃冷や汗かいて、すぐに王宮に行って相談すると思うよ。脅し過ぎだよ。」
「えっ?別に脅してなんかいないけど。」
「面倒になってとか、雲隠れとか言われたら焦るんじゃない?私達がこの国を出ちゃうと思って。まあ帝国やアミラス王国に行くとは思ってないでしょうけど、獣人族の国か妖精族の国辺りなら移住も可能でしょうし。」
「なるほど、そう言う解釈もできるのか。そう言えば、竜人族は、龍山脈にいるんだよね?竜人族は、竜の討伐とかしないのかな?」
「うーん、私も詳しく知らないけど。獣人族の国も人族みたいに街を作って国を作ってって感じじゃないみたいだし、領土とか街とか作らずに済んでるんじゃないかなー、龍山脈全体の中を放浪する感じで。」
「獣人族の国って街とかないの?」
「大陸の大森林とその先が獣人族の国だよ。獣人族の各種族の村や集落はあるけど。獣人族の中で一番強い獣人が全体を統治して各地を巡ってるみたいだよ。一応、中心地みたいなとことはあるみたいだけど、私達、猫族は獣人族の中では最下層だし力もないからね、ずっと昔に人族の領土の方に出てきたみたいだよ。多分、ミュール達兎族も同じだと思うけどな。」
「すると、妖精族も似たような感じ?」
「代表的なのはドワーフ族とエルフ族だけど、こっちも各種族が自然の中で暮らしてるって感じかな。ただ、妖精族は他の種族、国家と積極的に関わりを持ってるからね。腕に覚えのある人が、鍛冶職や、狩人、傭兵、冒険者、魔法師なんかになっていろんな場所に住んでると思う。大体、大森林周囲の山や森の中が妖精族の国土って感じだよ。まああのあたりだと、普通の種族が生活するのは厳し環境だしね。」
「シャル詳しいね。勉強になったよ。」
「別に、これくらいは誰でも知ってるわよ。私だって獣人族なんだし。」
「取り敢えず、勘違いでも何でも、これ以上ほっといてくれるなら助かるんだけどね。それよりも龍山脈の件どう思う?竜討伐やってみたいか?」
「話は効かせて貰いました、師匠。」
「私も効かせて貰いました、ケンタくん」
二階から、サクラとリンが降りてきた。
ちなみにリンも一緒に住むようになっている。
今の所個室だけどね。
それはともかく、2人とも話があるんだろう。
普段こう言った話に関わって来る2人ではないんだけどな。
「竜の討伐は、この世界のために必要なんだよ、師匠。」
「そうです、ケンタくん。」
「ん?どういうこと?」
「竜の持つ魔素は莫大な量なんだよ。それを解放することでこっちの大陸の魔素濃度が高まり、魔族大陸との魔素濃度格差が解消されるんだよ。」
「意味がよくわからないけど。」
「私もよくわかんないけど、師匠。ただ、そう言う知識が浮かんで。」
「私も同じだよ、ケンタくん。竜を倒して魔素を満たさないといけないの。」
「魔素の循環とかは、ダンジョンの役目だったんじゃないの?」
「ダンジョンもその役目があるんだけど、どっちかと言うと循環させる役目が大きいのよ。魔素の供給は微増ながらも可能よ。でも竜の持っている魔素を解放すれば話は別よ。それに、魔族大陸の方の魔素が高くなって、その内に、こっちの大陸の魔素が全部向こうに流れて行って、こっちの大陸では魔法が全く使えない世界になっちゃうわよ、師匠。」
「そんな大きな話なの?なんでそれを話さなかったの?」
「うーん、ダンジョンを攻略した人に、こう言う話をするようになってるんだけど、忘れてた、テヘっ」
「テヘっ、じゃあねえよ。それってすぐやらないと拙いのか?」
「うーん、さっき言った魔法が使えなくなるっているのは、竜を倒さなければ、5000年ぐらい後にはそうなる予定だよ。」
「なるほど、それで初代勇者とか言う人は、ダンジョンを攻略した後、竜の討伐に行ったのか。あれ?じゃあ、なんで一度だけしか行かなかったんだ?」
「それは、その討伐で仲間がなくなったからじゃない?まあお伽噺によるとだけど。」
「なるほど、つまりそれぐらい、強敵ってことか。」
「まあ竜とは、魔力の精製装置みたいなものだからね。少しずつ魔素を栄養にして身体の中に魔素を貯めて濃縮していくんだよ。だからこそ竜を倒した時に出る魔素が多いんだろうけど。」
「そうすると、魔族の方は、定期的に竜の討伐をしているってことか?あっちの魔素の濃度が高いってことは。」
「まあそうなるのかなぁ。最終的に、龍山脈の竜は魔族に倒されて魔族がこっちの大陸に侵攻してくるのかもしれないよね、魔族って欲望に素直って言うか、忠実だし。」
3人の俺を見つめる目が痛い。
「はー。解りました。竜討伐に行けばいんだよね。いや行きます、行かせて下さい。」
「流石、ケンタね。」
「私も行きます、師匠。」
「ありがとう、ケンタくん。」
ん?途中、サクラが妙なことを言ったけど、聞き間違いか?
「サクラ、サクラも行くとか聞こえたんだけど。」
「その通りだよ、師匠。」
「ダンジョンを攻略したやつでも討伐が困難なのが竜討伐なんだよな?」
「そうだよ、師匠。」
「つまりだ、竜討伐に行けるぐらいのやつに敗れるようなダンジョンコアに竜討伐ができると?」
「だって、討伐の時に竜の側にいれば、コアに魔素が入って来るだろうし、コアの純度が・・・」
「うん、サクラ、お前が欲望に忠実なやつだって、俺は知ってたよ。ちょっと話をしようか・・・」
「師匠、怖い。ミューリちゃん、助けてー。」
叫びながらキッチンに走って逃げたけど、あれはキッチンでおやつを貰うつもりだな。
まったく、サクラを甘やかせ過ぎだな。
まあ、おバカなサクラはほっといて、どうやって行くかだな。
それに誰と行くかも考えないといけないか。
「移動は、リンの迷宮の場所から、一気にアミラス王国を抜けて、ガンノ帝国を横切って行けば辿りつけるだろうけど、俺が単独で行っても10日程はかかるかな多分。」
「ついでに、アミラス王国の迷宮と、帝国の2つの迷宮にマーキングしてきたら?」
「まあそれもありか。」
「アミラスは地下10階ぐらいまで探索出来てるんでしょう?帝国の方は、1つは地下16階だっけ?もう一つも10階近くまで探索で来てるって聞いてるよ。」
「帝国にはA級冒険者が2人もいるらしいからな。それにしては探索が進んでない感じだけどな。」
「元々4人パーティーだったのが、数年前の探索の時に死んだんですって。その犠牲もあって地下15階。中層を突破したらしいけど。」
「そうなんだ。じゃあ今は積極的に探索とかやってないんだな。」
「人族で、結構年配って言う話だから、後進の育成とかやってるんじゃないの?」
「あー確かにそうか。B級でも35歳前後だったけ。A級だと40歳過ぎって感じか?」
「ケンタとか、私達が異常だからついつい忘れがちだけどね。普通迷宮探索で活躍できる期間なんて短いよ、長命種の妖精族じゃない限り。」
「まあいいや、とにかく、通り道ならついでにマーキングしてくるよ。ちなみに、この大陸でダンジョンって他にはないの?」
「あとは、獣人族の大森林と人族の国との間にあるダンジョンぐらいかな。ガノ王国だったかな、そこが管理してるみたい。かなり離れてるから、あんまり交易はないみたいだよ、他の王国と。」
「そうなんだ。まあそっちはいずれだな。じゃあ、取り敢えず龍山脈に向けて行ってみるよ。」




