シャルの事情
結局1時間もかからずに地上に到達して、そのままギルドへ行った。
朝と比べて少し人が多い感じだ。
シャルさんはC級の討伐回数になりそうな討伐部位を持って受付の後ろの方へ入っていった。
10分程して戻って来た時には、ちょっと大きめの袋を抱えていた。
「そのままシャルさんが収納して貰ったらよかったのに。」
「一応、パーティーの場合には、双方で金額を確認してお金を配分するのが普通なんですけど。」
「まあその辺りは宿の部屋で。」
「了解。信用して貰ってるのは嬉しいですけど、他の人とパーティーを組む時にはちゃんとして下さいね。」
「シャルさん以外とパーティー組むことはないですよ。」
「まあ、ケンタさんはソロでも十分な実力がありますからね。」
「それで今歩いているのは鍛冶屋にですよね?」
「そうです。情報を聞いてきました。迷宮として一番腕のいい鍛冶師だそうです。あっ、ここですね。」
店構えは目立たずこじんまりとしているけど、清潔感のある店だ。
いくつか剣や、弓、杖などが飾っているけど、一点物って感じだな。
「こんばんは、冒険者ギルドの紹介で来たんですが。」
「ん?お前さん達見ない顔だな。新人かい?」
「はい、昨日、王都から来ました。C級冒険者です。」
「ほう、その若さでC級か。スキルホルダーかい?」
「私はそうですが、彼は違います。」
「ほう。男女のパーティーなど珍しいが、まあいいや、それでどんな用事だい。」
「ミスリル鉱石を持ち込みで、武器を作って頂きたいのですが。」
「ミスリル鉱石の持ち込み?どれ見せてみろ、純度はどの程度ある。」
「純度とかは解りませんが、取り敢えず、こんな感じです。」
「ほむ。いい石だ。よく練られてるミスリルだな。こいつならどんなものでも作れるが、どんな武器を望んでいるんだ?」
「俺はこのミスリル剣があるので、彼女の双剣をお願いしたいんですけど。」
「お前さんの剣ちょっと見せてみな。
ほほ。なかなかいい仕事してるな。上手い事打ててる。
まあミスリル鉱石が十分になかったんじゃろうな。
例えば今お前さんが持ってきたミスリル鉱石1つでこの剣なら2本は打てるぞ。
完全にミスリル剣を作ろうと思えばその鉱石一個使った方がいいな。
純度が高いからいい素材になる。」
「では、この3つを使って、ミスリル剣一本と、双剣のミスリル剣一対をお願いできますか?」
「剣の方は、この剣と同じバランスでいいのかい?
ミスリルならもう少し幅広で作った方が使いやすいと思うが。
双剣は、お譲ちゃんの剣を貸してみな。
なるほど、悪くはないがパットしないな。
これじゃあ、振りにくいだろう?
お譲ちゃんの様に猫族だともう少し細くて短い方がいいと思うが。」
「俺の方は、御主人に任せます。俺自身武器の扱いに慣れていないので。」
「私も、御主人の言う通りで、おっしゃるように少し振りまわしが窮屈な感じなので。」
「そうかい。じゃあ任せてくんな。そうだな。明後日には打ち上がってるよ。明後日の夕方受け取りでいいかい。」
「はいお願いします。」
「費用は聞かねえのかい?貴族って感じもしねえが。」
「そうですね。費用はいくらでしょうか?」
「こんな純度のいい鉱石の持ち込みだしな。
こっちは設えの作業だけだし、今はたてこんでる作業もないしな。
両方で金貨2枚でどうだい?
勿論余った分のミスリルはちゃんと返すぜ。あくまでも俺の2日の作業代だ。」
「はいではそれでよろしくお願いします。余った材料は御主人がお使い下さい。
俺達が持っていても鍛冶はできませんし。」
「何言ってるんだい。これだけの純度のミスリル、金塊より高価だぜ。余った材料って言っても金貨数枚分にはなる筈だ、そんなもん貰えないよ。」
「じゃあ、余った材料の引き取り代金で作成費用を相殺すると言うのではいかがですか?勿論そのミスリルに価値があればですが。」
「いやいや、それじゃあ俺の方が丸儲けだぜ。
ちゃんとインゴットに練金しないと解らないけど、俺の見立てじゃこの石はまぎれもなくいいものだ。
かなりの純度のミスリルがとれる。」
「では今度のお付き合いの先行投資と言うことで。俺達はしばらく迷宮都市で迷宮探索しますし、今後も武器や武器のメンテをお願いすると思いますので。」
「まあ、そこまで言われたら俺としても嬉しいけどな。今後もひいきにしてくれや。」
「はい、こちらこそ、よろしくお願いします。では明後日伺います。」
鍛冶屋を出て、今度はお勧めの食堂に向かった。
「ケンタさんって本当に欲がないよね。ミスリル剣とか普通に購入したら小さな家一軒分だよ。もしかして今日注文した剣だけで、うちの宿屋と食堂の借金払えちゃうんじゃないかってぐらいだよ。」
「そう言えば、宿屋の改装とかで借金返済してるとか?」
「その通りですよ。冒険者ギルドからの借金なんであこぎなことはないですけどね。まあそのお陰で冒険者ギルドに高給取りとして雇用して貰ってるんですけどね。」
「なるほど、そう言う繋がりだったんですね。ちなみに、借金の額をお聞きしても?」
「はー、ケンタさんにならいいですよ。借入したのは、金貨100枚です。毎月金貨1枚を支払って10年で完済です。10年で利息が金貨20枚ですから超破格です。それに私が冒険者ギルドに働いている限り借金は確実に減っていきますし、問題ないです。」
「ちなみに、あと何年ぐらいあるんですか?」
「あと、8年程ですよ。正確には8年と5ヶ月です。」
「なるほど。借金を返済したらシャルさんは自由なんですか?」
「自由の定義が解りませんが、獣人族が毎月確実に金貨1枚以上稼げる職場ってないですよ。獣人族にとって、いい職場です。」
食堂に入って、お勧め料理を待ちながら話を進める。
「でも、仮にシャルさんが冒険者になればそれ以上稼げますよね?」
「それは、そうですけど。普通はこんなに稼げるのは異常なんですよ。私も1年と少しギルドでいろんな冒険者を見てきてますけど、D級程度だとまあ、普通生活より贅沢ができるって感じです。その分、武器やポーションなど必要な経費はかかりますし、一瞬の油断で冒険者を廃業しないといけない人、借金奴隷に落ちていく人もいます。C級冒険者も同じですよ。この迷宮に入っている人はC級の人がほとんどでしょうけど、普通は用心深く上層で狩りをしてコツコツお金を貯めるものです。大けがや失敗して取り返しのつかないことになるより、確実に生き残れる方法を取るからです。B級になれば装備や能力の面で完全に余裕です。そこまで行く冒険者は少ないですし、だからこそ価値があるんでしょうけど。こうして周りの人たちを鑑定してても、私よりもLVの高い人がほとんどです。それでも割とギリギリの生活をしながら冒険者をしているんですよ。」
「他の人たちとか、他の冒険者がどうなのか、確かに俺はよくわからないし、俺自身がどのくらい恵まれているのかはっきり言って実感もないけど、少なくともシャルさんがみて、俺と一緒にいれば冒険者としてやっていけそうなら、これからも一緒にいてくれると嬉しいかな。それで、シャルさんの借金の問題が早く解決するなら嬉しいと思う。」
ワンプレートのステーキだ。
ホーンラビットのステーキかな、味は悪くないけど、シャルのお母さんの料理の方が断然美味しいな。
まあ口に出して言わないけど。
「ありがとうございます。自分でもズルイと思っているんです。ケンタさんの優しさに乗っかるように、私に都合のいいように動いているようで。ケンタさんのお陰で、私も、私の家も、随分助かっています。と言うか変わりました幸せが一遍に来た感じです。」
「そんな。幸せが一遍に来たのは俺の方ですよ。初めてマルク王国に来て、冒険者登録しに来たら、シャルさんのような美人さんと知り合えたんですから。俺としてはあの時の俺を褒めてやりたいですよ。普段は自分から女性に近づくとかしないんですけどね、本当は。」
「そうなんですか?最初、空いてるのに真っすぐ私の方に向かってくるのでちょっと怖かったですよ。何かミスしたのかなーって思って。人族ですし。」
「あー済みません。そう言うこと考える余裕がなかったです。」
「いえ、でもすぐに鑑定して変わった人だなーって思いましたし。職業がなかったので無職でLV1ってこの人何?って思いましたけど。」
「あーそうだったんですね。済みません。おっと、混んできましたね。部屋に戻りますか?お酒とか飲むんですか?」
「お酒は飲みませんよ、大人じゃないんだから。いくつだと思ってるんですか?」
「あーそう言えば年を聞いてなかったですね。レディーに年を聞いたらいけないって言われてたので。」
「17歳です。来年成人しますから、成人したらお酒にお付き合い出来ますよ。」
「えーマジ。17歳だったんですか?」
「っていくつって思ってたんですか?まさか同じ年とか思ってた訳じゃないですよね、プンプン。」
「そんな訳ないじゃないですか。でもほら、シャルさんって落ち着いてるから。大人の魅力ってやつ?」
「もう解りました。ケンタさんだって、パット目私と同じぐらいにしか見えないじゃないですか。多分、うちのお母さんはケンタさんのこと同じ年ぐらいだと思ってますよ。」
「ですかねー。」
確かに扱いが子供に接する様な感じなんだよな、シャルさんのお母さん。