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ドリームズホールディング社

 地方裁判所の通路をこれからの事について考えながらふらと出口に向かって歩いていく。


 来たときの威勢は何処へやら、きっと今の俺はゾンビのように鬱々としてることだろう。


 あの屋敷を競り落とせなかったのはとんでもない大失態だ。


 あの屋敷が正式に他の所有者の持ち家となった場合、俺がしている事は不法侵入と不法占拠も良いところで、訴えられても文句は言えない。


 かと言ってあちらへ行く方法はあの屋敷しか知らない。もしかしたら他にも存在しているかも知れないが、現在俺の知る限りあの屋敷だけだろう。


「失礼ですが、沖田 一成様でお間違い有りませんでしょうか?」


 突然声を掛けられて振り替えれば、全身を白いスーツに包んだ痩身の美女が立っていた。


 スラッっした長い足が膝たけまでのフレアスカートから延びていて品のよいヒールを履いている。


 ストイックな雰囲気にきっちりと結い上げられた髪の後れ毛が色気を醸し出し、赤みがかったフレームの眼鏡をかけた彼女を一言で表すなら美人秘書だろう。


「どちら様ですか……?」


 俺の知り合いにこんな女性はいなかったはずだ、もしかしたら旅行会社に勤めていた時のお客さまの可能性もある。


 自慢じゃないが、俺は人の名前を覚えることは苦手なのだ。


「私、ドリームズホールディング社の社長秘書をしております。 柏木那奈(かしわぎなな)と申します」


柏木那奈さんは胸ポケットから名刺を取り出すと俺に差し出してきた。


「申し訳ありませんが、名刺を持ち合わせておりません。 沖田一成です」


 那奈さんのの名刺にはつい先程あの屋敷の利権を落札した会社名が記載されている。


「この度わが社で競り落とさせて頂きました物件に関して社長が是非とも直接お会いしてお話したいと言っておりますが、沖田様の御予定がよろしければこれからわが社へご足労いただけませんでしょうか?」


「わかりました。私も御社にご相談したいお話が有りましたので、アポイントをとらずに直接お話出来るのはありがたいです。同行させていただきます」


 家庭裁判所前に横付けされていた黒く長いリムジンまで近付くと、乗車をもとめられた。


 裁判所まで乗ってきたマイカーを一度自宅へ置きに戻りたいと伝えた所、すんなり許可してくれた為、俺はマイカーを運転して自宅へと戻った。


 あえて途中で道幅の狭い道にそれたりしてリムジンを撒いてみたものの、きっちり自宅の前に横付けさせているところを見る限り自宅の場所は把握されていたようだ。 

 

 自宅の車庫にマイカーを戻すと、俺は観念してリムジンへ乗り込んだ。


 革張りの座椅子は、身体が沈み込むほど柔らかい。


 ミラーガラス越しに流れる見慣れた田園風景は、高速道路に乗ったことですれ違う自動車ばかりになった。


 一緒に乗っている那奈さんは、俺が話しかければ答えてはくれるものの、基本的に余計な会話をするつもりはないようで無口なので気が楽だ。


 既にリムジンは高速道路を下りて政令指定都市の都心部へと続く片側二車線の道路を進んで行く。


 自宅周辺の片側一車線しかない農道と都心部との差が激しいのはいつもの事だが、それでもリムジンは目立つようで、歩道からスマートフォンをこちらに向けている制服姿の女子高生がいた。


 テンションが高い様子ではしゃいでいるので、きっとどんなセレブが乗っているのかと盛り上がっているに違いない。


 すまん、普通の親父で。残念ながらダンディーなおじ様でもちょい悪オヤジでもイケメン資産家でもないんだ。


 ミラーガラスのお陰で外からは車内の様子が見えないため、彼女たちの夢を壊さずにすんだと思いたい。


「沖田様、到着いたしました」


 運転手の男性がリムジンのドアを開けてくれた為、外に出れば目の前に聳え立つ高層ビルに案内された。


 間違っても異世界へは行かない普通のエレベーターに乗り込み、順調に上階へと昇っていく。


 エレベーターにはこのビルに入っている会社名が階層ごとに記載されていて、俺が向かっているのは二十階にあるドリームズホールディング社のオフィスだ。


 オフィスの中には予想外に人は居らず静まり返っていた。


「従業員の方は……?」


「はい。 就業時間を過ぎましたので既に帰宅しております」


 どうやら皆定時で退社しているようだ。残業がない会社は業績が好調で作業効率が良いか、仕事がないかのどちらかだろう。


 那奈さんは真っ直ぐにオフィスの奥に俺を案内すると曇りガラスで仕切られた部屋へと案内してくれた。


「社長、沖田一成様をお連れいたしました」


 二度硝子張りの扉を叩き、那奈さんが室内に声をかけると、低い男性の声が聞こえてくる。


「入れ」


「失礼致します」


 那奈さんに続いて潜り抜けた扉の先に夕日に背を向けて座っていたのは、着物を着た老人とスーツ姿の男性だった。


「かっ、会長!いらっしゃるとは思わず失礼いたしました申し訳有りません」


「柏木君は相変わらずじゃな、元気でなにより」


「謝る必要は無いよ那奈君、なんの予告もなくふらふらと突然現れる会長が悪いんだからね。 そちらが沖田一成殿ですね。 はじめまして、私はドリームズホールディング社の社長如月琢磨(きさらぎたくま)です。 そしてこちらが会長の如月隆盛(きさらぎたかもり)です」


 自己紹介をしてくれた社長の琢磨さんはとても若いように見える、年の頃で三十を少し越えた位だろうか?


 もしかしたらまだ社長に着かれて間もないのかも知れない。


「お初にお目にかかります。 沖田一成と申します。 この度会社を立ち上げましたが、まだ名刺を用意しておらず申し訳有りません」


 なにせ今日起業したばかりなので用意していなかったのだ。


 こんなことなら先行して作っておけばよかった。


「沖田殿と言ったな……単刀直入に聞く、貴殿はあの屋敷をどうするつもりか?」


 にこやかに交わされた挨拶を低い声で会長の隆盛が問うた。



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