聖女降臨
「一成さん! 大丈夫? かずなりさーん!?」
背中に感じた衝撃から前後にガクガクと身体を揺すられて意識が浮上した。
「み……美枝子?」
今にも泣き出しそうな美枝子の名前を呼ぶと痛いほどに抱き締められた。
いや、マジで痛い。 本当に痛い。 痛でぇ~!
「美枝子、放して死にそう! タップタップ!」
背中をポンポンと軽く叩くと美枝子が唐突に抱き締めていた身体を放したものだから、俺は地面に背中を打ち付けてのたうち回る結果になった。
「うわっ、ご免なさい!」
美枝子が慌てたように背中を撫でてくれたけれど、これってもしかして肋骨か何処か痛めたんじゃないか?
唸る俺に近付いてきた騎士の一人が何やら青臭い液体の入った瓶を口許に押し付けてきた。
「これはハイ・ポーションといって小さな怪我を治してくれる薬です。 さぁ飲んでください」
意を決して口の中に入れると、酷い苦味と酸味と少しの甘味と辛みで味覚が大破しそうだった。
「味覚が崩壊しそう」
うっぷ、込み上げるものをこらえれば激痛がはしる背中から痛みが引いていった。
このポーションとやら凄い! 味も凄まじいがこんなものが地球に来たら最新医療がひっくり返るぞ。
「身体はいかがですか?」
「あぁ、大丈夫そうだ。 しかしそのハイ・ポーションと言う薬は色々な意味で凄いな」
苦笑いを浮かべる俺に騎士さんも覚えがあるのかなんとも言えない顔をしている。
「はい。 職業柄ポーションには良く世話になるのですが、あの味は慣れませんね。 昔は魔法で治癒も出来たのですが、あの魔法は使用者の体内にもつ魔力のみを消費して、対象者の魔力に干渉して欠損した部位を再生する秘術。 少しずつ身体に魔素はまた貯まっていくとはいえ、魔素不足が深刻化する今、己の命を削る魔法なので今では使えるものはほんの一握りです」
魔素が涸渇した世界では外から補給するのも難しいんだろう。
「まぁ、魔法? それって私みたいなおばちゃんでも使えるのかしら」
「そうですね。 適正も必要との事ですが、可能かも知れません」
なんのフラグですか?
興味津々と言ったようすで騎士さんにかぶり付く美枝子はおもむろに辺りを見渡すと、先程の騒動で潰れてしまった花に両手を翳すと呟いた。
「痛いの痛いの飛んで行けぇ~!」
するとほわほわした白い光が美枝子の手を包み込みポッキリと折れた花が見事に復活を遂げていた。
「やったわー! 出来た出来た!」
「マジか」
飛び上がらんばかりにはしゃぐ美枝子の姿に騎士達も唖然としているようだった。
「せっ、聖女様?」
「聖女様だ!」
一連の騒動を見ていた市民の一人が呟いた言葉から波紋が広がるように大騒ぎとなった。
聖女コールを浴びて気分がよさそうな美枝子の姿に騎士さん達の顔色が悪化していく。
「これ、暴動とか発展したりします?」
「……はい。 すぐに撤退を!」
徐々に押し寄せる国民達を食い止めきれなくなった騎士が指示を出してきたので、腕輪を操作して空間移動を発動した。
突然現れた俺たちに屋敷のミアさんが出迎えてくれ、温かな紅茶を入れてくれた。
「ふぅ、生き返るわぁ。 まさかこの歳で聖女様なんて呼ばれるとは思わなかったわ」
「はぁ、俺も救世主なんて呼ばれるとは思ってなかったよ」
二人でぐったりと白いテーブルクロスの掛けられたテーブルに突っ伏した。
プレゼンテーション大失敗……。どうしよう終わった……。
「ねぇ一成さん」
「なんだい?」
身体を起こして此方を見ていた美枝子が声を掛けてきた。
「良いわよ?」
「へっ?何が?」
「貯金の解約してくるわ。 私ね、この世界好きよ? 私に出来ることは限られてしまうけど協力するわ」
「美枝子!!」
ぐわしっ!と白い手を握るとクスクスと笑われた。
「まぁ、失敗したら家族でこちらに引っ越せば良いもの。 それにこちらでの生活は保証してもらえるんでしょ?」
「それは大丈夫だ! ダメならタマ様に責任をとって貰うし、それでも駄目なら陛下に言って貰うから!」
「うふふっ、期待してるわね。 救世主様?」
「美枝子まで辞めてくれ。 こう救世主とか呼ばれると落ち着かないんだよ」
「はいはい」
こうして一大プレゼンテーションは成功?をおさめたものの、聖女コールに残してきたタマ様が鳥肌を立てているとは思わなかった。
「なんじゃ?悪寒が……」




