第六話 ニードルスの独白
この物語は、倉庫娘のサモナー道中記 本編 第三十八話のサイドストーリーになります。
先に本編 第三十八話をお読みになりますと、よりお楽しみ頂けるかと思います。
この日は、私、ニードルス・スレイルにとってとても重要な日となりました。
朝、家を出るまでは、いつもと変わらない普段通りのハズでした。
もう、日課と化してしまった酒場への訪問。
ここの看板娘は、まだ小さな子供のクセに生意気な事を口にします。リノとか言ったでしょうか。
「また来た!
また、帰って来てないよ。そんなにウロお姉ちゃんに会いたいの?」
……これです。
何を勘違いしているのかは知りませんが、用があるから会いに来ているだけなのです。
いつも通り、店に寄る。
いつも通り、娘が出て来て、いつも通りのセリフを言う。
「よかったね、ウロお姉ちゃん帰って来たよ!
用事があるから、後で錬金術ギルドに寄るって!」
!?
な、なんだって!?
か、帰って来ている!?
彼女が!? この街に!?
予想外の答えに、私は、少々戸惑ってしまいました。
「わ、解りました。ありがとう」
どどどどうしよう?
ま、まずは職場に行かなくては。
私は、錬金術ギルドへと急ぎました。
どうやら、まだ彼女は来てはいない様でした。
私は、職場の仲間に早退する旨を伝え、もし、彼女が来たら私の自宅を訪ねて欲しいと伝えてもらう様に頼みました。
急いで自宅へ!
と、その前に。
私は、通りに並ぶ屋体に立ち寄りました。
そこで、普段は買わない薬湯を買い付けました。
自宅へと呼びつけたのですから、少しはもてなす位の事をしなくては。
薬湯は、女性に人気だと言う物を購入しました。
納屋の研究所に戻って、薬湯を煮出します。
これで、いつ訪ねて来ても大丈夫です。
自宅へと戻って、彼女が来るのを待ちました。
……遅い。
もう、昼を回ったのに。
一体、何の用事なのか?
少し苛立つっている自分に気づいて、冷静になる様に努めます。
と、その時。
私の家に近づいて来る気配が。
慌てて立ち上がり、扉を開けました。
いた。
彼女です。
変わらない、子供みたいな容姿が、やけに懐かしく感じました。
拳を握って、キョトンとしている。
ノックする直前だったのでしょうか?
極めて冷静に、まずは挨拶を……。
「こ、こんにちわ、ニードルスくん。お久しぶりです」
先を越されてしまった!
「……人の家の前で、何で拳を振り上げているんですか?」
「あ、これはノックしようと……」
「話しは納屋の方でしましょうか」
彼女の横を通って、納屋へと向かいます。
なんですか、今のは。
なんて愛想の無い。
いや、まだ、挽回は出来るでしょう!
用意していた薬湯は、どうやら気に入ってくれた様です。
が、挽回は出来ませんでした。
と言うより、挽回する暇がありません。
彼女は、やはり彼女のままでした。
どこか、ボタンをかけ違えている様な。
薄ぼんやりした状態に、思わず声をあらげてしまいました。
しかし、不思議ですね。
あんな大変な思いをして、なぜ、あんなに笑っていられるのでしょうか?
得意気に市民票を出した時など、まるで、玩具を自慢する子供の様でした。
なのに、図書館に魔導書が無いと知った時の絶望の表情。
くるくると変わる表情に、私の方が目が回る様です。
そして、突然の告白。
「一緒に、魔法学院に行こう!」
頭の中が、真っ白になりました。
金貨千枚と言う大金を、いとも簡単に出したのです。
しかも、私の分まで。
ですが、流石にそんな大金をおいそれと受け取る訳にはいきません。
しかし、彼女は言いました。
「これは、先行投資!」
先行投資。
つまり、私の未来に金を払うのです。
未来は、不確定だと言うのに。
私が、付与魔術の道を諦めるかも知れないのに。
或いは、死んでしまうかも知れないのに。
未だかつて、こんな発想をした者がいたでしょうか?
私には、到底、理解出来ません。
理解は出来ませんでしたが、その瞬間、私の理性を喜びが凌駕したのは事実です!
我に帰った時私は、あろう事か彼女に抱きついていたなんて。
あまりの事に、前後不覚に陥りそうになりました。
このままでは、どうにかなってしまいそうだった私は、早々に話を終わりにしました。
しかし、しかしです。
ここで、私の悪い虫が騒いだのです。
ずっと気になっていた「\(^o^)/」。
この胸のざわめきを、知識欲で上書きしなくては。
ですが、返って来た答えは、あまりにも酷い物でした。
思わず私は、彼女に説教を捲し立ててしまいました。
気がつけば、彼女が泣くまで続けていたのです。
結局、挽回にはほど遠い結果になってしまいました。
ですが、まだ。
まだ、挽回の余地は残っているハズです。
これから、冬が明ける数ヶ月。
彼女との勉強の日々が始まるのですから。
そう自分に言い聞かせ、私は、メモを読み返しながら研究の世界に埋没していくのでした。