第五話 ニルスの誓い
この物語は、倉庫娘のサモナー道中記 本編 第三十六話のサイドストーリーになります。
先に本編 第三十六話をお読みになりますと、よりお楽しみ頂けるかと思います。
馬車とは、かくもこんなに揺れる乗り物だったのか?
舌を噛みそうな振動と、鉄の腕輪の感触にイラ立ちながら、小さな窓から外を眺める。
耕地に立ち並ぶ木々は、かつての我が領地の特産品を産み出す葡萄の木だ。
狭い耕地なのに、あんなに間隔を空けている。
視察資料に書かれていた事を、まさか護送中な目にするとは思わなかった。
私の名は、ニルス・クルーエル。
……いや、間も無く姓を失いただのニルスに成り下がるだろう。
先日、私は私の領地や民のために大規模な改革を行った。
成功すれは、我が国始まって以来の歴史的改革となるハズだった。
それを、目先の事しか解らぬ馬鹿共によって潰され、こうして監獄送りの目にあっているのだ。
我が領地は、他国との境界線でこそなかったが、広大な土地と盛んな産業に恵まれた大貴族に挟まれている。
しかも、南には得体の知れぬ大森林が横たわり、その隙間にのみ活路を見出ださねばならない現状だった。
なぜ、皆はあの森を恐れるのか?
確かに、怪しい噂の絶えぬ森だ。
毎年、沢山の行方不明者も出している。
なのに、なぜ、あの森をそのままにしておくのか?
あれだけの森なのだ、豊富な木材を獲得出来るだろう。
木を切り、森がなくなれば、後に残るのは手付かずの肥沃な大地だ。
なぜ、こんな簡単な事が解らないのか?
父であるデリク・クルーエル子爵に、私は何度も森の開拓を申し出た。
しかし、答えはいつも一緒だった。
「良いか、ニルス。
我がクルーエル家は、代々、あの森を守る義務があるのだ。
それは、遠い昔に森の精霊とクルーエル家が交わした約束だ。違えてはいかんのだ!」
約束だと?
そんな、カビの生えたら約束で腹がふくれるか?
毎年、何人もの民を飲み込む森を、なぜ守る必要があると言うのか?
私には解らなかった。
古い考えに、魂まで絡め捕られた者の言い訳にしか聞こえない。
ならば、私が正しい事を証明するしかない。
そのために、多少の犠牲は仕方がないだろう。
いや、その犠牲の上にさらなる繁栄が成るのだから、むしろ誇るべき事だろう。
ところが、私の予期せぬ事が解った。
我がクルーエル家は武門の家。
そのため、戦場では常に先頭を走る。
異常としか思えぬが、これが誇りなのだ。馬鹿馬鹿しい。
だが、そうも言っていられない。
子爵を継ぐ過程で、王城にて御前試合を行わなくてはならない。
クルーエル家には、戦乙女の加護があるとされ、どんな刃もかすりさえしない。
そして、それを実践せねばならないらしい。
は?
意味が解らん!!
今までの先祖は、みな、こんな曲芸紛いの事をしてきたのか!?
だが、どうやら本当らしかった。
父にそれとなく聞くと、
「ワシの時は、剣1振りで槍部隊20人を撃破してみせたわ!」
などと抜かすありさまだ。
このまま改革を行えば、間違いなく無意味な死が待っている。
私は、戦乙女について調べた。
結果、我がクルーエル家は、本当に戦乙女の加護を受けていたと知った。
確かに、継承の儀式なる物がある事は知っていた。
だが、ただの形式的な物であって、まさか、本当に魔術的な儀式だったとは思わなかった。
儀式の存在と、それに必要な「契約書」の存在を知った私は、始めに秘密の計画を実行する事にした。
まずは、契約書を入手。
それから、父には表舞台から退いていただく。生死は問わず、だ!
計画の過程で、ある傭兵と知り合った。
バルガと名乗る男は、直情的だが役に立つ男だった。
計画を話すとバルガは、どこからか盗賊の夫婦を連れて来た。
夫の方は、とても役に立つとは思えなかったが、妻の方は、妖しの術に長けるちょっとした者だった。
まず、夫を頭に盗賊団を作らせて街を襲わせた。
その隙に、父の書斎から契約書を探し出した。
陽動のおかげで、父やアルルに気取られずに済んだ。
その後、妻の妖術を用いて父に呪いをかけて病気にした。
後始末が頭痛の種だったが、幸いにも、夫の方は父が勝手に退治てくれたし、妻の方は、バルガの手の者が始末すると躍起になっていた。
まあ、あの器量ならそう思うのも仕方ないのだろうが。卑しい傭兵にはお似合いだ。
全てが順調と思われた矢先、計画は狂い出した。
病を治す薬師が現れたのだ。
見た目には、ただの女児だ。が、リリパット族の薬師は、実に聡明で勇敢だった。
病を見定め、薬の調合に必要な材料を的確に集めていく。
ただ、あと1つが入手できずにいた。
そして、1人でも森に入って薬の材料を探すと言い出した。
そのおかげで、護衛と称してバルガの部下を送る事ができた。
その後、馬鹿な弟が勝手に1人で森に入った時は笑いが止まらなかった。
本当なら、これで全てが済むハズだった。
……あの女だ。
今思えば、全てをぶち壊しにしたのは、あの女冒険者だったに違いない!
フラリと現れたその女冒険者は、なぜか愚弟と知り合いの様だった。
父に気に入られ、アルルの手下のゴミを2匹連れ、森に向かった。
しかも、生きて帰って来たのだ。愚弟と薬師を救出して。
全てが後手に回った私は、事を成し得ないままに今に至る。
いつの間にか、窓の外には雄大な森が広がっている。
歴代の王が愛するフォーンの森だ。
もう間も無く、王都に着くだろう。
私の命も、もうすぐ終わるのだ。
と、その時だ。
外が、にわかに騒がしくなった。
怒号と悲鳴が轟き、やがて静かになった。
「……な、なんだ、何事だ!?」
瞬間、馬車のドアが勢い良く開かれた。
「おお、大将。しばらくだな?」
「は、バルガか!?」
「そうだ。
大将には、まだ金を貰っていないんでな。催促に来たんだ!」
「し、しかし、私はもう……」
繋がれた両手を突き出すと、バルガは頭をかきながらため息ついた。
「……はぁ、無いなら稼ぎゃいいだろが?
俺は今、どうしても欲しい女がいるんだ!」
「お、女?
それなら、娼館にでも……」
「そんなんじゃねえ!
俺が欲しいのは、召喚魔法を使う奴だ!
あんたも、良く知ってる女だろうよ?」
バルガの言葉は、私には良く解らなかった。
が、1つだけ理解した事があった。
バルガの探してる女は、私の計画を潰した、あの女冒険者だと言う事だ!
「……いいだろう、手伝おう。
だが、殺すのは私の役目だぞ?」
「バカヤロウ、直ぐには殺しやしねえ!
まずは、十分に役に立ってもらってからだ!」
夕闇が、その両手を広げて辺りを飲み込もうとしていた。
私達は、バルガの縄張りである北を目指して走った。
下郎と蔑んだやつらの仲間になって。
この屈辱は、いつか、あの女に晴らすと心に刻みながら。