第二十七話 イルーシャンズスラム怪事件 後編
こちらは、『イルーシャンズスラム怪事件』の後編になります。
まだ、中編をご覧になっていない場合は中編を先にご覧頂きます様よろしくお願いいたします。
エセルの目が暗がりに慣れるのには、それほど時間はかからなかった。ぼんやりとした薄明かりの中、辺りを警戒しているヘンニーとダムドの姿が浮かび上がった。
「起きたかい、旦那。寝てたのは数分だが死ぬには十分過ぎだな」
顔を覗き込む様に笑うヘンニーを、エセルがグッと押し返す。
暗闇の中、ダムドの持つ小型のランタンだけが辺りを明るく映し出していた。
幅2メートルほどの通路の横には元は水路だっただろう整備された幅広な溝があり、その先には同じくらいの通路が見えた。見上げる天井は3メートル以上はあるだろうか。
「……下水道か?」
そう発して立ち上がろうとしたエセルは、後頭部の痛みに軽く目眩を覚えた。
「旦那もか? 俺たちもだよ。魔力を失うってのは厄介だな。魔法使いの連中は、毎回こんなのに耐えてやがるのか!?」
ヘンニーが自分の頭を擦りながら笑う。
「お喋りは終わりだ。見ろ!」
周囲を警戒していたダムドが、2人へと声を飛ばした。
ダムドのランタンで照らし出された通路には、何かを引きずった様な跡が見受けられる。
3人はお互いに顔を見合わせてから、その跡を追って歩き始めた。ここが下水道だったとして、どうやって来たのかも下水道のどの辺りにいるのかも判らなかったからである。
「何かを引きずっているのなら、誰かはいるのだろう。話せる相手なら良し、それが敵だと言うのなら排除すれば済む話だ」
エセルの意見にヘンニーとダムドは思う所はあったのだが、エセルの剣の腕を信頼していた2人はそれを飲み込んだ。
何かを引きずった跡は横道へと逸れ、やがて円形の広間へと続いていた。地面には転がる物が多く、ランタンの灯りを受けて大きく影を伸ばした。ヘンニーとダムドは、それが何であるか分かった瞬間にここへ来た事を大きく後悔した。
広間の地面に転がっていたのは動物の死骸だった。大ネズミと思われる干からびた死骸があちこちに転がっている。が、それだけではなかった。大ネズミの死骸の中に、紛れもなく人の、それも真新しい装備に身を包んだ冒険者と思われる死体が多数転がっており、その顔は一様にミイラ化していたのである。
「ヤバいぜ、旦那。こいつは俺たちが闘った奴の……」
「おい、これを見ろ!」
言いかけたヘンニーの声をダムドの声がかけ消した。
しゃがみ込んで死体を調べていたダムドは、死体の中に駆け出しの冒険者以外の者が含まれている事に気がついた。使い込まれた装備に身を包んだミイラは、あろうことか“黒い羽”を持っていたのである。
「お前たちに良く似ているな?」
「それにしちゃあ、痩せすぎだぜ!?」
エセルの皮肉にヘンニーが肩をすくめる。そんな最中もダムドは転がる干からびた死体を調べて回っていたのだが、死体の中に何かの痕跡を見つけて動きを止めた。
黒いシミの様に見えた物は乾いて変色した血の痕で、点々と、あるいは引きずった様に奥へと続いていた。血痕は壁際で途切れているのだったが、壁の一部は実は黒いカーテンであり、触れるまで存在に気づかなかった事に冷や汗を浮かべた。
最大限の警戒の中、黒いカーテンをめくると中から光が溢れ出した。ランタンをいくつか並べた位の明るさはヘンニーとダムドには問題無かったのだが、暗闇に馴れすぎていたエセルには眩しく感じられたのか目を細めていた。やっと光に馴れたエセルの目に映ったのは、下水道には似つかわしくない子供の部屋だった。
おびただしい量の木や布で出来た人形、動物の置物が狭い部屋の中に散乱していた。壁際には様々なデザインのドレスが並べられていたのだったが、どう言う訳か黒だけで統一されていた。
「……いたぞ、オリバーの野郎だ」
ランタンの灯りの中、大量のおもちゃに埋もれる形で男の死体が浮かび上がった。干からびた様子は無かったが、男の顔や身体は異様に歪んでおり、いつか見た盗賊ギルドの下働きに間違いなかった。エセルはオリバーを見た事がなかったが、2人の反応でそれを理解した。
オリバーの死体には数ヵ所の刺し傷や切り傷があり、深くはなかったが部分的に傷口が紫色に腫れ上がっていた事からダムドはオリバーの死因は毒であると考えた。
「誰に殺られたか知らねえが、情けねえや……!?」
オリバーの死体を詳しく調べようとしたダムドは、視界の隅で何かが動くのを感じて後ろに跳び退いた。ダムドの行動を受けて、ヘンニーとエセルもより警戒を強める。
「……女!?」
ダムドが、絞り出す様な声で唸った。
黒いドレス郡の中から、1人の少女が姿を現した。
身の丈1メートル強。赤褐色の髪と白い肌がランタンの灯りに浮かび上がっている。黒いドレスに身を包んでいるせいか、周りに溶け込んで全身を確認するのは難しいと思われた。また、その顔には見覚えがあった。
「……ルーナ?」
それは、肖像画の娘“ルーナ”にそっくりだった。
エセルの声に反応したのか、ルーナはゆっくりと3人に向かって歩き始めた。ところが、その動きは歩くと言うよりは滑ると言った方が的確に思われた。
「気をつけろ、ありゃあ人じゃねえ!」
ダムドが短剣を構えながら叫んだ。
頭を揺らしながら近づいて来るルーナの身体はギイギイと不快な軋みを上げ、瞳は磨いた金属の様にランタンの灯りを眩しく反射して見せた。
「オト……サン。……トウサン」
たどたどしく呟きながら近づいて来るルーナの口は、全く動いてはいなかった。
ゆっくりと腕を持ち上げたルーナは、ダムドに向かって真っ直ぐに伸ばした。同時にダムドは、顔にかかる冷たい空気に身震いを起こした。
「伏せろダムド!!」
頭を強く押えられると同時に、ダムドの身体に巨体がのしかかった。それがヘンニーだと直ぐに理解出来たのだったが、瞬間、頭が理解を拒絶した。
ダムドとヘンニーの頭上を、霧状の何かが通過して行った。2人は、それを忘れる事など出来はしなかった。
“死霊”だ。間違い無い。
だがそれは、2人の見た死霊とは大きく異なって思えた。霧に変化はしたが、全体的には半透明のボロ布の様な姿だった死霊が今は明らかに実体のある少女の形をしていたからである。
霧状の物はルーナの腕を包む様に広がったのだが、ダムドを掴まえそこなうとゆらゆらと揺れながらルーナの元に戻って行った。どちらかと言うと、戻ると言うより吸い込まれている様に見えた。
3人は、転がる様に部屋を飛び出した。ダムドは距離を取るためだったが、エセルとヘンニーは自身の剣を振る事が難しいと考えたからだった。
少し遅れて、揺れるカーテンの奥からルーナが姿を現した。灯りのあった小部屋の中では気づかなかったが、ほぼ暗闇の広間にルーナの目が赤い光を放っていた。
「2人共、覚悟は良いか?」
「子供をぶった斬る趣味は無いんだがな!?」
「あれは子供じゃねえよ!!」
闘いは世にもおぞましい物になった。唯一の救いは、小型ランタンの頼りない灯りでは踏みつけて崩れて行く人や獣の死骸をはっきりとは照らし出さない事だった。
また、ルーナは恐ろしく手強い相手だった。ルーナから現れる霧状の死霊によって、ダムドの投げるナイフは叩き落とされヘンニーの振るう豪剣は軌道を外された。エセルの持つ魔力を帯びた剣だけが死霊に対抗する術を持っていたのだったが、エセルが魔剣で斬りかかると死霊はルーナの中に隠れてしまった。
死霊の隙を突いて直接ルーナ自身に攻撃を仕掛けたとしても、彼女の身体は並みの攻撃では全く歯が立たず、暗闇に火花を散らすだけだった。
唯一の救いは、たとえ死霊に掴まれたとしてもウェイトリー教授の書いた呪印によって数秒で引き剥がせる事だろう。当然、激痛と消耗は伴うのだったが一瞬でミイラ化するよりは随分とマシだった。
「やるな、あのじいさん!」
「くそっ、次に書いてもらう時は痛くねえヤツにしてもらいたいぜ」
だが、呪印の加護はあっても効果的な攻撃が出来ない事実は変わらなかった。体力に自信のあった3人もじょじょに消耗し、額に汗をにじませ肩で息をし始めていた。
突破口はダムドのナイフによって開かれた。
弾かれたダムドのナイフを、ヘンニーの剣が偶然にも打ち返したのだ。エセルの攻撃に対処していたルーナは、そのナイフを避ける事が出来なかった。ナイフはルーナの顔をかすめただけだったが、彼女の顔は切り裂かれた。
3人は、ルーナの顔を見て息を飲んだ。
ルーナの顔は、切り裂かれたと言うよりヒビが入った様に見えた。やがて、そのヒビは顔全体へと広がって崩れ落ちた。下から現れたのは、眼と額の位置に紅く輝く石の入った黒塗りの金属の塊だった。ルーナの顔は、仮面だったのである。
「……これで罪悪感は無くなったな?」
魔剣を握り直しながら、エセルが呟いた。それが冗談だと判明するのに、2人は数秒を費やした。
「見ろ、奴の額。俺たちが見つけた水晶そっくりだぜ!?」
「ああ、つまりそう言うこったろうぜ。旦那!」
「了解した。2人共、死ぬなよ!」
大きく深呼吸の後、エセルの号でヘンニーとダムドが飛び出した。
先を取ったのはヘンニーだった。ヘンニーの剛剣が、ルーナの脚を横に薙ぎ払う。しかし、剣は火花と金属音を上げて弾かれた。ドレスのスカートの一部が落ち、下から脚の代わりに大きな球体が現れたのだったが、もう3人は驚く事はなかった。
反動のまま、回転しながら再び球体を狙うヘンニーの剣は先発よりも遥かに速く鋭かった。
死体も目が覚めるのではないかと思うほどの衝撃と火花、直後に轟音が耳を貫いた。
同時にルーナの身体を支えていた球体は弾き飛ばされ、ルーナの上半身は床に叩きつけられた。
起き上がろうとするルーナの背中に、今度はダムドが飛び付いた。素早く両肩にナイフを突き刺し、ルーナの腕の動きを封じたダムドは額の水晶に金梃子をねじ込んだ。
「オト……サ……」
「黙れ黙れ黙れ!!」
ギチギチと言う金属と金属の擦れ合う不快な音が暗闇に響く。すると、ルーナの腕はあり得ない角度に折れ曲がりながらダムドを狙って掴みかかった。しかし、それは成し得なかった。間一髪、ヘンニーの剣がルーナの両腕を下に叩きつけて押さえ込んだのだ。
一瞬、ダムドの顔に笑みが浮かんだのだったが、それはあっと言う間に崩れさった。
押さえ込まれた腕の中から半透明の腕が現れると、瞬く間にダムドの首に巻きついたのだ。巻きついた腕は、腕と言うより触手の様に思えたしダムドの中に食い込んでいる様に見え、ダムド本人は首の骨に氷柱を突き立てられた様な激痛と冷たさに硬直して動けなくなった。
もちろん、ダムドの身体は呪印の対霊効果に守られており死霊にもダメージは与えられているはずだったが、死霊は、気にする様子はまるで無かった。
みるみる紫色に変わっていくダムドの顔色にヘンニーは恐怖したのだったが、ルーナの腕を押さえるのに精一杯で対処する事が出来ずに歯軋りした。
「伏せろ、ヘンニー!」
突然、後ろから浴びせられた声にヘンニーは我に返った。慌てて倒れ込む様にその場に伏せたヘンニーは、背後から迫る闘気に背筋が凍った。
次の瞬間、ヘンニーの頭上を高速で何かが通り過ぎた。同時に押さえ込んでいたルーナの腕から力が抜けていくのを感じて顔を上げた。
ヘンニーの目に映ったのは、断ち斬られた死霊の腕と後ろに倒れるダムドの姿だった。ダムドの首には、未だに死霊の腕が巻きついたままだった。
「ダ、ダムド!?」
駆け寄ろうとしたヘンニーに、ダムドが視線で制止しながら何事かを呟いた。声にならない声だったが、ヘンニーにはそれが理解出来た。
雄叫びを上げて突き刺さったままの金梃子にしがみついたヘンニーは、力任せにそれを横倒しにした。
「ビキッ」と言う亀裂音と共に割れた水晶が宙を舞った。その途端、ルーナの身体が大きく跳ね上がってヘンニーは振り落とされた。
床に転がりながら、ヘンニーは場に現れたただならぬ気配に戦慄した。
ルーナのおよそ1メートル上に、半透明の戦士の姿が浮かび上がっていたのである。全身鎧に身を包んだ戦士は両の腕を失っており、兜の中から真っ赤な瞳を輝かせ口からは白い煙の様な物をユラユラと立ち上らせていた。
憎悪と狂気の塊の様な姿は、スラムの奥で見た死霊のそれとはあまりにも違い過ぎて困惑した。しかし、恐怖の原因は死霊ではなかった。
死霊と向かい合う形で立つエセルは、深く腰を落としながら剣を真横に構えている。微動だにしないエセルの腕には恐ろしい程の力が溜められているのが解ったし、立ち昇る闘気にヘンニーは身がすくむ思いだった。
「ワタサヌ、姫ハワタサヌ!!」
死霊の姿を見ていなかったら、地獄の底から響く声に聴こえただろう程の咆哮が広間に轟いた。しかし、エセルは身動ぎ1つせずに小さく呟いた。
「その娘は、貴殿の仕えた姫ではない!」
エセルの姿が、一瞬だけぶれた様に見えた。続いて目映い光と叩きつける様な衝撃が走った。
遅れて来た打撃音は、広間全体を揺さぶった。この時イルーシャンズスラムの住人たちは、地鳴りと大きな揺れを感じたと言う。
広間に静寂が戻り再び小さなランタンの灯りだけになった時、死霊の姿は既に無く、剣を抱えながら膝をつくエセルの姿があった。
「だ、旦那!?」
「……私より、ダムドの方を見てやれ」
我に返ったヘンニーが立ち上がると、エセルは大きくため息を吐いた。ヘンニーが慌ててダムドに駆け寄ると、ダムドも大きくため息を吐いた。
「俺なら平気だ。……しかし、お前も馬鹿力だが旦那も旦那だぜ」
そう言ったダムドは、背後を指差した。壁の一部が崩れ、空気の流れが感じられた。
「さあ、こいつ水晶、オリバーの死体を回収して学院に戻ろう。詳しい調査は、ウェイトリー殿に任せよう」
エセルが指差したのは、真っ二つに断ち割られたルーナだった。動いてこそいなかったが、判別出来ない程に小さな声だけがかすかに聞こえていた気がした。
数時間後。
3人はイルーシャンズスラムの外れにある出口から地上に出た。エセルは魔力の使い過ぎによりまともに歩く事が困難だったためヘンニーの肩を借りていた。ダムドは、死霊にやられた首よりもエセルの初撃によって革鎧越しに斬られた胸を押さえていたが足取りに問題は無かった。
スラムの住人たちは、先程の出来事に右往左往していたせいか凱旋する3人に気を止める者はいなかった。
魔法学院では、ウェイトリー教授が3人を出迎えた。神妙な表情だったウェイトリー教授は、3人の持ち帰ったルーナの残骸を見るとみるみる喜色に変わって行った。
ウェイトリー教授の部屋へと案内された3人、特にヘンニーとダムドは言いたい事が山ほどある様だった。ウェイトリー教授は、2人が口を開く前に金貨の詰まった袋を1つずつ手渡した。
「お前さんたちには、本当に苦労をかけた。それは報酬じゃ、迷惑料も入っておるがな。さて、言いたい事はあるじゃろうが先に呪印を解いてからの方が良いだろう」
振り上げようとした拳よりも金貨の詰まった袋を抱えるのに積極的になった2人は、促されるままに大人しく椅子へと腰を降ろした。
2人を椅子に座らせたウェイトリー教授は、コクコクとうなずくと杖を構え小さく呪文を唱えた。
次にヘンニーとダムドが目をさましたのは、2人の常宿の一室だった。
ぼんやりした頭にはおぼろ気な記憶しかなく、金貨の詰まった袋だけが異彩を放っていた。
それからしばらく、魔法学院での事件解決を理由にエセルとウェイトリー教授から待機を命じられたヘンニーとダムドは、何の説明も無いままにモヤモヤした日々を過ごさねばならなかった。
後日、魔法学院での事件が片付き、ようやくエセルが宿を訪れた時には2人に高い酒を振る舞う羽目になった。
エセルからの説明によれば、オリバーを追う内に下水道の隠された区画を発見。そこで、追い詰めたオリバーと闘いになった。
オリバーは思った以上に手強く、ダムドは首と胸に怪我を負ったが勝つ事が出来た。
どうやらそこは、盗賊ギルドがオリバーとケビンを使って大貴族や王宮、或いは他国から宝物を盗んで保管していた場所だったらしい。また、その裏には一部の貴族連中も関わっていたらしく大騒ぎになったのだと言う。
死霊騒ぎは、盗まれた宝物の中の1つが暴発したせいだった様で魔法学院によって鎮圧されたらしい。金貨はその時、2人の活躍に対する報酬であった。
「そう言う訳だ。2人共、ご苦労だった」
「お、おう。旦那もお疲れさん」
「また、美味い話があったら頼むぜ。旦那!」
エセルの話に一応の納得をしたヘンニーとダムドは、ヒラヒラと手を振ってエセルを見送った。もちろん、疑問が無い訳ではなかったが、無事な身体と充分すぎる報酬がある以上は深入りする気など無かったのである。
一方で宿を出たエセルは、魔法学院へ戻る道すがらウェイトリー教授の話を思い返していた。
衛兵による盗賊ギルド捜索の際に押収された書物の中に、オリバーの日記らしい物が含まれていた。暗号化された上に特殊なインクで書かれた日記は誰にも読む事が出来なかったがウェイトリー教授の解読魔法によって内容が判明した。
それによれば、下水道の奥にあった広間や小部屋はオリバーの秘密の私室であり、盗賊ギルドも発見には至らなかったらしい。
かつては使われなくなった用水路をたどっていた様だったが、ある時点からは直接、あの場所に転移していたと思われた。
エセルたちの闘った魔法人形についても書かれていた。
あの魔法人形は『オートマトン』と呼ばれる物で、現在でも魔法学院で使用されている召使いの様な物であるのだが、構造が現行の物とかなり異なっているらしい。エセルには詳しい事は解らなかったが、自分の意思を持ち、話し、考えて行動する事が可能だと言う。
オリバーには妻はいなかったが、馴染みの娼婦との間に子供がおり、名をルーナと言った。
娼婦は出産後に流行り病で亡くなっており、ルーナもまた、10歳の時に人形病で死亡していた。
「一般には知られておらんが、人形病患者の魂はやがて魔石になる。アルバート王子はご存知無いじゃろうが、近衛騎士だったエセル殿はご存知じゃろう? 回収された魔石は、王宮や街の魔力供給に使われる。管理は万全のはずじゃが、どうやったのかオリバーはルーナの魔石を盗み出していた様じゃ」
オートマトンを発見した直後、何者かによって魔石の存在と復活方法を聞かされたオリバーは、ケビンを通じてイグナーツの壺を盗み出し、凶行に走ったと思われる。
「イグナーツの壺がどんな物か、オリバーは知っておったやも知れん。それでも、止める事は出来なかったのかも知れんのう」
エセルは、ウェイトリー教授から暗号を訳されたオリバーの日記の一部を渡された。
それには、こう記されていた。
“魔石と壺の水晶が、ついに結び付いた。それまで話す事の出来なかった私の娘が、私の事を「お父さん」と呼んでくれたのだ。
だが、この状態を維持するには沢山の生命力が必要になるのだとあの男は語った。でないと、言葉を失い、凶暴化し、さいしゅうてきには水晶に封じた死霊を抑えられなくなるらしい。
犬や猫では、ほんの数分で話せなくなってしまった。大ネズミは少しはましだったが、それでも1時間やそこらだ。
もっと長く、ルーナと話していたい。そう告げると、「娘と同じ物なら」とだけ答えてくれた。それの意味する所は、馬鹿な私にも解る。だが、娘との、ルーナとの大切な時間のためならば諦める理由にはならないだろう。私に残された時間は長くは無い。ならば、せめてその瞬間まで。最期は、私がルーナの糧になれば良い。その時は、ルーナの中で生きる事が出来るのだろうか? 仮初の顔ではないルーナの顔を見る事が出来るのだろうか?”




