第二十一話 幽霊騎士
この物語は、倉庫娘のサモナー道中記 本編 第八十五話から第八十七話のサイドストーリーになります。
先に本編 第八十五話から第八十七話をお読みになりますと、よりお楽しみ頂けるかと思います。
フム?
旅の戦士殿が、こんな夜更けに何用かな?
ほう、エセルと言うのか。
ハイリアからとは、随分と長旅じゃったのう。
何?
ここには、何でも知っている変わり者のじいさんがいるじゃと!?
バカモン!!
ワシを誰だと思っとる?
我こそは、自由都市グレイヒルズ下町の大賢者こと……。
何?
能書きはいいから、早く話を聞かせてくれ? じゃと!?
……まったく、最近の若い者は……ブツブツ。
で、何を聞きたいんじゃ?
何、『イグナーツの壺』じゃと!?
お前さん、あれがどんな物か知って聞いとるのか?
〝気のふれた殺人鬼の持っていた壺〟じゃと!?
全然、違うわい!!
……良し、それならばワシが、無学なお前さんに説明してしんぜよう!
ワハハッ、遠慮なぞしなくて良い。
せっかく来たのじゃ、知恵をつけてから帰るのも良かろう?
お前さんも知っての通り、ワシらの使っている〝暦〟は、リヴエーデ王国にまつわる物じゃが……。
何?
そんな、昔話を聞きに来たのではないじゃと!?
まったく、これだから冒険者と言うのは無教養のボンクラ揃いだとか言われるんじゃ。
良いか?
物事には、順番と言う物があるのじゃ。
昔々。
世界の中心には、『リヴエーデ』と言う国があったのじゃ。
神々と魔族の戦の際、神軍の剣となって、人族を率いて闘った戦士『クーン・リヴエーデ』は、その功績から人族の長として、『リヴエーデ王国』の初代国王となったのじゃ。
『新世界暦』、或いは『リヴエーデ暦』と呼ばれる、今、ワシらの使っている〝暦〟の始まりと言う訳じゃ。
しかしじゃ、その繁栄は長くは続かなかった。
人々の〝信頼〟で国を治めた初代リヴエーデ王とは違い、2代目リヴエーデ王は、その位の上にあぐらをかき、〝恐怖〟による支配を敷いたのじゃ。
人々の不満は次第に膨らみ、やがて、国を滅ぼす事となったのじゃ。
その後、乱立する新国による長い戦乱を経て、今の国々があるのじゃが……。
それは、また今度じゃな。
お前さんの探しとる『イグナーツの壺』。
そのイグナーツこそが、〝処刑騎士イグナーツ・フューゲル〟と言い、2代目リヴエーデ王の腹心であり、悲しい騎士であったのじゃ。
イグナーツ・フューゲルは、2代目リヴエーデ王と幼馴染みであり、共に剣を学んだ仲じゃった。
病死した初代国王に代わって、2代目は若くして王位を継承する事になるのじゃが。
騎士となったイグナーツもまた、その剣の腕前から若くして騎士団長をまさかれる程になっておった。
一説じゃと、イグナーツの奮う剣は魔力帯びておって、敵に触れずとも、その首を落として見せたとか。
その恐ろしいまでの剣の腕とは裏腹に、イグナーツは心根の優しい、騎士としても人としても、誰からも好かれる男じゃった。
それが豹変したのは、2代目が妃を迎えた頃からじゃった。
この頃から、国政は恐怖支配へと変わってしまうのじゃが。
噂じゃと、妃の贅沢が原因と言われておった。
何せ、妃となった女がどの国の貴族の出か、誰も知らなかったのじゃから。
そして、それを調べようとしたり、少しでも反抗的な態度を見せた者は、王国騎士団の名の元に容赦無く処刑されていった。
しかし、そんな恐怖統治も終わりを告げる事となる。
ある時、妃と12歳になる姫が何者かの手によってさらわれてしまったのじゃ。
取り乱した王は、全ての家臣に2人を探す様に命じ、それこそ、国をひっくり返す程の大捜索が行われたんじゃ。
もちろん、イグナーツ率いる騎士団も捜索に参加しておったのじゃが、彼らだけ、何故か国の外を捜索させられておった。
イグナーツたちが国を離れて少し経った頃、リヴエーデ2代目国王が暗殺されてしまう。
一刀の元に、首を後ろの玉座ごと斬り伏せられたそれは、あろう事か、国を離れていたイグナーツに疑いの目がかけられたのじゃ。
イグナーツやその部下たちの家族は、捕えられ、拷問の末に処刑されてしまったのじゃ。
イグナーツたちの家族には、姫と同じ歳の頃の娘も多かったと聞く。
また、イグナーツ自身にも14歳になる1人娘がおったそうじゃ。
イグナーツたちがそれらを知ったのは、長い捜索の旅に疲れ果て、やっと国へと帰りいたものの、国王殺しの罪で捕えられた監獄の中であったと言う。
……で?
その、妃と姫はどうなったかじゃと?
結局、2人は見つからずじまいじゃったよ。
その後、イグナーツたちは処刑されるのじゃが、国王殺しの罪に加え、妃と姫の誘拐、居所を吐かなかったと、2人の殺害まで被せられる事になったのじゃ。
イグナーツたちは、ただ処刑される訳では無く、その魂を永遠の闇の中へと封じる死霊魔術によって、壺の中へと封じられてしまった。
そして、お前さんの探している壺の出来上がり! と言う訳じゃ。
水の滴る、寒く冷たい地下牢から暗黒の壺の中。
さぞや、怨みが深かろうのう。
それに、あの死霊魔術を行った2人の魔女。
まるで、親子みたいじゃったのう。
……って、何じゃその、疑いの眼差しは?
〝まるで、見て来たみたいに言うな!〟じゃと!?
当たり前じゃ、ワシはこの目でしかと見たのじゃから!
ちょっ、どこへ行く?
ワシは嘘なぞついておらんぞ!?
800年前、確かに見たんじゃ!
コラッ、最後で聞いて……。
××××××××××××××××××××××××××××××××
……?
そこにあるは、誰か?
わしが〝処刑騎士団〟団長のイグナーツ・フューゲルと知っての事か?
あれから、どの位の時が経ったのか。
この闇の中では、目を開けているのかさえ、己の指先さえも解らぬ。
唯一、聞こえていた部下たちの声も、今や獣の様なうめき声に成り果ててしまった。
皆、自分が何者だったかさえ忘れ、魑魅魍魎のごときありさまだ。
にも関わらず、希に「姫! 姫!」と、遥か昔の忌々しい任務を時折だが思い出すのだ。
だが、わしは忘れぬ。
全ては、あの魔女の仕業なのだ。
初代リヴエーデ国王、クーン・リヴエーデ様には、解けぬ呪いがかけられていた。
先の戦にて、神々の手足となって闘われたクーン王だったが、魔族封印間際に、魔族の長より『凶運』の呪いを受けてしまわれた。
そんなクーン王を、神々はお助けにはならなかった。
『凶運』の呪いは、その血族や、関わった者全てに厄災をもたらすと宮廷魔術師は語っていた。それ即ち、国の滅亡に他ならない。
それを悟られたクーン王は、呪いを解くよりご自分の魂に深く閉じ込める事を決断。実行なされた。
クーン王は、2代目様が12の歳に王位をお譲りになり、ご自分は、城の地下牢に閉じ籠られた。
その頃のクーン王は、辛うじて人の姿を保ってはいたが、果たして、2度と見るに耐えぬ異形になりつつあった。
クーン王の捨て身の想いによって、魔族の長の謀は失敗に終わるはずだった。
しかし、終わってはいなかった。
ある時、先代王よりの習いであった城下散策を行っていた2代目様は、1人の女と出会った。
ゾッとする程に美しい女は、ボロをまとって街角で農作物を売る、近隣の農夫の娘だった。
女を見初められた2代目様は、周囲の反対を押し切り、その女を妃として迎えられた。
程無くして、お2人の間には珠の様な女の子がお産まれになった。
だが、この時より妃が本性を現したのだ。
民には重税を課し、自分は贅沢三昧。
2代目様は妃に頭が上がらず、進言する側近を次々遠ざけ、或いは幽閉し、それでも飽きたらなければ、わしら騎士団に任務が与えられた。
戦でもないのに、罪無き者をどれ位殺めた事か。
いつしか、わしら騎士団は〝処刑騎士団〟などと仇なされる様になった。
それでも、わしは幾度となく2代目様にご忠信申し上げた。
それから間もなく、妃と姫が姿を消したのだ。
2代目様は、激しく動揺された。
まるで、この世の終わりのごとき嘆き様に、側を離れる貴族も出始めた程だった。
わしら騎士団は、2代目様の密命により妃と姫の捜索に出る事になった。
表向きには、何者かによる誘拐だったが、失踪と言うのが正しかろう。
しかし、いくら探しても何の手がかりも見つからない。
生まれた村を訪れたが、両親はおろか、妃を知る者は誰もいなかったのだ。
妃の両親が、暗黒神を信仰する邪教徒であり、魔の落とし子を宿したと解ったのは、国を離れてから半年後の事だった。
急ぎ国へ戻ったわしらを待っていたのは、2代目様の死と、2代目国王殺害の罪。
そして、王殺しの身内として処刑されたわしらの家族と言う耐え難い程の凶報であった。
わしらは、息継ぐ間も無く城の地下牢へと幽閉されたのだったが。
そこで、恐ろしい物を見る事となった。
わしらの家族は、皆、生きておった。
だが、死んでおった方がどれだけ幸せだったか。
わしらの目の前で、変わり果て魔獣と化したクーン王の餌にされたのだ。
縛られ、身動き出来ぬわしらの眼前で、名を呼び、助けを叫ぶ妻や娘の姿。
部下の中には、発狂する者や自ら命を断つべく、石壁に頭を打ちつける者が続出した。
わしの妻や娘も、クーン王の餌食となった。
わしらと、家族の泣き叫ぶ姿を2人の魔術師が笑いながら見ておった。
そして最後に、残ったわしらの魂は、その2人の魔術師の手によって闇の中へと幽閉されたのだ。
だが、わしは忘れぬ。
あの、2人の魔術師の顔を。
あ奴等こそ、いなくなった妃と姫に他ならなかったのだから。
……わしの怨みを聞いて、なお、そこにいるのか?
貴様は、何が望みか?
わしは……妻を、娘を今一度、この手に抱き締めたい。
さあ、わしらを連れ出してくれ。
わしが、わしの名を、妻や娘の顔を忘れぬうちに。
どうか、どうか……。




