第十六話 クイーンの想い出
この物語は、倉庫娘のサモナー道中記 本編 第七十話、及び第七十七話のサイドストーリーになります。
先に本編 第七十話と第七十七話をお読みになりますと、よりお楽しみ頂けるかと思います。
私の名はエヴィンド。
ここ、ダングルド山に棲むハーピィ族にして、岩屋の長です。
つい最近、私たちに不幸な出来事がありました。
岩屋1番の禁忌、仲間殺しが起こってしまったのです。
しかも、事を起こしたのは私の娘。
次の長になるはずだった、リュッカでした。
直接手を下していないとは言え、仲間の死に深く関わっている事。
そして、実の妹であるフリッカを手にかけようとした事実。
リュッカは、岩屋の掟に従い山を追われる事になるはずでした。
リュッカ自身も、その事は良く理解していたでしょう。
岩屋に戻る事無く、私たちの前から姿を消しました。
しかし、その本当の理由は別にありました。
我が娘リュッカは、ヒト族の男性に恋をし、事件を起こし、彼を追って自ら山を去ったのです。
これをヒト族の娘から聞かされた時、怒りや悲しみと同時に懐かしさを感じました。
私の古い記憶が、まぶたの裏に鮮明に蘇ったのです。
もう、数十年は昔。
私が、リュッカと同じ娘だった頃。
岩屋を出て、村に行く事を許されたばかりの私は、緑山に吹く風の子らに翼を預けるのが楽しくて仕方がありませんでした。
その日も、谷間に吹く風を受けていたのですが。
風に乗って、小さな悲鳴が聞こえて来たのです。
獣や魔物ではない、聞いた事の無い悲鳴をたどりると、森の中で狼に襲われている見た事の無い生き物に遭遇したのです。
それは、ヒト族の男性でした。
私たちに似た顔立ちなのに、翼も尾羽根も無い姿。
私は、これが噂に聞いていたヒト族と直感しました。
このままでは、彼は狼にやられてしまう。
山では、当たり前の出来事です。
しかし私は、彼を助けずにはいられませんでした。
何とか狼を追い払う事が出来た私は、崖に面した岩棚に彼を運び、傷の手当てをしました。
しばらくして、意識を取り戻した彼は、私の手を取って喜んでいる様子でした。
恐らく私は、この時には彼に恋していたのだと思います。
言うに言われぬ気持ちのまま、ひと月程、彼を看病しました。
その間に、ヒト族の言葉を少しだけ理解出来る様にもなりました。
少しずつ言葉を交換していく中で、私の想いと彼の想いが重なる様になっていき、ある日、私たちは結ばれたのです。
身体の治った彼は私に、
「自分と一緒に山を降りよう。一緒に暮らそう!」
そう言ってくれたのです。
私は喜び、次に恐怖しました。
母や姉たちから聞いていたヒト族の噂は、とても恐ろしく危険な存在と言う物でした。
しかし、彼にはそれが当てはまりません。
ですが、彼の棲んでいると言う『街』には、彼以外にもたくさんのヒト族が暮らしている。
ならば、そのヒト族が皆、彼の様に優しいとは限らないのです。
私は、彼に別れを告げて彼の元を去りました。
彼もまた、私の言葉を受け入れ、山を降りてくれました。
それからしばらくして、私は長になりました。
この時、私は彼への想いと共に、臆病な私を心の奥深くへとしまう事にしたのです。
母のくれた名前『エルスカ』を捨て、長を示す名『エヴィンド』になったのです。
長となった私は、2つの卵を産みました。
1つは、私の後継者に成るべく魔力を継いだリュッカ。
もう1つは、リュッカを産んでしばらくたった頃。
不思議と、急に私の中の魔力が集結して産まれたフリッカです。
フリッカを産んだ直後、私は目を患いました。
フリッカが急に産まれたのは、私の魔力が毒される前に身体が動いたのかも知れません。本当の所は解りませんが。
ですが、結果的にはこれが長の血を救う事になったのですから。解らないものですね。
私に良く似た顔立ちと、生まれながらに風に愛されたリュッカ。
それとは対照的に、彼に良く似た顔立ちと、私の魔力の結晶を宿したフリッカ。
眠るフリッカの顔を、私の目はもう見る事は出来ないけど。
手に触れる頬に、鼻に、唇に。彼の面影を感じる事が出来るのです。
我が夫、ガルシオ。
願わくば、遠い空から2人の娘たちを見守ってくださいますように……。




