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第十四話 駅宿『銀の車輪亭』の騒がしい夜

この物語は、倉庫娘のサモナー道中記 本編 第六十六話のサイドストーリーになります。

先に本編 第六十六話をお読みになりますと、よりお楽しみ頂けるかと思います。

 ハイリム王国の北側、ベルガー男爵領。

 遥か北のダングルド山麓までを有する広大な土地は、面積こそあるものの未開拓の平原や丘陵地がほとんどで、わずかに存在する耕地も、山から吹き下ろす冷たい風に阻害され、税収はあわれな程に少なかった。


 かつて上級貴族だったベルガー家は、今ではその面影も無い位に落ちぶれ、古い豪族であった事のみによって男爵の位を頂いているに過ぎなかった。

 また、騎士団に所属していた1人息子のビンセントを魔物討伐時の事故で失った事で、家は風前の灯火と言える状態であった。


 無能な領主を持った領民はひどく屈折し、排他的になっていった。

 いくつもある集落のほとんどは街道から外れ、閉鎖的で旅人を寄せ付けようとはしなかった。


 唯一、山麓にある集落だけが開放的ではあったが、それは他の集落に比べての事であり、一般的には、やはり閉鎖的と感じるだろう。

 それを証拠に、危険な山越え前後であっても集落に立ち寄る者は少なく、一部の酔狂な冒険者や古くから取り引きのある商人くらいしか寄り付きはしなかった。


 彼らの多くは街道沿いにある駅宿を利用した。


 王国と山麓の中間地点にある駅宿、『銀の車輪亭』がそれだった。


 元々は王都の下町で鍛冶屋をしていたと言う初代主人、レオ・マーシャルが始めたこの駅宿は、周辺のこの様な環境もあって、現在、5代目のモンティ・マーシャルに至るまで繁盛を続けている。


 その名の通り、宿の看板は車輪の形をしている。だが、銀ではなく木製だった。

 銀の車輪は、酒場である1階に掲げられており、ロウソクの火を赤く写している。

 あれが本物の銀であるかは、代々の主しか知らない秘密であった。


 本来なら、旅の商人や冒険者たちで賑わうはずだった。しかし、この日は少し状況が違っていた。


 最初の不具合は、普段なら絶対に顔を出さないだろう、この辺りを牛耳っている盗賊団の首領『皮剥ぎのジュール』が現れた事であった。

 幹部2人と現れたジュールは、酒場の奥の席に陣取ると幹部たちと大人しく酒を飲み始めた。


 生きた心地のしない客たちは、いつ爆発するか解らない危険物に胆を潰していたのだったが、次の不具合によって、その不安から解放される事となった。


 間もなく日も変わろうかと言う深い時間に、入り口の潜り戸がきしみを上げて開いた。


 全員の視線の先に現れたのは、場違い以外の何者でもない連中だった。


 貴族を思わせる身なりの良い子供たち4人、内1人はエルフと思われた。

 その後を追う形で、護衛とおぼしき騎士1人と雇われたであろう冒険者が2人。

 この様な組み合わせは、否が応でも目についた。


 客のほとんどが、自分たちの無事を神に感謝し、貴族たちの不幸に早々と弔いの祈りを考えていたのは言うまでもなかった。

 何故なら、彼らが部屋に消えるのを確認した後、ジュールたちもまた、席を立ったからである。


 程なくして、貴族の一団が1階へと姿を現した。食事をするためだろう彼らは、固まって席に着いたのだったが、黒髪の少年だけはモンティの元へとやって来た。

 どうやら彼は、食事の変わりに湯浴みを希望したらしく、呆れられていたが願いは叶った様であった。

 ちなみに、この黒髪が少年ではなく少女である事に気づいたのは、モンティただ1人だったと思われる。


 黒髪の少女が去ってしばらくした後、冒険者の2人とエルフがモンティの元を訪れ、両側からエルフの肩を抱える形で去って行った。

 テーブルでは、少年の1人がその様子を興味あり気にしていたが、騎士に押し留められていた。


 一方、エルフたちは建物の裏側にいた。

 何事か解らないまま冒険者たちに連れ出されてしまったエルフは、暗闇の中でおぼつかない足下にいら立ち、呪っていた。

 冒険者たちは、暗闇など意にも介さず進んで行ってしまう。


 やがて、暗闇の中に小さな灯りが浮かび上がった。

 その光の中を確認した冒険者たちは、何故だかガッカリしている様だった。


「せっかくだ。お前さんも拝んでおきな」


 ポンポンと肩を叩かれ、エルフは、壁の隙間から漏れる光に目を合わせた。


「な? 正直、無駄足だったろう!?」


 ため息混じりの冒険者たち。

 しかし、エルフの目には、光の中に女神を写し出していた事だろう。


 一糸まとわぬその姿に、エルフは感動し、また、今まで感じた事の無い感情の昂りを覚えた。鼻から熱い思いが流れ出したのを最後に、エルフの記憶はプッツリ途切れた。


 エルフが倒れるのとほとんど同時に、3つの影が音も無く崩れ落ちた。


「これも仕事の内でね」


「悪く思うなよ?」


 3つの影を見下ろしながら、小声で話す冒険者たちの手には鋭いナイフが握られていた。


 それから直ぐに、冒険者たちに肩を担がれる形でエルフが戻って来た。

 鼻血を流し、気絶しているエルフを残った仲間たちが心配したが、冒険者たちは「人生経験の結果だ!」とだけ説明し、モンティには「汚してすまなかった!」と言って、金貨を1枚握り込ませていた。


 誰も気づいてはいない様だったが、ジュールたち3人はこの夜、戻って来る事は無かった。

 以来、この辺りを荒らし回っていた盗賊団の首領と幹部2人を見た者はいない。


 翌朝、まだ夜も明けきらない内に貴族連中は銀の車輪亭を後にした。


 こうして、銀の車輪亭の騒がしい夜は幕を閉じたのである。

 今夜からは、再び平凡で退屈な毎日がやって来る事を、モンティは願わずにはいられなかった。


 この年、銀の車輪亭周辺の草木は、いつになく濃い緑を讃える事になったのである。

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