第十三話 アルバート様と私
この物語は、倉庫娘のサモナー道中記 本編 第六十四話のサイドストーリーになります。
先に本編 第六十四話をお読みになりますと、よりお楽しみ頂けるかと思います。
私の名はエセル。苗字は無く、ただのエセルだ。
私の記憶は、剣を握る事から始まる。
剣の師にして義父のピノン・デルサント伯は、まだ赤ん坊だった私を遥か西の戦場で拾ったと語った。
義父は若くして奥方を無くしており、子供が無かったせいだろうか、私を実の子の様に愛してくれた。
私を猶子とし、剣の修行の他にも教養を身に付けさせるべく、家庭教師をつけてくれたほどだ。
そんな私がアルバート・タヴィルスタン様と出会ったのは、私が10歳の頃。
王宮に召し上げられ、小姓となってすぐの事だった。
当時5歳だったアルバート様はとても利発で、どこか大人びた、子供らしからぬ印象だった。
今思い返してみると、ハイリム王国の第9王子として生まれたアルバート様は、そうやって幼い我が身を守っていたのかも知れない。
15歳になり、騎士の叙任を受けた私は、アルバート様に剣を教える傍ら、改めて護衛兼側仕えとして身を置く事となった。
と言うのも、前年の冬に義父が亡くなったからだった。
義父は、数年前から身体を患っていた。
『人形病』と呼ばれる病で、身体が少しずつ固まって行き、やがて人形の様になってしまう病だ。
閃光の様だった剣技は見る影も無く、それでも武に生きる事を目指した義父は、盗賊団の剣に倒れると言う非業の最期をとげた。
以前から私の存在を疎ましく思っていた義父の弟であるコルニョ様は、私にデルサントを名乗る事を禁じた。
デルサントの名を失った私だったが、義父の与えてくれた『エセル』の名前と、義父の形見となった剣を受け継ぐ事が出来たのは幸運だったと思う。
大柄な身体だった義父の剣は、華奢な私には大きくて重かった。しかし、苦ではなかった。
私が20歳になる頃には、もはや剣に重さを感じる事は無くなっていた。
アルバート様に変化があったのは、この頃だったと記憶している。
それまでも、何かにつけて城を抜け出す事の多かったアルバート様だったが、どこに出かける時でも街の神殿に立ち寄るのが決まりだった。
城の礼拝堂での祈りを欠かす事の無いアルバート様の姿は、街の神殿でも変わる事はなかった。
それほど信仰に熱かったアルバート様が、突然、神への祈りを止めてしまったのだ。
一体、何があったのか?
その答えは、離宮にあった。
それまで、古株の側仕えであっても立ち入りを禁じていた離宮に、アルバート様は私を招き入れてくれた。
女性の給仕だけの離宮。
その、最も奥にある薄暗い寝室には、1人の女性が待っていた。
ひどくやつれ、お世辞にも美しいとは言いがたい女性を、アルバート様は私に紹介してくださった。
「私の母上だ。
母上は病気でな。出来れば秘密にしておきたかったのだが、どうしてもお前に会いたいと言うのだ」
ベッドに横たわるアルバート様の母君に、近づいた私は戦慄した。
それは、やつれているからなんて下らない理由ではない。
固く強張った表情。痩せて、やつれているにも関わらず肌には奇妙な張りがある。
母君の病は、明らかに義父と同じ『人形病』だった。
しかも、その進度は義父よりも更に深く思えた。
母君は、動かなくなりつつある腕を動かして、私の手を取った。それは、力無く、枯れ枝の様に軽かった。
震える口元は、動かそうとする度に皮膚が割れて剥がれ落ちる。それはまさに、古くなった人形の塗装の様だった。
それでも尚、無理矢理に口を開いた母君は、かすれた声で小さく呟いた。
「……アル……バートを……頼……ます」
その瞬間、弱々しかった手に力強さを感じた。
「はい、この命に代えましても必ずお守り致します!」
私の言葉に、母君の表情が少しだけ緩んだ様に思えた。
その日から、アルバート様は礼拝堂に行く事も街の神殿に立ち寄る事も無くなった。
変わりに、宮廷魔術師や街の魔術師の元を訪れる様になった。
「私は神に祈った。元々身体の弱かった母上が、少しでも元気になる様、幼い頃からずっとだ。
しかし、叶わなかった。それどころか、不治の病魔をよこしたのだ。
人形病と言ってな、あの病を患った者は、身体の自由を失い、やがて、心を失ってしまうんだ。だが、決して死にはしない。生きた人形となって、その魂は永遠に閉じ込められてしまうんだ!」
そう言ったアルバート様の眼を、私は一生忘れる事は無いだろう。
それからの私は、アルバート様と共に時間があれば人形病を治す方法を探して回った。
とは言うものの、限られた行動範囲では得られる物などたかが知れている。
そんな中にあって、高位の神官でも高名な薬師でも無く、呪術医に希望を見出だしたアルバート様は、人形病を治せる呪術医を探し始めた。……しかし、上手くはいかなかった。
神殿の勢力が強いハイリム王国では、呪術医は、その存在自体が否定されていたのである。
その末にアルバート様が導きだした答えは、「私が呪術医になれば良い!」だった。
小さい頃から身を守るために本心をひた隠し、道化を演じて来たアルバート様。
そのせいであろう、魔法学院に通うと言い出したアルバート様を、周囲は〝いつもの奇行〟程度にしか思わなかった。
それからのアルバート様は、魔法学院入学のために宮廷魔術師の元へ通い、魔法や複雑な古代語を学ぶ様になった。
もちろん、病を治す方法を探す事も欠かさなかった。
一方、私は冒険者たちに混じり、呪術医や病を癒す秘薬などの情報収集に明け暮れた。
3年が経ち、アルバート様の手に魔法が握られた。『ささやかな治癒』と言う傷を治す魔法だ。
果たして、どれほどの苦労があった事か。アルバート様の努力には、頭が上がらない。
こうして、アルバート様は王立魔法学院への入学を果たした。
私も、側仕えとして同行を許された。私が25歳。アルバート様が20歳である。
入学の際、アルバート様はお名前を〝アルバート・ローウェル〟と改められた。
母君のお家である、ローウェル伯の名だ。
貴族ばかりの学院において、王家の名である〝タヴィルスタン〟を名乗る訳にはいかないと言う判断であろう。
また、班を作る際にも貴族ばかりの班を避ける慎重さだった。
あまり公の場に出ていないアルバート様ではあったが、念には念をと言う事だろう。
……しかし、いかに慎重にとは言っても、平民の班に王族が入ると言うのはいかがなものか?
亜人に商人の娘、苗字を許されていない平民の少年と言う掃き溜めの様な構成である。
そんな私の怒りが、隠しきれなかったのかも知れない。
苗字無しの少年(実は少女であった)は、私の顔を見る度に震えている様だった。
こんな者たちでは、アルバート様の成績。ひいては、アルバート様の目的達成に支障をきたしかねない。
私の心配をよそに、当のアルバート様は気にもしていない様子だった。
そんな時、私の価値観を覆す出来事が起こった。
アルバート様の目的達成のため、どうしても『妖鳥の風切り羽根』が必要となったのだ。しかも、3枚もだ。
だが、その様な品はおいそれと手に入る物でも無い。
それに、妖鳥と言っても様々だ。彼らはそれが解っているのだろうか?
案の定、アルバート様を含め、エルフのニードルスから出て来たのは、伝説級の魔物や騎士団での討伐ですら危うい魔物ばかりであった。
アルバート様には悪いのだが、その様な物が出回る訳が無い。
もっと現実的な、一介の冒険者でも討伐可能な魔物を想定しなくては。
となると、想定される魔物は……。
「ハーピィですね!」
「ハーピィかな?」
思わず、耳を疑った。
買い被るつもりは無いが、まさか、私の他に同じ答えにたどり着く者がいるとは。
声の主は、苗字無しの少女だった。
ウロと言う名の少女が、この中で1番現実的な考えを持っていたのである。
それが確定したのは、1週間後の事だった。
妖鳥の風切り羽根探しは、ティモシー商会をもってしても2枚が限界であった。
私やアルバート様も、貴族の好事家を訪ねてみたのだが、良い結果は得られなかった。
その後、アルバート様の発案により、直接ハーピィの生息地を訪れる流れとなったのだが。
ウロと言う少女は、ハーピィの生息地に関する知識もあるらしかった。
幾度となく、冒険者たちに混じって魔物討伐をしたが、ほとんどの者が行き当たり場当たり的な考えしか無く、危ない目にもあった。
極稀に出会う歴戦の冒険者だけが、魔物や地理に長け、危なげなく仕事が出来た。
まさか、こんな少女が歴戦の冒険者並みに長けているなんて。
私は、込み上げてくる喜びを噛み殺すので精一杯だった。
理由はもちろん、アルバート様の目的達成に近づく事に他ならない。
ただ、同時に楽しみになったのだ。
このウロと言う少女が、どれほどの腕の持ち主であるのかを。
元冒険者だと語ったウロ。
彼女には、まだ何か秘密があるに違いない。
それがアルバート様のために役立つのであれば、この旅で見極める事こそ、私の使命に他ならないのである。




