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第十一話 ニードルスの受難

この物語は、倉庫娘のサモナー道中記 本編 第五十七話のサイドストーリーになります。

先に本編 第五十七話をお読みになりますと、よりお楽しみ頂けるかと思います。


※こちらの作品は、BL要素を含んでおります。苦手な方は、お読みになるのをお控えいただきます様、よろしくお願いいたします。

「では、ウロさん。先に終わった方が、ここで待つと言う事で」


「うん。また後でね!」


 ウロさんの声を背に、私は扉をくぐった。


「……はあ」


 扉を閉めると同時に出たため息は、部屋の喧騒にかき消されて誰にも聞こえはしなかったでしょう。


 私の研究室と同じか、少し狭いくらいの部屋にこれでもかと言う程の人が溢れています。

 その顔は、皆一様に笑顔でした。


 一体、何がそんなに楽しいのでしょうか?


 ここは、魔法学院の制服を入手するだけの場所のハズなのに。


 私に言わせれば、服など何を着ていても変わりはしないのです。

 確かに、世界には身に付けているだけで、その者の能力を飛躍的に上げる魔導器が存在すると聞いた事が有ります。


 しかし、この制服にそんな力は無いでしょう。

 なのに、なぜ? と、理解に苦しみます。


 ウロさんは女性ですから、新しい服に興味を抱くのも解るのですが。私は……。


「キミ、新入生? もう、制服は決まったかい?」


 突然、背後から話しかけられて私の肩は跳ね上がりました。


 振り返えるとそこには、黒い外套に身を包んだ1人の若い男性が立っていました。


 金髪の巻き髪を肩まで伸ばした、細身の男性。

 青い目を細めて、喜色の顔で私を見詰めています。


「……いえ、今来た所ですから」


「そうか。それじゃあ、僕が案内しよう。ご覧の通り、今日は来客が多くて職員だけでは手が回らないんだ」


「それでは、あなたはここの学生ですか?」


「ああ、2年のシオン・ルンドベリだ。よろしく!」

「新入生のニードルス・スレイルです」


 挨拶を交わすと、シオンは私の手を取って歩き出した。


「さあ、こっちだニードルス。キミに合う制服を見つけなくては!」


 シオンは、人混みを掻き分けながら私の手を引いてくれている。

 いささか強引な気もしますが、人混みの苦手な私には助かりますし、素直に従うべきでしょう。


 やがて、私たちは部屋の中央付近へとやって来ました。そこには、沢山の黒い服が綺麗に畳まれて置かれています。


「これが、ハイリム王国国立魔法学院の伝統ある制服だ。さあ、手に取って!」


 シオンの声に、私は1着の制服を手に取りました。


 ……ふむ、どうやらシオンが今、身に付けているのが制服だった訳ですね。


 制服は、ローブと言うより外套と言った方がしっくりくる形状をしていました。


 両肩の下から腹部にかけて、等間隔に白い木製のボタンが並び、交差させる事で前を閉じる形になる様です。

 腰にはベルトがありますから、無駄に広がる心配は無さそうです。


 着丈は足首くらいまでの長さですが、私としてはもう少し長くても構わなかったかも知れません。


 袖口は少し大き目ですが、普段着ているローブに比べれば小さいですし、ボタンが付いていますから絞るのは容易でしょう。


 胸元には学院の院章があり、この外套が、この学院の制服である事を示していました。


「さあ、眺めていないで袖を通してごらん?

 キミは僕とあまり背丈が変わらないから、僕と同じLサイズで良いだろうね」


 そう言うと、シオンは1着の外套を手に取った。


「ありがとうございます」


 私が受け取ろうと手を伸ばすと、シオンはニッコリと笑って外套を広げながら、


「さあ、腕を通して!」


 そう言いながら、私の後ろへと回りました。


「あ、ありがとうございます」


 どうやらシオンは、後輩に世話を焼くタイプの様です。

 私は、シオンのサポートで外套に腕を通しました。


 シオンの見立て通り、サイズは問題ありません。


 しかし、私がボタンを留めようとした直後に異変は起きました。


「ボタン、留めてあげるよ」


 そう言ったシオンは、私の背後から私を抱き込む様にボタンを留め始めたのです。


「し、シオンさん!?」


「大丈夫、慣れない内は留めにくいからね」


 慣れた手つきでボタンを留めるシオン。その間、私はただ、身を硬直させているだけでした。


「さあ、出来たよ? 次はベルトだね」


 シオンの両腕が、ゆっくりと私の腹部へと下がって来ました。

 その瞬間、言うに言われぬ感情に襲われた私は、弾ける様に前に飛び出しました。


「べ、ベルトくらい自分で出来ますよ!」


「フフッ、そうかい?」


 軽く肩をすくめながら、シオンは微笑んでいます。


 訳が解らなくなりつつも、私はベルトを締めました。

 普段、腰帯でローブを締めているため、少しもたつきましたが問題はありません。


「うん、良く似合っているよ!」


「……ありがとうございます」


 シオンの賞賛に礼を言いつつ、わたしは改めて身に付けた外套を眺める。

 これは、どこかで見た事があるかも知れません。


「シオンさん、この外套は……」


「気がついたかい? これは、元々は王国騎士の外套だったそうなんだ」


 そうです!

 いつだったか、歴史書を眺めていた時に見た絵巻の中に、この外套を着た騎士が描かれていたのでした。

 しかも、その騎士は……。


「確か、魔法剣士による騎士団の……」


「へえ、キミは見聞があるんだな。ニードルス!

 今も続く、魔法騎士団の正式外套がこれなんだよ。もっとも、色も違うし僕らの着る制服には帷子や矢避けの加護は無いけどね」


 シオンはそう言って笑った。


 この学院の歴史の中には、魔法を戦に使っていた過去も当然ですが含まれます。

 たかが服とバカにしていましたが、伝統や歴史に身を包むと考えると、感慨深い物がありますね。


 ……ですが。


「シオンさん、この制服にはフードは無いのですか?」


「フード? ああ、キミはエルフだから耳を保護したいんだね?

 別になるけど、ケープかケープマントにならフード付きの物があるよ」


 楽しそうに、私のサイズに合うケープを探すシオン。やはり、ただの世話焼きなだけでしょうか?


「これだ! 着てみるかい?」


 そう言って、シオンは私にケープを巻き付けました。


 肩口より少し長いケープには、目元まで隠れるくらいのフードがありました。

 耳もしっかり隠れますし、首の所で鉄製のチェーンによって固定する事も出来る様です。


 ケープマントは、マントと言うだけはあって着丈が長く、腰くらいまでありました。

 さすがに学院内では、マントは不便かも知れませんね。


 私がそんな事を考えていまると、シオンが私の前に立ちました。


「このチェーンは、長く使っていると錆びてしまうんだ。

 保存の魔法か、あるいはミスリルなどの錆びない物に替えた方が良いだろう。

 ミスリルなんて稀少な物より保存の魔法か、骨や牙などの素材にするのが現実的かな?」


 私の首元のチェーンを指でもてあそびながら、シオンが呟きました。


 確かに、ミスリルなんて稀少な物、とても入手出来やしないでしょう。

 今の私の財力では、保存魔法も厳しいのですが。


「……だけど」


 ん?


 シオンが、ゆっくりと私のフードを外しました。


 そのまま、手を私の耳に伸ばします。


「こんなに綺麗な耳を、隠してしまうなんてもったいないとは思わないかい?

 うん、とっても綺麗だ。ニードルス、キミは、綺麗だよ!」


 シオンが耳を撫でたからなのか、私の全身に悪寒よりも酷い何かが走りました。


「あー、あ、ありがとうございました!

 私はこれで失礼します!!」


 慌ててシオンから飛び退いた私は、出口を目指して走り出そうとしました。


「フフフッ、待ってニードルス。この証明書を忘れているよ。あわてんぼさんだね、キミは!」


 振り返るとシオンは、ヒラヒラと証明書を振って笑っていました。


 私は、シオンの手から証明書をひったくる様に奪うと今度こそ外へと飛び出しました。


 外の長椅子に座る人たちからの視線など、今の私には感じません。


 慌てて制服を脱ぎ、無造作に鞄に押し込みました。

 1度、素の自分に戻りたかったのかも知れませんが、本当の所は私にも解りません。


 次の瞬間、なぜかウロさんの顔が頭に浮かびました。

 同時に、なぜか彼女にだけは悟られてはいけない気がしてなりませんでした。


「お待たせ、ニードルスくん。なんか、疲れてる?」


 笑顔で試着室から出てきた彼女は、私を見るなりそう言いました。


「……いえ、大丈夫です。服を合わせるなんて、馴れないせいか気疲れしたのかもしれませんが、平気です」


 自分でもびっくりするくらいに早口で、捲し立てる様にしてしまった事が悔やまれます。


 夢にまで見た魔法学院が、これほどまでに恐ろしい所だったなんて。


 魔導は、奥深く計り知れないものだと改めて痛感するに至りました。

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