第十話 ニードルスの決意
目が覚めた時、おぼつかない目の代わりに鼻がとても懐かしい匂いに気がつきました。
「……インクと埃の匂い」
私、ニードルス・スレイルの家に他ありません。
薄暗くても解る数ヵ月ぶりの我が家は、あまりにも雑然としていて、修行に出る前の怠惰な自分を再確認するに至りました。
寝起きのボンヤリとした頭で、いつ、どの様に帰ったのかを思い返そうとしましたが、どうしても思い出せません。
いつ、馬車から降りたのか?
いつ、街門をくぐったのか??
ふと、入口に気配を感じて振り返ります。
暗闇の中、扉の前に小柄な人物のシルエットが淡く浮かんでいます。
「だ、誰だ!?」
大声を出したつもりでしたが、お腹に力が入らず普通の声になってしまいました。
そう言えば、いつの間に帰ってきたのでしょう?
いや、その前に目の前の侵入者です!
私は、自分の指先に魔力を集めます。
口の中で素早く呪文を唱えると、指先の魔力がそれに反応して光の玉になりました。
生活魔法の『灯り』です。
イムの村での魔法修行は、魔界魔法の他にいくつかの生活魔法を習得するに至りました。
街での生活では不要と思っておりましたが、なるほど便利な物ですね。
私の作り出した光の玉に、入口に立つ侵入者の姿がハッキリと浮かび上がりました。
「……ゴーレム!?」
そこに立っていたのは、私の作り出したストーンゴーレムだったのです。
私に背を向けて、扉を押さえつける様に立っているゴーレム。
一体、何事か??
その疑問は、すぐに解決しました。
ゴーレムは、扉を押さえつけているのではなく、扉を支えているのでした。
恐らく、力任せに鍵を破壊したのでしょう。
それを証拠に、私のポーチの中に鍵が入っていました。
「ウロさんですね」
鍵の見つけられなかったウロさんが、深く眠って目覚めなかった私を、ゴーレムを使って家の中に運び入れたと考えるのが妥当でしょう。
そして、このままでは扉が開いたままになると思ったのでしょう。ゴーレムに守らせていたのです。
ゴーレムがどの位の時間、扉を維持していたかは解りませんが、私は、この状況に震えるほどの興奮を覚えました。
これこそ、私がゴーレムに抱いた理想像だからです。
主人のために城を守るゴーレム。
コレですよ、コレ!
コレこそが、魔術師冥利に尽きると言う物ではないでしょうか?
近寄って、ゴーレムの背中を眺めます。
ゴーレムには、細かい傷やへこみなどが見られました。
オークとの闘いで、ウロさんを守った時の物でしょう。
彼女は、私の予想よりもずっとゴーレムを使いこなしているのかも知れません。
私は、もう1人の主人からの命令に忠実に従うゴーレムの背中に触れました。
「任務ごくろう、我が僕よ」
思わず、そんなセリフが口を突いて出ました。
その瞬間、ゴーレムの腕がガクンと下がり、ブクブクと地面に吸い込まれて行きました。
どうやら、〝私が手を触れたら戻って良し〟とでも命令されていたのでしょう。
春先の夜中、震えながら扉を直すのは骨が折れました。
翌日、長期休暇をいただいていた錬金術ギルドへと顔を出しました。
魔法学校へ通うに辺り、既に退職する事は決まっているのですが、新人が育っていないとの理由で、薬品の整理や下ごしらえ。在庫リストや、その他雑務の割り振りなどに忙しく追い立てられました。
そんな時、錬金術ギルドに彼女がやって来ました。
彼女の顔を見た時、不思議な苛立ちが胸の中を巡りました。
怒りではありません。
なんと言えば良いのか、表現に苦しむ感情です。
この感情は、村に魔法修行に行く頃にはあったと思います。
「何かご用意ですか? 見ての通り、忙しいのですが」
「忙しいのにごめんね!
わたしたちってば、受験生なのに何の手続きもしてないから。あの、えと……」
「それでしたら、まだ時間がありますから大丈夫ですよ。今日は忙しいですから、明日にしていただいても良いですか?」
「あ、うん、ごめんねニードルスくん。
じゃあ、明日のお昼、わたしの泊まってる宿の酒場でお話ししようよ?」
「解りました。明日のお昼に伺います」
「ありがとう。じゃあ、明日。お仕事、頑張ってね!」
そう言って去って行く彼女の後ろ姿を、私は何時までも見ていたいと思いました。
そして、その直後に溢れる負の感情。
なんだ、あの態度は!?
せっかく、向こうから来てくれたのに。
しかも、学校の心配をしてくれていたのに。
さらに、私は、何のお礼も言って無いじゃないか??
……どうしたと言うのでしょうか。
私は、私の行動が自分で理解出来なくなってしまいました。
その日の夜、私は、ゴーレムを修理しながら考えました。
私にとって、彼女はどんな存在なのか?
彼女は、今まで出会ったどんな人物とも違うタイプに思えます。
知的では無い。だけど、頭は悪く無い。むしろ、キレる方でしょう。
言い換えれば、知識が無いだけで教えればきちんと理解出来るのです。
〝街に生きるエルフ〟である私を、何も言わずに受け入れてくれました。
そして、彼女が現れてから私の世界は動き始めたのです。
もし、彼女がいなかったら私は今期の受験が出来たでしょうか?
……恐らく、まだ数年は無理だったでしょう。
たとえ出来たとしても、魔力の問題を解決する事が出来たでしょうか?
考えると、私の数年間を彼女の存在が一瞬に変えてくれた様に思えてなりません。
そして、気がつきました。
私の中の不思議な苛立ちが何なのか。
これは、私自身に対する苛立ちだったのです。
彼女に、ちゃんと向き合っていない駄目な自分への苛立ちです。
眠れない夜が、これほどに長いのかと初めて知りました。
翌朝、私はいの一番で役所を訪ねました。
魔法学校の入試には、入学願書作成のための文書が必要です。
それは、同時に正面玄関を通るための通行証にもなります。
本来、発行には数日を要する代物ですが、時には特殊な方法も許されるでしょう。
なけなしの金貨50枚も、彼女の杞憂を少しでも取り去れるなら安い物です。……千枚借りますしね。
彼女と並んで、魔法学校へと歩く道すがら、私の中の苛立ちはもうありませんでした。
代わりに、それは決意に変わっていました。
まずは、お礼を言おう。
私が、自ら閉じていた道を切り開いてくれた事に。
それから、打ち明けたいと思います。
私の中の、この不思議な想いを。




