二十一世紀頼光四天王! ~愛すべきお侍様。
神亀三年、秋のこと。阿闍梨が茅屋に住む老婆に一晩の宿を借りた。老婆は奥の部屋は見るなと言い置いたが、薪を取りに行った隙にその血腥い奥の間を見れば、人骨が山となり、血肉に穢れた俎板があった。画して山姥は如意輪観音の法力で斃されたともいう。
東北新幹線を利用して坂田金時が渡辺綱を伴った土地は安達。猪苗代湖を見下ろせる小高い丘に来たのは親しい先輩の言葉を頼光が気にしたからだ。
彼の名前は岩手保広という。今生に前する折、安達ヶ原で岩手と言う名の鬼だった。正確には貴族に遣える女房だったのだが、これは様々な伝承を参考にすれば、難病に苦しむ姫を助けるために、妊婦の生肝を食わせれば治ると言った易者の予言通り生肝欲しさで安達ヶ原に居を構え、宿を仮に来た若夫妻の、産気づいた妻と夫から生肝を取り出し、その妻が持っていた守り袋から実の子であると知り発狂した悲劇の鬼であるようだ。
因みにその記憶が濃いためか、時折女言葉が飛び出し、オネェキャラとして四天王も懇意にしている。
会津といえば明治維新の折に、新政府軍に対し幕臣として闘った悲劇の勇者の霊魂も多々眠る。
磐越西線のあいづわかまつで下車すれば、凄まじい生き様が、きっと季武か貞光ならば見えただろう、とその空気を感じながら綱は長物を肩に掛け直した。
「あー、これはきんたろーの管轄だぁー!」
「金太郎言うな。」
その飯盛山にある八幡宮にはかの有名な白虎隊の供養碑がある。新撰組には知名度で負けるが、会津戦争で若くして闘った会津軍の二十歳にも満たぬ兵士たちである。
何人か気になる子がいるのよ、と安達ヶ原の鬼の前世と縁を持つ岩手は、源頼光の現世である後輩に相談したらしい。霊魂のことにはとんと疎い綱と金時だが、金時には全国からの八幡宮の加護がある。そして白虎隊の供養碑があるのも八幡宮の管轄だった。
二人は迷うことなくまず八幡宮に参拝し、その供養碑の前に立ち、手を合わせて顔を伏せた。白虎隊を編成したのは十六、七の自分たちと年の頃は同じの筈なのだが、残像として浮かんだ少年は、四人の中でも小柄である季武よりも随分と小さかった。
「数え年だからな。」
八幡さんに挨拶してきた、といつの間にか姿を消していた金時が綱の隣に戻る。
「それ、羨ましそうに見られてんぜ?」
「これ?」
綱の衣装も金時の衣装もそこらの若者と変わりないが、綱の背には職質を喰らえば一発で手が前に回る業物がある。紫の上等な布に飾り紐で封じた袋には平安の世から現代まで伝わる鬼斬り丸だ。
「ああ、何人かは怖がって逃げた。」
「そう、なの?」
霊視の能力には然程恵まれていない綱はきょろきょろと周りを見渡すが、飯盛山から広けた視界、住宅街に意識を向けた。林の狭間から向かって右、城址は現存している。
「あっこが鶴ヶ城。だからだな。全員あっち向いて腹切ってる。んで、家族を心配してる。」
それはさぞかし坂田金時に適した話なのだろう。金時の精悍な横貌に綱は見惚れるようにその場で彼の抱きつきたいくらいに魅力的な背中を追う。腹切の作法を間違えて必要以上に苦しんだ少年も、泣きながら介錯した少年も、みんなみんな少年だった。記録では一人だけ奇跡的に蘇生した者があったらしく、その者の石碑もあった。そうか、と優しく笑う金時の耳に届くのであろう、碓井貞光に拾われ坂田金時の名になる前、足柄山の金太郎としては慈母と画かれることが多い彼。母という存在と実に近しいのだろう。
「お前らのお袋さんもな、きっと心配してただろうなぁ。」
善龍寺には戊辰の役に殉じた女性のための、なよたけの碑がある。なよたけって柄じゃ無いだと、と金時が苦笑するので、綱は思わず、女性に叱られるよ、と笑ってしまった。彼は今生では女系家族に生まれてしまった。
「ここの連中ってな、死んでも死にきれてねーやつ多いんだよ。」
どうすっか、と頭を掻いた金時は、ちらと綱を見下ろし、いやいや、と何か否定の形に手のひらを振って見せた。誰に何を言われてその答えだ、と小一時間問い詰める必要でもありそうだ。随分と脂下がった顔で笑ってあった。
「・・・そうだな、無念だな。」
恥を晒すのを何より厭い、家柄を辱める事は何より藩主の顔にも泥を塗る行為だと、そんな考えの下に殉じた彼らは、なんとも無念で死んでも死に切れぬ、そんな哀惜の中で慟哭しているのだろう。
会津若松は幕臣の供養碑が多くある観光地でもあるので街の中心街は栄えており、昨今の歴史ブームに観光客も増加した。今も街を臨める展望に談笑しつつ通りすがる一団は、しかし供養塔には一瞬、白虎隊だぁ、と感嘆したのみ、下山した。
「金時、墨の匂いがする。」
茨木童子と闘う運命にあるからか、綱の輪廻を巡る彼は鼻が利く。血や火薬の香った過去の中から、香料でも粉塵でもなく正確に煤の匂いを嗅ぎ分け、述べた。
「飯沼の碑だな。真面目な仕事人だったって八幡さんが。」
「会津って松平家筆頭に真面目すぎるきらいがあると思うの。」
綱の記憶の片鱗には、近代日本に入る前、幕末のだんだら模様を身に纏っていた記憶があるが、生憎自分の名は覚えていない。京を駆け巡った記憶はあるが京言葉を操った景色は見られないので生まれは関東で有ったようだが、同じ頃の記憶もあるらしい頼光が言うには随分と剣の腕前のあるうつくしい青年だったらしい。彼らの魂は何度も何度も磨かれて輪廻の中で巡っている。輪廻から外れた記憶を霊魂と呼び、輪廻から外れた魂を救ってやれるのも、その仕組みを識る者の使命でもあるのではないだろうか。
「下りるか。」
「え、終わったの、金時。」
「綱は遠慮なく斬っちまうと思ってよ。」
そう歯を見せて笑った金時の右手は拳を結んでおり、捕まえてんのかなぁ、と綱は首を傾げた。貞光は理詰めで霊を鎮魂してしまう。季武は経文や弓の弦で問答無用に封じる。金時は話を聞いてやって浄化する。綱は斬り捨て完全に現世との縁を無くして彼の世に送る。性格ではなく魂の性質であるのだと思う。因みに頼光には死霊も生き霊も近づけない。怨霊にはよくエンカウントするが。
白虎隊に因んだ土産物屋で根付やストラップの並ぶ中、今時珍しいキーホルダーを買い、ぱんっ、と強く金時は手を握り合わせた。因みに右手が離せないとのことで財布を開けたのは綱であり、領収書も切って貰った。
「どっかにひと気の少なそうな場所作れるか、綱。」
「急だなっ!?鬼斬り!」
鍔鳴りが導いたのはひと通りのエアポケットのように置かれた夏草の茂る公園だった。砂場を見つけ、金時は貞光の作ったマッチに火を付ける。作った、といってもマッチそのものは都内の居酒屋の宣伝用をバイトの際に貰ったそうだが。因みにバイトが暴露ても学校に叱られないのが貞光であり、源家系列店であったので、財団グループの跡取りは密かに頭を抱えたらしい。年齢詐称くらい見破りなさいよ、とのこと。
マッチの炎は燐の発火で激しく燃え、落ち着き、キーホルダーの上に落とされた。
「綱、下がれ。」
「お、おう。」
火が燃え移っては災難だ、と刀の先端で夏草の藪を斬り払っていた綱は金時に手を引かれて、公園の隅に寄る。
ぼおう、と真ん丸に発火した砂場に、金時は目元に腕をかざし、綱は切れ長の目が真ん丸に瞠かれた。炎は泣いているようにも笑っているようにも怒っているようにも嘲っているようにも見えた。
「あ、れ、なに。」
「なんつーか、時間と共に穢れたって感じだな。」
ぽっ、ぼうっ、と二度燃え盛ると、そのまま、消し炭になったキーホルダーが砂場に残されただけだった。周りの草木が燃えた様子もなかった。
「男子中学生か、高校生か、その辺が山に入った辺りでな、急にあいつら消えたんだよ。」
消えた、とはそれまで金時と談笑していたであろう少年兵達だろうか。八幡に護られた母を恋しがる少年達の。
「山ガールとか、あんだろ、今。歴女とか。」
「あー、あるねぇ。」
うちの主将とかね、と遠い目をした綱の頭を金時はぽんと撫ぜてやって。
「お前んとこの主将は大丈夫だろ。教養はともかく魂は武士に近いからな、あの男。」
「なんだっけ、前世は伊達の家臣なんだっけ?頼光がゆってた。」
「現代のガキと、幕末のガキじゃぁ、道徳も武士道精神も、全くちげーんだよ。歴女も含めてその辺の歴史武将オタクも同じだ。儒教の教えや道徳、武士道精神。母恋し、も元を辿れば産んでくれた、育ててくれた母親に感謝っつかまあ、そんなんだからな。だから、あいつらが山に入った途端、引っ込んだ。」
「・・・生きてないからな、今の日本人って。」
消し炭になったキーホルダーは、灰の一部を猪苗代湖の岸辺に流すと残りはゴミ箱に。
幾つもの時代を幾つもの思想で生きてきた彼らは、現代の日本で、現代の男子高校生として、果たして。
金時と綱、珍しい組み合わせでした。