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「ふぅ」

一眼家のフユハナビは自分の携帯電話を見つめながら、小さな溜息を吐いた。これから電話をかけようとしているのだが、それが憂鬱で仕方が無いのである。

(説得するの大変だろうな~。でも無口な父さんには任せられないし。母さんは何も言わないし。ここはやっぱり私が頑張らないと)

意を決してフユハナビは、アドレス帳から相手を選択し、発信ボタンを押した。

相手が電話に出てくれない事も懸念していたが、あっさりと繋がる。

《はい》

「あっ、兄か?」

《フユハナビか、どうした》

連絡した相手は、兄のニシキであった。

「え~と……」

フユハナビは、まず近況の報告から話を始めようと思っていたが、考えを改め、兄が自分を追究した時を真似て、いきなり直球で質問をぶつけてみた。

「最近、私や狭間ノ里の戦華以外で黒害を倒しちゃっている人がいるんだけど。あれって兄?」

《そうだ。俺だ》

直球の質問に対し、直球で答えが返ってきた。

「あらあら」

一眼家は狭間ノ里内の情報を得ようとすれば、いくらでも得られる状況にある。なぜならば狭間ノ里内に多数の内通者を抱えているからであった。この内通者達は望ノ月重工の力によって作成されており、一眼家は知りたい事があれば、望ノ月重工を通して内通者に情報提供させればいいのであった。フユハナビが度々狭間ノ里の戦華より先んじて黒害と戦い、エネルギーを得られていたのも、この情報収集ネットワークの賜物なのである。

望ノ月重工が間に入っているため当の内通者としては、情報が一眼家に渡っている事は知らないのであった。

狭間ノ里に正体がばれ、世間から姿をくらました一眼家であるが、巧妙な偽装工作によって一眼家が望ノ月重工と結託しているという事実は、狭間ノ里に露見していない。ゆえに一眼家は情報収集ネットワークを利用し続ける事ができていた。

情報収集ネットワークのおかげで、一眼家はニシキがどのようにして戦華や黒害の事を知るに至ったのか、すぐに把握できた。そして別離していったニシキが狭間ノ里のAHに身を寄せている事、そこでAHとの協力関係を新たにして独自に黒害討滅活動を開始した事、その討滅手段が尋常でない事など、様々な情報を得ていたのである。

(情報に間違いは無かった。ならば何としてでもこちらに帰ってきてもらわないと)

フユハナビが連絡した目的、それはニシキと和解し、彼に一眼家へ戻ってきてもらう事であった。

情報によればニシキは驚異の戦闘能力を有している。そんなニシキが一眼家へ付いてくれたなら、狭間ノ里を支配するという大望成就への大きな前進となるであろう。

(それだけじゃなくって、家族がバラバラになっているのが嫌だという想いもあるけど)

フユハナビはニシキに、帰ってくるつもりはないか尋ねてみた。

《断る》

ニシキはにべもなく拒絶した。

(だよね~。今更だもんね~)

「俺は俺の道を征く」と宣言したニシキを説き伏せる事は至難であると、フユハナビは十分弁えている。

(それでも何とかしないと。私と兄がぶつかり合うような事になったら最低最悪だから)

諦めず、フユハナビは説得を続ける。

「兄が力貸してくれた、とても心強いんだけどね」

《知らん》

「内緒にしていたのは悪かったと思うけどさぁ。母さんの方針として、兄には平穏無事な生活を送っていて欲しかったんだよ」

《……》

母の事を話題にした途端、ニシキの機嫌が急激に悪くなるのをフユハナビはひしひしと感じた。どうやらニシキは、母に対してく特に怒っているようである。

「なんで母さんが兄に秘密としたのか、その理由は何となく察する事ができるでしょ? 狭間ノ里との闘争に普通の人ができる事は何もない。知ったところで兄は己の無力感に苛まれるだけだった。だから母さんは兄を巻き込まなかったの」

《……》

「黙っていたのは母さんの親心。決して兄の事を除け者したかった訳じゃない。その辺を汲んでさ、これまでのわだかまりは水に流して私達に協力を……」

《世界を意のままにしたいという母の野望などに、俺は協力しない》

「ん? 世界を意のままに? 何の話?」

(……もしかして)

フユハナビは今の言葉から、ニシキとの間に認識の齟齬がある事を敏感に感じ取った。

「ねえ、兄よ。兄は母さんがなぜ狭間ノ里を支配しようとしているのか、きちんと理解している?」

《世界に君臨するためだろ》

ニシキの突飛な返答にフユハナビは驚いた。確かに世界の存亡を左右している狭間ノ里を手中に収めれば、その影響力によって世界を自由にできるだろう。しかし母が目指しているのは、そんな事ではなかった。

(母さんは兄に、ちゃんと事情を説明してないんだ。だから変な誤解が生まれちゃっている。だったらしっかり説明すればきっと……)

フユハナビはニシキを口説くための突破口を見出せた気がした。

「兄よ、聞いてくれ。兄は勘違いをしている」

《?》

「母さんが狭間ノ里を支配しようとしている目的は、世界を意のままにするためなどではないよ」

《では一体なんだというのだ》

「それは世界を救う事」

フユハナビはニシキに語った。

今まさに世界は詰もうとしているのだ、という事を。

この世界は黒害の脅威に晒されており、それに対抗しているのが戦華である。しかしその肝心要の戦華の数が、黒害に倒され、減少の一途を辿っているのであった。

原因は先にも述べたように、深刻なエネルギー不足問題である。

さらに黒害の出現するスパンが徐々に短くなってきている事も、戦華の減少に拍車をかけていた。

黒害は年がら年中現出している訳ではない。『発現期』というものがあり、その期間内で集中的に発生するのである。最初、この発現期のスパンはおよそ50年であったが、現在では20年弱にまで短縮してしまっているのであった。

こうした経緯により当初198人いたとされる戦華は、今やフユハナビを含め15人まで、その数を減らしてしまっているのである。

「狭間ノ里は対策として血縮式という凄絶な行事を実施し続けているけど、それでも戦華の減少に歯止めをかける事はできていないの」

《! あれほどの事をしているのにか……》

「残念ながらそうなの。そして、ここからが重要なポイントなんだけど……」

フユハナビは注意を喚起する。

「発現期の度に犠牲となる戦華の数は増えていっているの。減った事は只の一度もない。前回、つまり母さんが戦華だった時の犠牲者数は過去最低記録を更新して15人だった。兄よ、これが何を意味しているか解る?」

ニシキにフユハナビは投げかける。

《今回は15人を超える犠牲者が出るという事か》

「そう。けれども現存している戦華は、私を含めても15人」

《このままいけば、すべての戦華が尽きて、この世界が黒害に殺される。良くても相討ちで今回はどうにか凌げるが、次回で終わる事になる》

「その通り」

《なるほど、確かに世界は詰もうとしている》

「だから私達は狭間ノ里を手に入れて、そのシステムを変え、世界を救おうとしているの。これが一眼家の大望よ」

《そんな考えがあったのか……》

フユハナビはニシキの心が揺らいでいるのを察した。

(これはいける! 説得して味方に引き入れられる!)

《それで、狭間ノ里を意のままにしてから、どのようにシステムを変更して、世界を救おうというのだ?》

ニシキは、より深い説明を求めてくる。

「簡単に言ってしまうと『合理化』をするの」

フユハナビはざっくりと答えた。

合理化とは、能率を上げるために無駄を省くという意味の単語である。

「具体例を挙げると、戦華ってエネルギー無くて術紋使えない状態でも足止めのためって黒害に挑むでしょ。あれを禁止します。そのために一般人の被害者が出る事になってしまっても禁止します。戦華の数を、これ以上減らさないために」

《……》

「他にも死に急ぎ的な行為は、すべて禁止」

《血縮式はどうするつもりだ。廃止か?》

「廃止にはしないよ。血縮式はどうしても必要だから。ただ内容を大きく改める」

《どのように?》

「戦華同士の殺し合いは無しにする」

《ふむ》

「戦華同士の殺し合いをすると、戦いになるから術紋が使われ、エネルギーが消費される。黒害を討滅する事以外でエネルギーが使用されるんだ。これはとんでもない無駄遣いだよ。深刻なエネルギー不足で、そんな事している場合じゃないってのに」

《では、どうするんだ》

「代わりに第三者機関を設置して個々の戦華の実力を調べ、どの戦華を生かし、どの戦華を生贄にするのかを決定するの」

《!》

「これで戦華同士の殺し合いによるエネルギーの空費は無くなる。全く無駄のない血縮式が出来上がるのさ」

《……》

一眼家がやろうとしている事は、まさに合理化であった。それらが実施されれば、戦華の減少に歯止めをかけ、エネルギー事情も改善され、今の詰みへと向かう流れを変える事が可能かもしれなかった。

「どう?」

理に適っているでしょ、とでも言うようにフユハナビはニシキに同意を求めた。

《そんな優しさない真似ができるかよ》

その言葉を最後にしてニシキとの通話が切れてしまう。

ニシキの最後の言葉には、完膚無きまでの拒絶の意志が滲み出ていた。

フユハナビはニシキの説得が完全な失敗に終わった事を悟った。もはや歩み寄り無いだろう。

(あ~あ、駄目か。兄には一緒にいて欲しかったんだけどな)

1つ嘆息し、フユハナビは先ほどまでニシキと繋がっていた携帯電話を、ぼんやり眺めた。

「優しさない真似ねぇ」

ぽつりとフユハナビは呟く。

(確かに優しさない。非情だ。私だって最初母さんからこの話を聞いた時、そう思った。実現に向けて動いている今でも、そう思い続けている)

「でもね、兄よ」

フユハナビは、誰にも繋がっていない携帯電話に向かって語りかけた。

「非情にならないと、どうにもならん所まで事態は来てしまっているのさ。兄がどうするつもりなのか知らないけど、私は覚悟、できているからね」


AH研究所にて、ハワタリはその日、ニシキから「世界は詰もうとしているのか?」と尋ねられた。妹のフユハナビから、そうした話をされたというのである。

ハワタリは、それを肯定した。

「妹さんの言う通りです。世界は行き詰ろうとしています。それを回避するためには狭間ノ里のシステムを変革しなければなりません」

ニシキの口からハワタリは、はぐれ戦華勢力の目的を聞いた。

「……そうですか。合理化によってシステムの変革を成す。理屈は通っていますが、恐ろしいやり口です」

ハワタリは頷く。

「ニシキさん。僕らの悲願である血縮式阻止もまた、同様に狭間ノ里のシステム変革なのです。単に血縮式を許せないからというだけでなく、詰もうとしている世界を救うための行為でもあるのです」

そう重大な事実を語るハワタリであったが、彼からは覇気というものが感じられなかった。ハワタリは消沈していた。彼がそうした状態になっている理由は、ニシキにある宣告をしなければならないためであった。早急に知らせなければならない事実であるため、ハワタリは意を決してニシキに告げた。

「このまま続ければ、あなたは確実に死にます」

ニシキが何を続ければ死ぬのかというと、それは黒害との戦闘であった。

現在ニシキは黒害と戦い、これを討滅して回っているのである。彼はコウを庇い、その体に抜き身ミキサー型の残骸を受けた事を切っ掛けとして、自分がウロコザネから継承した変質術紋を駆使し、戦えるという事に目覚めたのであった。

順調に黒害を倒し、実績を上げていたニシキであったが、突然、彼の体に不具合が発生したのである。

『味覚喪失』、これがニシキの体に起こった不具合であった。

何を食べても味を感じられなくなってしまったのである。

直ちに診断が行われ、本日、その結果が出たのであった。

ニシキの体を蝕んで味覚を奪い、さらに今後も害し続け、ニシキの命をも奪おうとしている原因、それは無欠体であった。

無欠体は術紋を稼働させるエネルギー源である。小さな宝石状の物体であり、莫大なエネルギーを蓄積できる仕組みになっている。使用可能な無欠体は、現存している戦華の分しかなく、ニシキが使える分は無かったはずであるが、実はあったのである。どこにあったのかといえば、それは『ニシキの頭部内』であった。

ニシキは学校で堕落したウロコザネに襲われた時、彼は顔面を深々と斬られた。そしてその結果、頭部内に摘出不可能な異物が残るという事があった。

その異物こそが、ウロコザネの所持していた無欠体だったのである。

ニシキはウロコザネから、術紋だけではなく無欠体も譲り受けていたのであった。

この無欠体によりニシキは術紋を利用できるようになったのだが、皮肉にも命の危険に晒される事にもなってしまったのである。

無欠体自体が人体に悪影響を与える事は皆無である。では、なぜニシキの体を脅かす事になっているのかというと、無欠体の持つ、ある特性の所為であった。

無欠体は術紋へエネルギー供給を行うと『振動』するのである。

その振動は肉眼では確認できず、指先で触れれば僅かに感じられる程度の極めて微細なものであった。通常であれば、この振動は何ら肉体に影響を与えるものではない。

しかしニシキのように無欠体が頭部の重要な血管や神経に隣接して埋まっているとなれば、話は別であった。振動によって無欠体はドリルのような凶器と化し、血管や神経を損傷させてしまっているのである。味覚喪失は、その結果であった。ニシキが黒害と戦うため術紋の使用を続ければ、無欠体ドリルの浸食が進み、その切っ先はいずれニシキの命へと到達してしまうのである。

(ニシキさんの術紋の『治癒機能』が有効であってくれたなら、こんな事にはならないのに)

ハワタリは悔しく思った。

治癒機能とは、術紋による超人的身体能力の一環で、体に受けた傷を即座に回復させる機能の事である。相応のエネルギーを消費するが、例え重傷であっても対処可能であり、また傷が完治するまでの時間の短縮化もできるのであった。

この治癒機能があれば、ニシキの無欠体による頭部内損傷も癒され、問題とはならなかった。だが変質の影響によって、ニシキの術紋の治癒機能は働かなくなってしまっていたのである。

「診断結果からして、ニシキさんが今期の黒害発現期を戦い抜く事はできません。道半ばで確実に命が絶えます」

ニシキに死の宣告をしたハワタリの心は絶望で彩られていた。当初の己の研究成果で今回の血縮式を止めるという予定が時間の不足により不能となったため、その代用手段として実施されたのが、このニシキが黒害と戦い討滅していく事であった。戦華以外でも黒害を討滅できる存在がいる事をアピールし、狭間ノ里議会に「血縮式を行わなくても乗り越えられる」と思わせ、中止させようというのである。今回が中止となれば次回の発現期までに10年以上の時間ができる。それだけ時間があれば研究成果を出し、次回以降の血縮式を中止させる事が可能であった。

だが、肝心要のニシキが戦えないとなれば、この手段はお終いであった。またしても今回の血縮式阻止への道は頓挫したのである。

(折角の希望が潰えてしまうなんて……)

絶望的な気持ちで沈んでいるハワタリに、ニシキが声をかける。

「ハワタリ君、何をそんな暗い顔をしているんだ」

味覚という生きる上での大きな楽しみを失い、死の宣告を受け、そして血縮式を止めるための手段が破綻したというのに、ニシキは平然としている。

ちなみにニシキとハワタリの2人は協力体制を新たにしてから、ぐっと関係が近づき、目的を同じにする戦友となり、お互いを苗字ではなく名前で呼び合うようになっていた。

ハワタリはニシキを見た。ニシキの瞳に陰りは無く、意志が漲っている。

「……まさかニシキさん。続けるつもりですか」

「続けるよ」

しれっとニシキは言った。

「俺は『賭命者』だからな」

ニシキは賭命者という言葉を口にした。

ハワタリは、その言葉の意味を知っている。ニシキと戦友になり、交わした会話の中で耳にしたのである。

ハワタリが聞いたところによれば、ニシキはある人種に対して輝きを感じるとの事である。その人種とは、生きる目的を持ち実際に目的へ挑んでいる者であった。ニシキはこのような者達を挑目者と名付けていた。しかし、ニシキは己自身から輝きを感じられるようになった時、この認識が間違っている事に気付いたそうである。

挑目者では、まだ輝かないのだ。挑目者を超えなければ、輝きは放たれないのである。

つまり、ただ目的に挑んでいるだけでは駄目なのである。『命懸けで目的に挑む』という域にまで達して、初めて輝けるのであった。

賭命者とは、この『命を賭して目的に挑んでいる者』を指し示す造語なのである。

「賭命者は命懸けちゃっているんだ。死ぬって理由じゃ止まらんよ」

ニシキは毅然としている。

「けれどニシキさん。無駄ですよ。繰り返しになりますが、ニシキさんは今期の発現期を最後まで戦い続ける事ができません。例え血縮式が中止になったとしても、途中でニシキさんが倒れてしまえば、結局再開される事になるでしょう。今回の血縮式を阻止する事は叶わないのです」

「それで十分じゃないか」

「えっ……」

「一時的であっても中止されれば時間ができるだろ」

「あっ」

ハワタリは、はっとさせられた。彼の、研究成果で今回の血縮式を止めるという手法が不可能なのは時間が無いからであった。血縮式が開催されるまでに、研究の方向性を特定し、そして実際の成果を出していく、という2つの工程を実施していくには全く時間が足りなかったのである。しかし一旦でも中止となれば時間が生まれ、実現の希望が出てくる。

「ニシキさんが、死を覚悟して時間稼ぎをしてくれるというのですか」

「そうだ」

「ニシキさんは……死が怖くないのですか?」

「そりゃあ怖いよ。死を恐れるのは命有るものの基本だし」

「ですがニシキさんは全然物怖じしていない」

「死ぬ事よりも、ここで戦うのを放棄して、戦華達を見殺しにしたという罪悪感を抱えて生き長らえる方が、よっぽど恐ろしいのさ」

(戦って死んだ方がましって事か)

ハワタリはニシキの考えを理解する。

「ところでニシキさん。ニシキさんが術紋の使用で命を落とすとなれば、それは突然死ではありません。ちゃんと前兆があります」

「ほう、それはどんな?」

「目です。すなわち視覚に異常を感じたらデッドライン寸前と思ってください。視覚に異常が生じるという事は、無欠体が間もなくニシキさんの命を奪う深度にまで進攻する事を示しています」

「死期がわかるのはありがたい。ずっとやり易くなる」

ふむふむ、とニシキは頷いている。

「そんな訳でハワタリ君、再び君の研究成果が今回の血縮式を止められるかどうかの要点となった。頼んだぞ」

「了解です! 何とかします!」

(ニシキさんの活躍からヒントを得て、研究の方向性を決める1つ目の工程は完了できている。後は2つの目の実際に成果を出す工程だ。どれだけ時間が稼げるのかは、ニシキさんの体次第だからわからない。でもニシキさんが命を賭して捻出してくれる時間なのだ。全身全霊をささげ、絶対にその時間内で何とかしてみせる!)

ハワタリは決意を新たにし、気合を入れ直した。そんな彼の下へ突然緊急連絡が入る。その緊急連絡に目を通した途端、ハワタリの脳裏に、不幸は単独では来ない、という異国の諺がありありと浮かんだ。

『狭間ノ里議会がヒトツメニシキを黒害と同一の存在と認定し、戦華にこれの討滅命令を下した』というのが緊急連絡の内容であった。

(……終わった)

ハワタリは持ち直した気分が急落していくのを感じた。

緊急連絡の内容は、単にニシキが助けようとしている対象の戦華から命を狙われるようになってしまった、という悲劇だけを意味しているのではなかった。このような命令を出してくるという事は、里議会がニシキを完全な敵と認知している事を表している。今のハワタリ達の目的は戦華以外でも黒害を討滅できる存在がいる事をアピールし、里議会に血縮式は不要と思わせ、一時的にでも止めさせて、時間を稼ぐ事である。しかしこの目的を達成するためには前提として、里議会がニシキという存在を味方側にいると認識してもらわなければならないのである。でなければ、先のようなニシキを頼みとした思考は行われないであろう。けれども里議会はニシキを敵と断定してしまった。これではもうニシキがいくら捨て身で戦っても目的は成就しない。ニシキに期待をかけて血縮式を中止する事は有り得ない。血縮式を止め得る研究成果を出すための時間を稼ぐという目論見は潰えてしまったのであった。

「どうした? ハワタリ君。輝きを取り戻したと思ったら、またくすんでしまっているぞ」

ニシキがハワタリの雰囲気の変化に感付き、声をかけてくる。

「……すべてが無理になりました」

ハワタリは、緊急連絡の内容を伝え、折角の自分達の望みが絶たれた事をニシキに知らせた。

「ふっ」

だがニシキは失望せず、なぜか笑った。にやりとした不敵な笑みを浮かべたのである。

「なぜ笑うのですか」

ハワタリは理解できずに尋ねた。

「無理だからさ」

「?」

「無理はいい」

「??」

「無理とは、どうにもならないという事だ」

「まあ、……そうですね」

「どうにもならない事をどうにかしたなら、これほどかっこよくなれる事はないだろう」

ニシキは絶望の中に楽しみを見つけ出し、笑っているのである。彼はどれほど道が断たれても、悲観しない男であった。

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