12
ハワタリは撮影隊に混じって、新たに出現した黒害を遠方から観察している。
今回の黒害は、超長大な蛇の形をしていた。
その長さは数キロに及んでおり、体の太さは12メートルを超えている。
ハワタリは、この黒害を『オオオロチ型』と名付ける事にした。
オオオロチ型は鬱蒼とした森林地帯を這い回っているのだが、その体が長過ぎるため、頭部と尾部がどこにあるのか、見つけ出す事ができなかった。視界に広がるのは、のたくる胴体ばかりである。
オオオロチ型の体表には、攻撃力を備える真紅で染まったひし形状の部位が、まるで鱗の一部のようにして、無数に点在していた。触れただけで、あらゆる物質を焼失させてしまう部位である。全身に、すべてを食らう口があるようなものであった。
そんなオオオロチ型が、その巨躯をのたくらせているのである。
地表は削られ、木々は破砕され、森に住む生命は根こそぎにされた。
鬱蒼としていた森林地帯は、見る見るうちに密度を失っていき、所々が命の存在しない無残な荒野と化している。
(オオオロチ型より『森喰らい型』という名称の方がいいかもしれない)
展開する光景にハワタリは、そんな感想を抱いた。
現場には2人の戦華が到着していたが、オオオロチ型には太刀打ちできないでいた。
これほどまでに大規模な黒害なのである。大破させ、討滅するためには、相応の破壊力のある攻撃が必要であった。しかし残エネルギーの問題の所為か、2人の戦華は、それだけの攻撃を繰り出す事ができないでいた。
自分達では討滅不可能と判断した2人の戦華は、他の戦華が到着するまでの時を稼ぐため、生命を賭した足留めに徹している。
だが無限に続いているのではないかと思われるほどの、オオオロチ型の超長大な体が、戦華達を巻き込もうと押し寄せる。戦華達に迫るために、自身で自身の体を乗り越え、殺到していく様は、まるで終わりのない黒き雪崩であった。
オオオロチ型の圧倒的暴力を前にして、2人の戦華は危うくすり潰されそうになりながらも健気に己が役目を果たそうとしていた。
(まだか)
ハワタリは焦れていた。
(けれども本当に大丈夫なのだろうか……)
焦れると同時に、ハワタリは拭いきれない不安も感じていた。
その時であった。
オオオロチ型がはびこっている森林地帯の右端で、爆発が起こった。
派手な爆煙が上空へと立ち上る。
と同時に飛び上がったものがあった。
それはオオオロチ型の切断された極太の胴体であった。
「来た!」
ハワタリは声を上げた。
断ち斬られたオオオロチ型の胴体は、ゆっくりとスローモーションのように落下し、森の中へ没していく。
最初の爆発から十数秒後、2度目の爆発が生じた。その位置は1度目よりも森林地帯の中心へと移動している。そして今回もまた爆煙と共に裁断されたオオオロチ型の胴が跳ね上がっていた。
爆発は少しずつ進みながら繰り返される。爆発の度に分断されるオオオロチ型の有様が見て取れた。
森の木々で隠されているため、爆発地点で起こっている事を視認する事は出来ない。ただ、何かが進撃して、その進路上にあるオオオロチ型の体を破壊している事は確実である。
自分の体が壊されている事に、当然オオオロチ型は黙っていなかった。先ほどまで戦華達にしていたように、我が身を爆発地点目がけて殺到させ、雪崩の如き攻撃を見舞う。
しかし無駄であった。
一際大きな爆発が起こり、オオオロチ型の胴体が4・5本まとめて断裁されただけであった。
爆発地点の侵攻は止まらない。
オオオロチ型は超長大な体による物量で押し切ろうと、立て続けに雪崩攻撃を実施したが、己の被害を増大させる結果にしかつながらなかった。
やがて爆発地点は森林地帯の中央へと達し、さらに前進して左側へ抜けて行こうとする。
胴体をずたずたにされ続けているオオオロチ型の全身が、苦痛を訴えるようにして激しく波打つ。視界を埋め尽くすほどの超長大な全身が、起伏して揺れ動く様子は、荒れ狂う海原を彷彿させた。
そうして遂に爆発地点は森林地帯の左端へと到着する。オオオロチ型が充満していた森林地帯を横断してしまったのであった。途端に、のたうちまわっていたオオオロチ型が、ぴたりと硬直した。大しけだった黒害の海原は、凪へと変化したのである。その体表から放たれていた赤光が喪失し、真っ黒になる。
討滅されたのであった。
オオオロチ型の残骸は、白い粒子となり崩れていく。巨体であるがゆえに、森林地帯全体から白い粒子が舞い上がっており、その光景はまるで膨大な量の蛍が森の中を乱れ飛んでいるようで、感動を覚えるほど幻想的であった。
「すげぇ……」
常に丁寧語でしゃべるハワタリが、驚きのあまり、思わず卑しい言葉遣いをしてしまった。彼が口にした驚嘆の言葉は、オオオロチ型の末期の光景に対してではなく、オオオロチ型を一方的に蹂躙した存在に向けてであった。
「これはいけます! ニシキさん!」
ハワタリは、両手の拳を力強く握りしめた。
「今ここに、黒害に対抗するための新たな道が示されました。これならきっと里議会も、血縮式は不必要と再考してくれるに違いありません。止められます、血縮式の開催を!」
興奮したハワタリは喝采する。
「素敵です! 最高です! 素晴らしいです! ニシキさん!」