君は、音楽に興味がありますか?
――――――――――――――――――――あなたは、《音楽》に興味がありますか?――――――――――――――――――――
−1−
暖かな光が、教室に付けられたカーテンを通して僕にあたった。桜の木が、窓越しに見える。
「…………」
教壇には、この1年6組の担任になった浅駕(浅賀)先生がこれからの中学校生活についてのことを話していたが、水綽は聞こえなかった。
頭の中で、さっき見た一文を何度も何度も繰り返していた。
1時間前。
この中学校には、部活が20種類近くあるらしい。自分たちのやりたいことをやるのが目的で、5人以上ならどんな事でも活動できるのだ。
そんな部活の中から、僕たち、つまり今年進学した入学生は、己のやりたいことに合った部活に入部するか、もしくは5人以上の仲間を集め、新しい部活を作るかの選択を迫られるわけである。
しかし、新しい部活を作ろうとする奴等は少なかった。なぜなら、わざわざ作らなくても自分に合った、またはそれに近い部活はいくらでもあるからだ。
「野球部」
「サッカー部」などありきたりな物はもちろんのこと、
「未来部」
「外国研究部」とか、わけのわからないものも数知れずあった。
始業式の時に配られた「部活表」には、それはそれは個性的な部活がいくらでもあるわけなのだが、水綽は、その紙を四つ折りにしてポケットに入れた。
なぜなら、部活に入る気などなかったからだ。
このことは、中学へ入る前からうすうす決めていたことだった。
小学校にいたときに何度もいじめにあってきた水綽は、中学でもいじめられる気がしていたからだ。
だから、部活へ行くのには、少しばかり抵抗があった。
でも………
もし僕にあった部活があるなら、入るかもしれない。
ポケットに入れたばかりのプリントを取り出し、手前で広げてみる。
ぎゅうぎゅうに詰められたお弁当箱のように、小さく書かれたいくつもの部活の紹介文を見てみた。
「…………」
数々の部活の紹介文を見ても、みんなが大体同じような事を書いてあった。
『どんなに運動音痴でも、すぐに速く走れます!』と書かれた陸上部。
『あなたも入れば、だれにも負けることはありません!!』と書かれた空手部。
どれもが当り触りのない文で、どれもが同じように見えてくる。
どこに入部しようか、ではなく、もうやっぱり部活はやめておこうか、という考えが、徐々に心を支配してきた。
……やっぱり、ぼくには無理か…………
そう思ったとき、水綽は目を疑うような部活を見つけた。
そこには、部活名が書かれていない、紹介文だけが書き込まれていた。
ただ、一文。
『あなたは、音楽に興味がありますか?』
あれからもう1時間ぐらい経っていたが、全く頭から離れない。
一体、どんな部活なんだろうか。「音楽」という単語が出ているから、「吹奏部」とか、そんな部活だろう。
小学校にいたとき、歌だけが一番好きだったな……
「ショウ。もう部活決まった?」
チャイムが鳴り止むと同時に僕の席まで走ってきた枯野は、勢いよくそう言った。
枯野は小学校の頃からの親友で、よくいじめられてた時に励ましてくれた、僕の親友だ。
「いや、まだ決めてないよ。伸太郎は?もう決まったの?」
きっと新太郎は「入試研究部」(高校入試に出てきそうな問題を解いていく部活らしい)とか、その辺りのところに入部するだろう。
小学校の頃、教師全員に一目置かれるほどの頭の良さを持っていた枯野は、決してそれを威張らなかった。
だからこそ、枯野と同じ部活に入ろうとしていた僕にとって、この差はどうにもできなかった。
しかし、枯野の返事は僕が予想しなかったものだった。
「俺は、帰宅部(学校が終わったらすぐに家へ帰るだけの部活)に入部することにしたよ。やっぱ中学だからさ、勉強に精いっぱい取り組まないといけないし」
心の中だけで水綽は何度も叫んだ。やったー!、と。
帰宅部なら、僕でも入れる部活だ。
「僕も入るよ、帰宅部に」
そういうと枯野はにやりと笑って「そういうと思ってた」っと言った。
「じゃあ、帰りはいつも一緒に帰ろうよ」
「ああ、そうしよう。じゃないと俺も退屈だ」
そう言って、枯野は自分の教室へと戻って行った。
しかし、少し経ってから考え直してみた。
僕の中学校生活、そんな事でいいのかな…………
−2−
今日はもう帰ることにした。
「体験入部」というのがあるはずなのだが、「帰宅部」にはそんなものはなかった。
帰ろうと校門前を通ろうとした時、「遅かったな」と枯野が声をかけてきた。ずっと待ってくれていたらしい。
僕は謝った後、枯野に並んで校門を通った。
「ショウ。お前、クラスに馴染めそうか?」
枯野は、他愛もない話の合間に訊いてきた。きっと違うクラスだから、心配してくれているんだろう。
「まだ始まったばかりだから…」と言って、僕はなぜだか俯いてしまった。心のどこかで、小学校の時の記憶が残っているのだ。
「なんかあったら、すぐに俺に言えよ。助けてやるから」
そんな枯野の言葉は、小学校で何度も聞いた言葉と同じ、暖かさが込められてあった。
「ありがとう」と言って、話はまた、他愛もない話に戻る。
枯野が、自分のクラスの担任がとても美人だったという話を僕が聞いていた最中だった。
「おいてめぇ!!!っざけんじゃねぇよ!!」
声が聞こえた場所を見ると、金髪の男が誰かに向かって吠えていた。その男は髪をワックスで立てて、明らかに不良だった。その男の背中だけが見える立場だから、男がだれに向かって言ってるのかがまったくわからなかった。ところどころにその人の声が混ざっていて、女性らしい。
道のど真ん中にいたから、通行人も迷惑そうだった。
「ショウ。俺ちょっと止めに行ってくるわ」
枯野は、そう言い残して男の所に歩いて行った。水綽は、考えた挙句に付いて行くことにした。
「ちょっと」
そう言って枯野が男の肩に手を乗せたとき、男は振り返って向こうにいる女性の姿が見えた。
その人は、うちの中学の平服を着ているところからしてまだ中学生らしかったけど、振り向いた男は明らかに高校か大人の男性並みの体つきをしていた。
「なんかようか」唸るように言った言葉は枯野に言ったはずなんだけど、水綽もかなりビビって、動けなかった。
「あ…いや、すいません。人違いでした」
そういうと枯野は、走って「逃げるぞ」と僕に言ったが、まだ動けなかった。枯野は振り向かないで走って行って、僕だけが取り残された。
「で?お前も俺になんかいいてぇ事でもあんのかよ」
その場で凍りついてしまって、「何か言わないと、何か言わないと…」と焦っている僕は、さっきの話のせいか、とんでもないことを言ってしまった。
「よく似合ったカップルですね」