黒い雲の正体
真っ暗な雲が空を覆っているように見える。
けれど、それは錯覚の類に決まっている。
実際には、無数の小さな水滴が、上昇気流によって宙を漂っているだけ。
ほら、黒い要素なんてないじゃないか。
それに近くで見れば、雲なんてものは存在しない。
ただ無数の水滴が集まっているだけのこと。
だから、怖くなんかない。
ピカッ、
と一瞬だけ、黒い雲の内側が光った。
雷──そう呼ぶ人もいる。
でも、それもきっと違う。
水滴が擦れ合うことで静電気が限界まで溜まり、空気中を放電する。
そんな現象が、本当に起こるだろうか。
空気は絶縁体だ。
そんなものが、突然光るはずがない。
きっと誰かが、あの雲の中でライトを点けたのだ。
一瞬だけ。
そして消した。
それなら説明がつく。
ゴロゴロ、と空が唸った。
……雷鳴?
そんなはずはない。
音が空から降ってくるなんて、どう考えてもおかしい。
きっとスピーカーだ。
最近は、恐怖を煽って安全グッズを売る会社だってある。
簡単な商売だ。
……そうに決まっている。
ざあっと雨が降り始めた。
周囲の地面が濡れていく。
これは少し考えれば分かる。
空から水が落ちてくるなんて、自然現象として説明するほうがおかしい。
蛇口を全開にしたホースを、誰かが上空へ向けているだけだ。
そう考えれば、すべて説明がつく。
誰がそんな面倒なことをするのか?
知らない。
そんなことはどうでもいい。
現に、今ここでは水が降っている。
周囲を濡らすことが好きな変人が、どこかでホースを握っている。
それだけのことだ。
そう考えていれば──
怖くない。
僕は空を見上げた。
黒い。
どこまでも黒い。
その雲の向こうには、何かがいるような気がした。
目の光る怪物。
恐ろしく唸る化け物。
……いいや、そんなことを考える必要はない。
ここは人工物に囲まれた、人工的に作られた空間だ。
空も。
雨も。
雷も。
人間が作ったものだ。
だから安全だ。
怪物なんて存在しない。
存在したとしても、人間の手の届かないところだ。
この都会の真ん中に、そんなものがいるはずがない。
自然なんて、もっと遠い場所にあるものだ。
そう思えば、怖いものなんて一つもない。
僕は大雨の中へ足を踏み出した。
冷たい雨が顔に当たる。
頭上で、また空が光った。
反射的に足が止まる。
……違う。
ライトだ。
そうに決まっている。
次の瞬間、轟音が響いた。
僕は耳を塞いだ。
大丈夫。
これはスピーカーだ。
僕は企業に洗脳されないようにしてるだけ。
怖くなんかない。
そう言って僕は、もう一度歩き出した。
背後で、何かが光っている気がした。
振り返らなかった。
振り返る必要なんてない。
だってここは、人間が作った安全な場所なのだから。
背後の壁に、何か文字が浮かんでいた。
僕は見なかった。
決して怖いものなんてあるもんか。
定期的に人の恐怖心を煽るだけ。
ゲリラ豪雨も突風も異常気象も。
全部、人のエゴが作り上げた人工物なんだ。
知っている。
少なくとも──
昔の空は、こんなに黒くはなかった。
──僕は画面を切り替えた。
今日の天候設定は、ゲリラ豪雨。
雨量、風速、雷光。
画面に数値を入力していく。




