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天国の水先案内人II 〜愛する人のために〜

作者: 舞茸 満
掲載日:2026/05/05

 俺は平吉。「三途の川」の渡し船の船頭を、相棒の「トメ雄」と務めている。俺たちの船は、地上界から天国への片道切符だ。


 だが、1年に何回か復路に大勢乗ることがある。それが彼岸と盆だ。この時ばかりは大名行列の如く一族郎党、地上界へと帰省する。盆の帰省で混雑するのは、どうやら上も下も同じようだ。


 そして今日は盆の入り。迎え火を目指して、船待ちの大行列になっている。


「平さん、残業しないと捌ききれないよ」


 トメが大汗をかいて俺に言う。


「もう少し休みも分散してくれると、ありがてぇんだけどな」


「ったく、何でこう皆して混んでる時期に動くかねぇ。地上界で盆休みの帰省ラッシュを経験して、死んだら死んだで帰省ラッシュ」


「まぁ仕方ねぇトメ。ピークは見えたぞ。あともう少しだ」


 夜を迎え、ようやく人の数が片手ほどになってきた。俺たちは一服しようとしたところへ、中年の男性が現れた。


「船頭さん、まだ乗れるかね?」


「盆の入りだからね、お客さんがいる限り動かしますよ」


 トメが答えた。


「じゃあ、出して下さい」


 そう言って男性は船に乗った。


「迎え火の方向に向かって船動かすんで、場所を教えてくれるかい」


 トメが言うと、男性は双眼鏡で目的地の迎え火を探しているが、どうやら見当たらないらしい。


「どうしたんだい。教えてくれねぇと、船は出せねぇぞ」


 俺も男性に促した。


「いや、おかしいぞ。見当たらないんだ」


「あんた、家族は?」


 トメは一旦船着場に船を戻して聞いた。


「もちろんいるとも。しかし…迎え火を忘れているのかもしれんな」


「おい旦那、盆の入りの時期は間違ってねぇかい?」

 

 俺が言うと、トメが天国窓口に電話をした。


「平さん、今日で間違いねぇ」


 トメが確認の結果を俺に伝えた。


「全くなっておらんな。私は港町税務署長だぞ…元だがな」


 自信満々に言う男性の言葉に、俺とトメは目を合わせた。この男は生前、税務署長の肩書を使い、脱税を見逃したり着服を行い、懲戒免職になっていた。


 結果、天国へは行けず、俺が船で地獄窓口へ送ったのだった。


「あんた、地獄へ行ったのに、いつの間に戻ってきたんだい」


 トメが訝しんで聞いた。


「それがな、エンマ裁判長の寛大措置で、天国へ行くことが出来たんだ。まぁ、これも生前の私の功績に対する見返りだな」


 男は何の根拠もない自信に溢れていた。


「何が功績だよ。あんたは生前の行動が問題で地獄に送られたんだぞ」


 俺はこの男に釘を差した。さらに何かを言いたげだったが、言葉にすると執行猶予取消の可能性があるのだろう。


「それにしても平さん、迎え火が見えないことには、船は出せないよ。困ったなぁ」


 トメが困り果てていた。


「待てよ。あんた、『エンマ様の寛大措置で』って言ったな?」


 俺は男に確認をした。


「あぁ、その通りだ。私に対する正当な…いや、何でもない」


「ひょっとして、無罪放免で天国行きが許されたんじゃなくて、執行猶予中か?」

 

「そうだが。何かまずいかね」


 男は葉巻に火をつけ、相変わらず偉そうに言った。


「おいおい、執行猶予中は天上界から離れるなと言われなかったか?」


 トメが男に聞くと、男はしばらく考えた。


「記憶にないな」


「『記憶にない』だと?これだから役人は…。いいか、駄目なんだよ執行猶予中は!ったく、危ねぇ危ねぇ。俺たちまで逃亡幇助に問われかねないところだったぞ」


 俺は呆れてこの男を叱ったが、相変わらずの特権意識が抜けていないようだった。


「万一にも犯罪に加担したなんてことになったら、船舶免許取り上げで商売上がったりだよ!」

 

 トメも腹の虫がおさまらなかったらしい。


「とにかく帰った帰った。あんたと関わると、こっちはロクなことにならねぇよ」


 追い払うようにして、俺はこの男を帰らせた。男はぶつぶつ文句を言っていたが、「条件付き天国送り」の執行猶予中の身では、当面帰ることが許されない。


「平さん、そろそろ今日は店じまいかね」


「後は送り火の日だな。Uターンラッシュって奴だ」


 やっとトメと一服しようと腰を下ろしたところに、茶店の女将がお茶と団子を持ってきてくれた。


「お代はいらないよ、お上がんなさいな」


「なんだよ女将さん、悪いなぁ…」


 トメが申し訳なさそうに手を合わせている。


「今日はうちもてんてこ舞いだったよ。お盆とお彼岸は、千客万来だね」


 女将が俺とトメの間に腰を下ろした。


「女将さんは、帰らねぇのかい?」


 俺は女将に聞いてみた。


「主人はこっちに来てるしね。娘は所帯があるからさ。もう少しこっちで稼ぐつもりだよ」


「こっちで稼いで、どうするんだい?」


 トメが団子を頬張りながら聞いてきた。


「娘は『宝くじ』をよく買っているからさ。あたしが貯めたお金を『当たり』として送ってやろうと思ってるんだよ。孫が病気なんでね…」

 

 いつも明るい女将も、孫の話になると表情を曇らせる。


「そうか…おう、そりゃあ良い事だ。治ると良いな。大丈夫だ」


 俺がそう言うと、女将の顔に笑顔が戻った。


「バカ野郎トメ、野暮な事聞くもんじゃねぇよ。そんなんだから、土手から脚踏み外して、川で土左衛門になっちまうんだよ」


「平さん、俺だってまさかあんな形で人生終えるとは思ってなかったんだからさぁ」


 トメが困惑した表情で額を抑えていた。そこへ、一人の中年の女性が来た。


「まだ…今から船出せますか?」


 か細い声だった。色白で痩せ型の女性だった。


「あぁ、大丈夫だよ。迎え火送り火の日は24時間運行だ」

 

 トメが言うと、女性は頭を下げた。


「平さん、ちょいと行ってきますわ」


 トメが立ち上がり、女性と船の方へ歩き出した。


「ちょいとお待ち」


 女将が後ろから引き止めた。


「お嬢さん、なんか事情がありそうだね。このまま行かしたらまずいんじゃないかい?」


 女将は俺に伺いを立ててきた。


「そうだな…姉さん、ちょっと話を聞かせてくれ。女将、茶を頼めるかい?」


 そう言うと、その女性は俺たちの向かいに腰掛ける。女将が合わせてお茶を運んできて、女性の隣に座った。


「事情なんて…何もありません。迎え火に合わせて帰るんです」


 先程よりも一層声が小さくなった。


「お嬢さん。あたしがどれだけ人を見てきたと思ってるんだい?お節介だろうけど、あんたは放っておけないよ」


 女将が言うが、女性はうつむいたまま、黙っている。


「この女将はなぁ、酸いも甘いも噛み分けてきた人なんだ。何でも見抜くから、百戦錬磨の俺たちでも、隠し事は出来ねぇ。そうだなトメ」


「あぁ。俺が地上界で賭け事にはまり込んでさ、それで女房に逃げられたのも、全部お見通しだったよ。あれには参ったなぁ」


 トメは額を押さえて、泣き笑いの表情を見せた。


「挙句の果てに、犬の糞を避けて土手から川に落っこちて、無縁仏ってか」


「平さん、それを言っちゃあおしまいよ」


 女性の顔に一瞬、笑みが浮かんだ。


「俺たちの船は、未練や断ちがたい思いがあると、まっすぐ進まねぇんだ。あんたに何もなければそれで良い。でも、もしあるなら聞かせてくれ」


 俺は女性の前で言った。


 しばし、沈黙の時間が流れる。


「化けて…出てやりたいんです」


 女将と俺たちは顔を見合わせた。女将はゆっくり女性の肩に手を当てた。


「そうかい、よく言ってくれたね。余程のことがあったんだね」


 女将はわずかにほほ笑みながら、じっと女性の顔を見ていた。


「私は…死ぬはずじゃなかった…」


 そう言うと、女性は顔を上げ、遠くを見ていた。


 ある日の通勤途中、女性は地下鉄を利用するため、駅の階段を降りていた。その後ろから若い男性が足を滑らせ、女性は巻き添えとなって階段下まで転落したのだった。


 その男性は、階段を下りる際にもスマートフォンから目を離さず、階段であることに気づかなかったそうだ。彼女を下敷きにした事で、男性は軽傷で済んだ後、過失致死容疑で逮捕された。


「そりゃあ、幾らなんでも許せねぇ」


 トメが拳で膝を叩き、怒りを露わにしていた。女将はじっと目を閉じている。


「あんたが化けて出てやりたいってのは、その事故を起こした男の所に、ってことだな?」


 俺は、女性の目を見ながら聞いた。


「私、結婚する予定だったんです…」


「まぁ、なんてこと…」


 女将が両手で口を押さえた。事故の三週間後には結婚式を予定しており、幸福の絶頂にいる時だったのだ。


「それで…化けて祟ってやろうって、そういうことなのかい?」


 トメが聞くが、女性は微動だにしない。


「何か、別の理由があるんだね。もしかして、あなたの旦那さんになる人のことかい?」


 少しの間のあと、女性は小さく頷いた。


「彼は、加害者の裁判で『あの男を許さない』と言ってくれました。私はその気持ちだけで嬉しかった。天国から、彼の幸せを祈ろうって。それだけを思っていたんです。でも…」


 俺もトメも、その後を聞くのが怖かった。女将は女性の手の上に、自分の掌を重ねた。


「彼は、復讐しようとしています。本気で許さないのだと思います」


「お嬢さん、もしかして…」


 女将が低い声で、女性の顔をうかがうように聞く。


「はい…私がやります…彼の手を汚させるくらいなら…」


 女性の目には、決意と覚悟がこもっていた。


「ちょっ、ちょっと待ってくれよ。気持ちは分かるが、あんたが手を汚しちまったら、天国に戻るのは難しくなる!それを分かって言ってるのかい!?」


 トメは慌てて女性に聞いた。あまりの慌てぶりに、声が上ずっていた。


「トメさん、彼女の目を見ておくれ。この目を見てそんな事を聞くのは野暮だよ」


 女将がトメに冷たく言い放った。


「止めてもやるんだろ?彼が加害者に手を下す前に、お嬢さんが始末する…今でも彼は、あなたを愛しているんだね」


 女将は、女性の目を見て言った。


「理屈じゃねぇよな、こういうのは」


 俺はキセルに火をつけた。煙を思い切り吸い込み、吐き出した。 


「平さん、何とかならねぇのかい」


 トメが半泣きで俺に寄ってきた。


「バカ野郎、俺だって何とかならねぇのか考えてるんだよ」


「平さん、トメさん。船を出してやってくんな」


 女将が大きな声を出すと同時に、俺を手招きしている。俺は女将のところに行くと、耳打ちをされた。


「そうか、その手があったか」


 しばらくして、女性は船に乗りこんだ。女将も途中までついて行くことになった。

未練どころか、復讐心の重さで船は沈没寸前だ。


「トメ!後ろを頼む。重たくて俺一人じゃ進まねぇんだ」


 川の見た目は穏やかだが、なかなか前には進まない。何とか途中まで進み、地上界の入り口が見えてきたところで船を停めた。


「このまま進めば、地上界だ。もう一度だけ聞かせてくれ。復讐のために進めば、あんたは裁判になって、天上界に戻るのはほぼ不可能だ。それで良いんだね?」 


 俺は再度、女性に話を向けた。女性はすぐには答えなかった。


 長い沈黙のあと、女性が口を開いた。


「やります…彼が…あの人が、誰かを傷つけるくらいなら」

 

 俺は、ゆっくりと立ち上がった。


「分かった。船を出す」


「平さん!」


 トメが声を上げる。


「待ってくれよ!それじゃあこの人…」


「お嬢さん、あたしに一つだけ教えておくれよ」


 女将が静かに声をかける。


「本当に、復讐したいのかい」


 女性は俯いたまま黙っている。


「それとも、止めたいのかい」


 女性の肩が震える。


「…止めたいです…でも、彼は止まらない…だから…他に方法がないんです」


「平さん」  


 女将が俺に声をかけた。俺は女将を振り返った。


「止める方法なら、無くもないぜ。今日は盆の入りだ。あの世とこの世の境が、一番薄くなる日なんだ」


「『渡し』には二つあってな。身体を運ぶ渡しと、想いを運ぶ渡しだ」 


「想い…?」


「あぁ。生きてる奴に、『夢で会いに行く』ってことだ。それは、ほんの一度きりだ」


 トメが横から口を挟む。


「ただし条件がある。恨み言と呪いは禁止。伝えられるのは『本音』だけだ」


 女性の目が揺れた。


「でも…彼は復讐しようとしているんです…それで伝わるかどうか…」


女将が、女性の手を握る。


「だからこそだよ。あんたの役目は『祟る』事じゃないよ。彼を止めるんだ」


 長い沈黙のあと、女性は、絞り出すように言った。


「…彼を…止めたいです」


「それが本音かい?」


「はい…復讐なんてしてやめてほしい。彼にはちゃんと生きて、幸せを見つけてほしいんです」  


 女性は大粒の涙を流した。


 女将が、優しく笑った。


「ほらね。あんた、最初から分かってたんだよ」


 俺は立ち上がった。


「決まりだ。トメ、舟を出すぞ。『想いの渡し』だ」


 時間をかけて進んだところで、光が見えてきた。


「この先は、夢の入り口だよ。限られた時間しか居られない。だから、しっかり本音で思いの丈を伝えておいで」


 女将は女性の肩を二度、励ますように軽く叩いた。船を降りた女性は俺たちに一度頭を下げると、光の中へ吸い込まれて行った。


「彼女、大丈夫かね…」


 トメが心配そうに女将に聞いた。


「大丈夫だよ、あの娘は賢い」


 俺たちは、三途の川まで戻ることにした。


 翌朝、俺は茶屋でトメと並んでキセルを吹かしていた。


「しかしなんだな、ほとんど帰省したから、静かなもんだな」


 見渡す限り、人の声がほとんどしない。そんな中、一人の女性が現れた。昨日の女性だった。


 顔は、少しだけ穏やかになっている。


 女将が店の奥から出てきた。


「どうだった?」

 

 女性はゆっくり頷いた。


「夢の中で、彼に会えました。全部は話せなかったけど…『幸せに生きて欲しい』って。そう伝えました」


「それで十分さ」


 俺が言うと、トメも大きく頷いていた。


「彼、泣いてました。きっと復讐は…やめると思います」


 女将が、そっと背中を押した。


「良かったよ。さぁ今度こそ、本当の意味で帰省が待っているよ」


 そう言うと、女将は双眼鏡を女性に渡し、地上界を指さした。 


 そこには、女性の墓前に線香を手向けて手を合わせている彼の姿が見える。彼女の目から、光るものがこぼれ落ちた。


 女性は深く頭を下げ、船に乗る。


「今度は迷わねぇよな」


 俺が聞くと、女性ははっきりと答えた。


「はい。迎え火が見えます」


 遠くに小さな灯りがいくつも揺れていた。 


「そいじゃあ女将さん、ちょいと行ってくるよ!」


 女将が手を振っているのを背に、俺とトメは女性を乗せて、ゆっくり船を漕ぎ出した。


 終





本作品は「カクヨム」にも投稿しています

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