あの銀杏並木で、彼女を見失った
女子高生の東雲 紫乃と此花 咲世はいつもの帰り道から少し外れて銀杏並木を歩いていた。
※微ホラー、ちょっと不穏です。
登場人物
東雲 紫乃
此花 咲世
学校からの帰り道。
いつもの通学路から少し外れて銀杏並木の散歩道に来た。
どうしてこの道に来たんだっけ?
暦は秋。紅葉の時期で銀杏も見頃だから、咲世に見せたくて連れてきた。
この散歩道はあまり人が来なくて、手入れの回数が少なく今日も銀杏の絨毯が一面に広がっている。
私の前をくるりくるりと舞うように歩く咲世。
咲世が歩くのに合わせて道に落ちた銀杏の葉も風になびいてふわりと動く。
輝いて見えるのは日差しのせいか。それとも咲世自身なのか。
眩しくて目を細める。
「あんまりはしゃぎすぎると滑って転ぶわよ」
「ふふ、大丈夫よ。だってこんなに綺麗だし」
咲世が両腕を広げて一際速く回った。
片足でバランスを取って、くるり、ふわり。
「あっ」
「危ない!」
ドサドサッと学校鞄を放り出し、咲世に駆け寄る。
銀杏の葉を踏んで足を滑らせた咲世は背中から転びそうになった。
私は咄嗟に腕を引っ張り、腰を支えた。
夜空のように黒く綺麗な瞳と見つめ合う。
「はぁ……紫乃ちゃんのお陰で助かったわ。ありがとう」
咲世は眉を八の字にして口元を綻ばせた。
ゆっくり体勢を直した咲世は乱れた髪を手で撫で付けた。
「もう、だから言ったでしょ」
ため息をつきながら自分の鞄を取りに戻る。
さらりと黒い髪が視界に揺れ落ちた。
耳にかけて先を歩く咲世の方へ向き直る。
こてんっと首を傾げてこちらを見ていた。
「鞄、汚れてない?」
「うん、大丈夫。あんまり人が通らないから銀杏が綺麗なままなの」
私は、今もひらひら舞い落ちる柔らかな銀杏の葉を、掬うように手のひらを宙に向ける。
一枚の葉が私の手の中へ吸い込まれるようにふわりと乗った。
「よかった。急に鞄を放り出すんだもん。びっくりしちゃったわ!」
後ろ向きで歩き始めた咲世のあとをついていく。
体をくの字にして上目遣いをした咲世は今日も一等美しい。
春の柔らかな日差しを思わせる綻んだ眼差し。肩にかからない長さで切り揃えて、ウェーブがかかった薄桃色の髪を揺らす。
咲世はスキップをするようにタタン、タタンと跳ねている。
「また転ぶわよ」
「大丈夫よ。紫乃ちゃんがいるでしょ?」
くるりと前に向き直り、間髪入れずに声が返ってくる。きっと笑っているのだろう。何も疑っていないキッパリとした声色で言うものだから、背中が少しむず痒かった。
「いつも一緒にいるわけじゃないんだから、しっかりしなさいよ」
思ったよりも厳しい口調になってしまい、ハッと顔を上げる。
咲世は何とも思っていないのかこちらを振り返ることなく歩いていた。
静かにホッと胸を撫で下ろす。
突然、咲世がぴたりと立ち止まった。
「どうかした?」
「ううん、なんでもないの。けど、なんだか懐かしい気がして…」
咲世は右にある銀杏の木を見上げていた。
何の変哲もない木。少し湿った土が木を長い間支えてきたのだろうか。
でもどこか、私も知っているような感じがする。
眉間に皺を寄せて思い出そうとすると、かえって靄がかかったようにわからなくなる。遠ざかっている気さえする。
この木にあまり近づいてはいけないような気がした。
「咲世、もう行くわよ。家でおば様が待っているでしょう」
「…えぇ、そうね」
あの木を通り過ぎた後も咲世は後ろを気にしながら歩いた。
先程までの歩みが嘘のようにテンポが合わなくなる。
咲世が後ろを振り返る度に、別の話題を出して気を逸らした。
あれに近づいてはいけない気がする。
前にもこんなことがあったような気がする。
思い出せないけど、何か不思議なことがあったはずなのに。
「ねぇ、紫乃ちゃん。私……私、学校に忘れ物したから取ってくるわね!先に帰ってて!」
「待って咲世、それなら私も」
来た道を走って戻る咲世を追いかける。
私の方が足は速いはずなのに中々追いつけない。
「待って、行かないで咲世!私も一緒に行くから、待って……」
手を伸ばすのに届かない。
追いつけない。
おかしい。
足が重い。
誰かに掴まれている?
冷や汗が止まらない。
嫌な感覚の正体を確かめるために足を見た。
土でできた手が私の足を掴んでいる。
「は、離して……やめて、離してよ!」
足をばたつかせるも全く離れる気配がない。
こんなことをしている間に咲世はどんどん離れていく。
「嫌、やめて、離して……離しなさい!」
一際大きな制止の声を出すと、手は私の足を離してどこかへ消えていった。
咲世が走っていった方向を見ても、そこに咲世の姿はもうない。
置いて行かれた。先に帰っててとは言われたけど、この銀杏並木を見せたくて一緒に帰ろうと誘ったのに。
道の真ん中でポカンと立ち尽くしているわけにもいかないから、近くにあった銀杏の木のそばで咲世を待つ。
先程の木とは別の木。土は日にあたって少し乾いているみたい。
足元の銀杏の葉は、風に吹かれて右へ左へうろうろしている。下を向いてばかりなのも嫌で、気分転換に空を見上げてみた。
まだたくさん葉が残ってる銀杏の木。淡い黄色。優しい黄色。まだ黄緑色が残っているのもある。
ビュウッと少し強く風が吹くと、ヒラリヒラリと舞い散る黄色。
葉っぱの隙間から蒼天が見える。
ああ、綺麗だ。だけど少し、ほんの少しだけ。
「咲世と一緒に見たかったな」
秋の冷たい風が私の肩を撫でた。
読んでくださり、ありがとうございました。
銀杏並木と紫乃・咲世の空気感をを楽しんでいただけていたら嬉しいです。




