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吾輩は幽霊である

妾は幽霊である

作者: 愛賀綴
掲載日:2026/03/23

前作「吾輩は幽霊である」からの第二弾ができたので、シリーズにまとめました。「吾輩は幽霊である」もよろしくお願いします。



 (わらわ)は幽霊である。名前は忘れた。

 思えば長いこと、この廃村の奥深くに沈み込んでいた。

 かつては黄金色の稲穂が波打ち、子どもたちの笑い声が畦道(あぜみち)を駆けていったこの地も、今やただの(むくろ)だ。(たみ)は土を離れ、便利な箱の中に閉じこもり、大地を灰色くコンクリートの肌で覆い尽くす。


「……また、あの音か」


 微睡(まどろみ)を破ったのは、遠くでウォンウォンと唸りを上げる巨大な風車の音だ。

 クリーンだの再生可能だのと耳当たりのよい言葉を並べ立て、山を削り、鳥の行く先を塞いで回るバカでかい鉄の風車。あの風車の音を嫌い、鳥たちの生息域も変わってしまった。あの風車にぶつかって亡くなる鳥の数も万を超えた。

 あの風車のために山の木々を多く切り倒し、コンクリートで塗り固められた道路というもののせいで、草木だけでなく獣道まで奪った憎き風車。

 倒してやりたくても妾の力では叶わなかった。


 風車の音を振り払い、草陰を辿って音から逃げた先は、日の光を独り占めにするかのように並べられた無機質な黒い板の数々。ある頃から急に増えた。日を遮られた土に草木は生きられず、土も悲鳴をあげて死んでいくばかり。


「自然を愛でるふりをして、その実、己の都合で自然を切り刻む。そんな民など、もう知らぬ」


 自然を殺す民たちは、それが己の首を締めているとは気が付かぬのか?

 妾は拗ねた。

 そして長く長く、深く深く眠りについた。


 そんな妾の引き籠もり生活を脅かす不届き者が現れた。


「ここだー! 爺さんに聞いていたけど、すごい広い」

「うわぁ、これだけ荒れていると大変そうね。……でもすごい。この草たち力強い。いい土なのかなぁ」


 やってきたのは、一組の中年男女だった。作業着に身を包み、慣れない手つきで鎌を振るう姿はどこか滑稽ですらある。

 妾の静寂を、また人間どもの欲で汚すつもりか!?

 妾は怒りに震えた。


「追い出してやる。ここをコンクリートなるもので固めさせてなるものか」


 彼らが抜こうとする草の根に、大地の底から力を送り込み、鉄の杭よりも強固にしてやった。

 案の定、男は「うわ、なんだこの根っこは! ビクともしないぞ!」と叫び、汗だくになっている。


「ふん、これなら腰を痛めて逃げ出すであろう」


 だが、男は次の瞬間、信じられないことを口にした。


「すごいな。これほど根を張るということは、土の中に微生物が溢れていて、栄養がたっぷり詰まっている証拠だ。ここの土はすごいってことだよな!」

「そうだね! 今日はこのあたりにしとこう。まだまだ先は長そうだね」


 ……は?

 妾は耳を疑った。

 土を褒めた、だと?

 いや、土のよさを褒めても容赦なくコンクリートを敷きやがった輩たちもいた。簡単に信じてはならぬ。


 彼らが立ち去ったのち、彼らが耕したわずかな隙間に、一晩でギチギチに雑草の芽を生やしてやった。無数の種たちは「えー? 意味ないと思うけど」とブツブツ言っていたが、とにかく双葉を出せと言った。

 刈っても耕しても無駄だと思い知らせてやる。


「ちょっとー! 見て! 見てよ! 一晩でこんなに! 生命力がありすぎる! 私、この子たちからパワーを分けてもらえそうな気がするわ!」


 翌朝やってきた女が、草の双葉たちを指先でさわさわと撫でて、頬を赤らめて喜んでいる。

 妾は膝から崩れ落ちた。

 心を折ってやろうとやったことをご褒美のように変換されるなど、前代未聞ではないか。


「……なぁにやってんだよぉ?」


 声の主がしたほうに向かうと、半分立ち枯れた古木に寄り添う影がケタケタと笑っていた。

 遥か昔、よく話した記憶がなくもないが、そういえばそなたのような存在もあったな。


「笑うな。妾はあやつらを立ち退かせたいだけなのじゃ」

「無~理、無理~。あいつら、お前が仕掛けた嫌がらせを、全部『土のエネルギー』って信じ込んでるじゃん。お前、実は応援してるんだろ? 素直じゃないなぁ」


 またケタケタと笑う影。

 その揶揄いに妾は頬を膨らませた。


「誰が! 妾はただ静かに寝ていたいだけなのじゃ! もう、どこかへ旅に出ようかのう。草も生えぬ、あのコンクリートの都会とやらに紛れ込んで……」

「まあ、待てよ~。あそこを見ろよ~」


 影が指差した先。

 そこにあったのは不格好な小さな鳥居。

 かつて家だったものの残骸の廃材をどう繋ぎ合わせたのか。

 それにしても不器用すぎやしないか?

 なんとか組み合わせてできた鳥居のようなものは、真っ赤なペンキは塗られたおかげで、一応は鳥居らしく見えなくもない。

 荘厳な神社のそれとは程遠い、幼子の工作のようにガタガタで、大きさも人の半分ほどのもの。

 それをようやく耕し終えた場所に立て、二人は泥だらけの手を作業着で拭き、手を合わせて目を閉じていた。


「この土地を守ってくださっている神様。ずっと放置していて申し訳ございませんでした。曾祖父さんたちの頃のようになるよう頑張ります」

「私たち、ここを蘇らせると決めました。なんにも知らない素人だけど、どうか見守ってください」


 ……その瞬間、とうの昔に枯れ果てたと思っていた妾の何かが、雨を得た苔のように、じわりと色を取り戻していくのがわかった。


 香ばしい土の匂い。

 雨上がりの草の吐息。

 木の葉の囁き。


 かつて、八百万(やおよろず)の神々がこの国を闊歩し、民と共食(きょうしょく)していた頃の懐かしい祈りの波動がした。

 まだ朝だというのに、不格好な鳥居の赤が、夕陽に溶けたように滲んで歪む。

 妾の瞳から落ちた雫を吸った双葉たちが「もう少し見守ってやろうよ」とクスクスと笑った。


 それからの妾は忙しくなった。

 二人が無理な開墾をして倒れそうになれば、作業着にくっついた草の種を介して彼らの家に忍び込み、夢枕に立った。


「まだ聞こえぬか! 幾度言えば聞こえるのか! 重機を使え、重機を! おのれらが無茶をして倒れたら、妾はまた一人ぼっちになるではないか!」


 幾度忍び込んだかわからない。

 やっと彼らが「不思議な夢を見た」と笑いながら地元の建設会社を呼び、若いとは言い難いが今のこの村にしてみれば若者となる者たちと、口煩そうな老齢の者たちが集まってきた様子を、妾は古木の影と並んで眺めた。


「ここはよー、昔っから神様の寝所とか言われててさ。お前の曾祖父さんか、それより前からかもなぁ。昔の昔はあっちの山に(やしろ)があったんだと。でも山崩れで行けなくなっちまって、先の戦争の召集で動けるもんもいなくなっちまって、直せなかったって聞いてる」

「山の下りたところの神社は新しいですもんね?」

「あれな、俺のオヤジが死ぬ前に建てたんだ。山の神様たちの拠り所はあるべきだってな」

「ふふふ。私たちのこんな鳥居じゃだめよね」

「だめじゃねぇよ。その気持ちが大事なんだって」


 建設会社の親父の指示で、幾人かが重機を使い、土を掘り起こしていく。

 周囲の木の様子も見て、ここまでと決めて進む開墾。


「このあたりの木は間引かないとだめだろなー。木の管理は引き継いだのか?」

「すみません。よくわかってないです」

「なーに、この村に来てくれただけ大歓迎だ。儂たちで教えらぁよ!」

「こんな若ぇのにジジイばかりじゃあかんだろうよ! 今度よ、孫と甥にも会わせるからよ!」

「よろしくお願いします!」

「俺だってまだまだいけるぞ」

「おいらは家のことはわからねぇが、畑のことなら聞いてくれや」

「はい! ぜひ!」

「おーい、爺さんたち無理すんなー」


 アハハッと笑い声が山に広がった。

 この騒がしさは嫌ではない。

 無機質な風車の音よりもむしろ心地よい。


 あの二人が作った不格好な鳥居の側にあるのは夏水仙(ナツズイセン)

 その昔の(やしろ)はもう倒壊していて姿もない。そこにあった夏水仙を妾がしつこいほど口説き、根負けさせてここに根付かせた。

 夏水仙は鳥居を半円で囲むように咲いている。その側にわれもわれもと茂る草たち。


「これユリだと思ったら夏水仙っていうんですね」

「どっから来たのか、もともとあったのか。こうして花ンときに葉がないだろう? 裸百合(ハダカユリ)なあんて呼び方もあるんだが、裸ン坊の茎をこの草らが守ってるみたいだな」

「ふふふ。そうですね」

「うちのバアサンがよ、夏水仙は『深い思いやり』だとか言ってたなぁ」

「だども、『快い楽しさ』と『悲しい思い出』の花だとも言うなぁ。打ち捨てられた悲しいこの土地。今こうして楽しく開墾。まんまじゃないか。見守ってくれてんだろなぁ」

「そうだと嬉しいなぁ。あ、ここはちょっと草を間引こうかな。鹿屋野比売神(かやのひめのかみ)様、ちゃんと土の肥やしに戻しますから許してくださいね」

鹿屋野比売神(かやのひめのかみ)様かぁ。そんな神様もおったべよ。草も生えん土地なんざ、畑もできねぇもんな」


 女がそう唱えたとき、妾の全身に失われていた力が満ち溢れるのを感じた。


 ああ、そうか。

 妾は幽霊などではない。

 名前を忘れたわけでもない。

 妾を神たらしめるのは、この民たちの笑顔だったのだ。


 じわりと戻った力を感じていたら、天から地を揺るがすような、太く、そしてお節介な声が降ってきた。


『おい、いつまで幽霊ごっこをしておる! この寝坊助(ねぼすけ)がーっ!』


 妾は顔をしかめた。

 幾千年の月日を経ても忘れぬ説教臭い声。


『草が生えねば、土は死ぬ。土が死ねば、我ら穀物の神も、民も、(みな)干からびるわ! おぬしが諦めてどうする! さっさとその土地の草どもを指揮し、民に豊かな実りを見せてやれ!』

「うっさいババア! 言われんでもわかっておるわ!」

『誰がババアじゃ! 宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)のおねえさまと呼べ! この小娘が!』

「誰がおねえさまだ! 説教ババアなんぞ呼んでないわ! ()ねー!」


 妾は空に向かって悪態をついた。

 神同士、何千年も付き合っていれば、言葉遣いも荒くなる。

 だが、妾の口元は緩んでいた。


「仲がいいんだか悪いんだか」

『ほう? 誰ぞの声かと思えば久久能智神(くくのちのかみ)ではないか。おぬし、そこの小娘を懲らしめておけ』

「やだね。勝手にやってなー。オイラはあっちの木に宿ろっかなー」

「あ! 逃げるな! 久久能智(くくのち)!」

「あっかんべー」


 古木の影に忍んでいた久久能智神(くくのちのかみ)が、山の木々に宿り直し、風を受けて新しい枝葉を誇らしげに広げる。

 あの木陰は開墾の休憩所。あそこには草を多く生やすまい。


 妾は鹿屋野比売神(かやのひめのかみ)

 草に宿り、土を抱き、民の祈りを養分として咲く、野の主。

 コンクリートの僅かな隙間でも、鉄の風車の影でも、種を飛ばし、妾はどこまでも根を張ろう。


「ふむ。ここはどう変わるかの」


 畝ができるのはまだまだ先。さすればあのババアの出番だが、その傍らで妾はどれほど口論するだろう。

 まだ慣れぬというのに鍬を振り上げる二人を見ると、腰を傷めないか心配ではあるが、老齢の者たちの目は温かい。

 妾ができることは少ないが、あの老齢の者なら薬湯となる草を知っておるな。よし、生やそう。


 妾が夏水仙を囲む雑草の波に身を委ね、小さく、しかし確かな慈しみの笑みを浮かべていたのを久久能智神(くくのちのかみ)だけが見ていた。


「これからどうやって妾を驚かせてくれるのか。もう少し見届けてやるとしようかの」


 夏水仙が笑う。

 そなたの次は曼珠沙華でも口説き落としておこうかの。



鹿屋野比売神かやのひめのかみ

草の神、草の霊、野の精霊。

草祖草野姫くさのおやかやのひめ野椎神のづちのかみ)草野姫命かやのひめのみこと萱野媛命かやのひめのみこと我野媛かやのひめ我野廼媛かやのひめなど呼び名は多数あります。


久久能智神くくのちのかみ

木の神、林野の神。

句句廼馳くくのち久久能遅神くくのちのかみ木祖神きのおやがみ屋船久久遅命やふねくくのちのみことなどの呼び名はいくつかあります。


宇迦之御魂神うかのみたまのかみ

穀物の神、農業の神。

倉稲魂命うかのみたまのみこととも呼ばれます。


■巨大な風車

山にある風力発電施設。

あの風車を建てるために、重機や車などが走行できる道がないとならず、まず木々を切り倒して遠慮なくコンクリート道路を作ってからぶっ立てられてます。建設されてしまえば二酸化炭素を排出しないクリーンなエネルギーではありますが、自然破壊した上で成り立っていることに考えるものがあります。風力発電のブレード(羽根)に鳥が衝突する「バードストライク」で、たくさんの鳥の命が奪われてもいます。


■日の光を独り占めにするかのように並べられた無機質な黒い板

太陽光発電パネル(メガソーラ)。

昨今、森林伐採と環境破壊、それによる生態系への影響などが問題視されています。

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