第4話「影に潜む殿上人」
紅楼の事件から数日後、後宮の空気は以前よりも張り詰めていた。小さな毒や疫病騒動は収まったものの、紗凪の目には見えない糸が後宮全体に絡みついていることがわかっていた。
ある夕刻、侍女長が急ぎ足で紗凪を呼ぶ。
「紗凪様、殿上人の一人が不審な行動をしています。早く来てください」
紗凪は薬袋を手に、廊下を進む。扉の向こうには、冷徹な殿上人――理知的な微笑を浮かべながら、何かを探るような手つきで書類をめくる姿があった。
「この薬袋の使用状況を確認していたのですか?」
紗凪は静かに問いかける。
殿上人は一瞬目を細めたが、すぐに平静を取り戻した。
「職務です。宮中の安全を守るためには、細かい確認も必要でしょう」
紗凪は内心で観察する。指先の微かな震え、呼吸の変化、視線の微妙な逸らし方――すべてが、ただの確認ではないことを物語っていた。
その夜、紗凪は紅楼の書庫で薬帳と資料を並べ、推理を進める。
「小さな毒、疑似疫病、そして紅楼での発作……すべてが同じ人物の影を通じている」
彼女は紙片に線を引き、可能性を一つずつ消していく。
翌朝、紗凪は宮女から聞いた小さな噂を手掛かりに、再び紅楼を訪れた。
「殿上人が秘密裏に扱う薬袋は、特定の調合師しか触れられない……つまり、内通者がいる」
紗凪は静かに告げる。
「この後宮で起きる不審な事件、表向きの顔に惑わされず、細かい変化を見落とさないことです」
その言葉の意味を理解する者は少ない。だが、紅楼の奥に潜む陰謀の糸は、紗凪の鋭い観察眼によって、少しずつほどかれつつあった。
夜更け、窓辺に立つ紗凪。月光に照らされた紅楼の陰影を見つめながら、心の中でつぶやく。
「後宮は華やかに見えるけれど、影の中では命を脅かす者たちが動いている……」
小さな毒を扱う薬師として、そして冷静に人を観察する女として、紗凪は決意を新たにした。
「私が真実を見抜く――薬と観察と、私の選択で」
紅楼の静寂を破るのは、まだ誰にも見えない暗い影だった。




