第2話「疫病と仮面」
都入りから数日、紗凪は後宮の生活に少しずつ慣れていた。屋敷の廊下は静かだが、すれ違う宮女や殿上人の目には、常に何かを測る光が潜んでいる。小さな毒の事件が解決したとはいえ、後宮は決して安心できる場所ではなかった。
その日の朝、侍女長が紗凪を呼んだ。
「紗凪、急ぎの調合です。皇后陛下の近習のひとりが高熱を出しました。診てもらえますか」
紗凪は薬袋を肩にかけ、宮中奥へと進む。到着した部屋には、蒼白な顔をした少女が横たわっていた。見た目は二十歳前後、普段は明るい笑顔を振りまく宮女だという。
「症状を教えてください」
紗凪は手早く熱を測り、脈をとる。手触りから異常を察知する。
「ただの風邪ではありません。微熱の下に、血液中に小さな炎症が進行しています。接触した者にも広がる可能性があります」
侍女長は顔を曇らせる。「まさか、疫病……?」
紗凪は静かに首を振った。「急性の感染症ではない。誰かが意図的に混入した薬草の可能性があります。過去に似た症状が出た宮女はいましたか?」
調査を進めるうちに、同じ薬を使った別の宮女も同様の症状を訴えていたことが判明。さらに、使われた薬袋には小さな印――見慣れない紋章が刻まれていた。
「これは……殿上人の一部が密かに使う薬袋と同じ紋です」
紗凪は自分の中で仮説を組み立てる。
夜、紗凪は再び薬草を確認しながら思った。
「後宮の中に、仮面をつけた者たちがいる――表向きは従順な顔、裏では意図的に病を広げる者」
翌日、紗凪は症状の出た宮女を隔離し、適切な解毒薬と養生法を施した。症状は徐々に治まり、疫病の広がりは防がれた。しかし、解決の裏には見えない力が蠢いている。
その夜、紗凪は天井を見上げながら小さくつぶやく。
「ただの病ではない。これは試されている――後宮の誰かが、私を、そして宮中を」
薄暗い灯の下、紗凪の瞳は静かに光を帯びた。
「薬師としてできることは、まだ始まったばかりだ」




