病室の元カノ
結論から言うと、香織は生命を取り留めた。
香織父からそう知らされた時には、俺もさくらも心底ホッとしたものだ。
香織父は高校時代の頃の厳しく高圧的な印象からは想像もつかないぐらい弱々しい声で、香織が俺とさくらに会って話したい事があるので、少しの間でいいから時間を作ってもらえないかと懇願され、香織の自殺の原因になったかもしれない俺にそれを断れる筈もなかった。
急遽スミレを財前寺家のメイドさん達に預け、俺とさくらは香織の入院している病室へ向かった。
車で送ってくれた権田さんは、多少香織の事情を知っているらしかったが、「瀬川様の口から直接伝えされたいとの事ですので私からは何もお伝え出来ず、申し訳ありません。」と苦しげな表情を浮かべていた。
そして、今――。
瀬川と書かれた病室の前で、俺は深呼吸をしていた。
「良二さん……」
「ああ……」
心配そうに寄り添うさくらに頷き、ドアをノックしながら、呼びかけた。
「石藤です。入室してもよろしいですか?」
「どうぞ」
室内から男性(恐らく香織父)の声がかかり、俺はゆっくりとドアを開けた。
カチャ……。
「「失礼します。……!」」
室内に入ると、ベッドに、パジャマを着た香織が青白い顔で横たわっており、その手首は、痛々しく白い包帯が厚く巻きついていた。
俺達が言葉を失っていると、室内にいた香織父が声をかけてくれ、パイプ椅子を出してくれた。
「やぁ。石藤くん、奥さんもよく来て下さりました。
忙しいところ、すまなかったね。元夫、白鳥の騒動に巻き込まれた時は財前寺さんに力になって頂いていたのに、またこんな形で迷惑をおかけしてしまって、申し訳ない……」
「「い、いえ。とんでもないです……」」
記憶にあるかつての香織父の厳しい雰囲はなく、銀髪が増え、憔悴した様子の彼に深々と頭を下げられ、俺とさくらは慌ててブンブンと首を振った。
「あの……。これ、私達からとさくらの父から預かって参りました」
「こちらもお邪魔にならなかったら良いのですが……」
「ああ。お気遣いすみません。家内も家で伏せっているもので、色々気が回らなくて、申し訳ない。」
俺がお見舞い、さくらが花を差し出すと香織父は疲れたような笑顔でそれを受け取った。
「ええと……。香織さんの容態は、どうですか」
「ああ。かなり深く切ってたが、発見が早かったので、生命に別状はなく、手術も上手くいったよ。少し麻痺は残るかもしれないが……」
「「……」」
恐る恐る聞いたものの、恐らく神経を傷つける程の深い傷を負い、後遺症が出るかもしれない状況で、よかったとも言えず、俺達がかける言葉を見つけられないでいると、香織父は、香織の肩に触れて呼びかけた。
「香織。石藤くんと、奥さんが来てくださったぞ」
「っ……。あっ……?」
「「……!」」
香織はゆっくり目を開けると、俺とさくらと目が合うと、小さく声を上げ、ゆっくりと身を起こした。
「あ……。ごめんなさい……。鎮痛剤打った後、眠くなっちゃって……」
そう言うと、香織は弱々しい笑顔を浮かべた。
「石藤くん。さくらちゃん。来てくれてありがとう……」
「瀬川さん……」
「香織さん……」
俺達の視線を感じたのか、左手首の包帯を右手で覆うと、香織は気まずそうに笑った。
「えっと……。コレ、びっくりさせちゃったよね。石藤くんには先週、あんな失態を見せた後だったから、余計に……。
でも、あの時の事は全然関係ないの……。寧ろ、あの時の事があったから、反省して前向きに生きなきゃいけないって思ってたぐらいだから……。
コレはそのせいじゃなくて、その……。」
香織は目を伏せて、自分が自殺未遂に至った経緯を話し出した。