仲間①
『異世界は均衡に保たれている…これを覚えとけば、あんたでもなんとか生き残ることができるわ』
「―――――いう…ことだ」
均衡に保たれているを変換するとバランスがとれているということになる。
魔法を操れる者でも、どんな凶悪なモンスターでも転生者にも何かしらと弱点ということか?
それは、単なる物理的な弱さだけではなく、何か根底に流れる法則や仕組みの存在を示唆しているのかもしれない。
…まぁいい。いずれ分かる事になるだろう。
「…それにしてもひどい部屋だ」
思わずつぶやいた。
私が転生した場所はまるで廃墟のような場所だった。というより廃墟なのかもしれないが。
古びた木製の扉。塗装は剥がれ落ちて、錆びた取っ手がむき出しになっている。
そのすぐ横には空っぽの木製の本棚があった。ほこりが積もっていて、長い間使われていなかったことが一目でわかる。
私のすぐ後方にあるベッドはまるで攻撃を受けた船のように所々穴があった。
そして窓は、木枠が錆びつき、ひび割れたガラス越しには、柔らかな陽光が差し込んでいる。
外の景色は、青空に白い雲がゆったりと流れ、遠くの木々は新緑の葉を揺らしている。
幸いまだ昼間のようだ。
なぜこんな場所にアイツは転生させたのか分からないが、まずは一旦ここから出るとするか。
こんな取っ手、触るのすら気にひけるが…しかたない。
『わ……よ……な……わけ』
なんだ?何か音が聞こえる。これは床の軋む音。徐々に近づいてきている!
『はぁ~、やっと終わったわね。まさか一日もかかるとは思わなかったわ』
『お前なぁ、なんであんな戦いをするんだよ。あんときサイラスが助けてなかったら死んでたんだぞ』
『私もアンの戦い方は見直すべきだと私も思うな、メイもそう思うよね』
『……どっちでも』
まさか、ここは人が住んでいるのか!
こんな廃墟のような場所に、誰かが住んでいるとは…
窓から逃げようとしてもここはおそらく三階だ。そして地面はコンクリートでできている。
高い確率で骨折、下手したら死ぬ場合もある。
クッソ!徐々に足音がこちらに近づいてきている。
一人なら何とかなるかもしれないが、会話や足音の感じからして、少なくとも四人はいるようだ。
男は一人、女は三人。声の感じからして、男は20代後半、女は10代後半が3人といったところだろう。
ただ、ベッドを見ると、ここは一人部屋だ。
最悪、女なら何とか対処できるかもしれない。
だが、もし相手が魔法とやらを使ったりしたら、さすがにまずい。
机の上にはナイフがある……どこかで見たことがあるが…ナイフなんてどこにでもあるか。
護衛用として持っておくか。…だが、武器を持つのはまずい。
全く知らない奴が自分の部屋でナイフを胸ポケットにしまっている状況など一発アウトだろう。
だがまだ別の部屋という可能性はある。
それにしても日本語で話しているじゃないか。
これはかなりの朗報だ。
挽回のチャンスはまだ残されている。
『んじゃ、また明日』
この声は男。恐らくこの部屋の二つか三つ隣の部屋だ。
ならばこの部屋が使われている可能性は大!
まずいぞ…どうする。
『…おやすみ』
隣の部屋だ。
この部屋は確実に使われている!
「ふぁ~、んじゃおやすみ」
「うん、おやすみ」
殺すか? ダメだ!異世界の法律は知らないが、殺害は一発アウトだろう。
もう開けられてしまう!
クッ、ダメだ。もうアレをするしかない!異世界で通用するかは不明だが!
賭けろ!木場頼蔭!
キーッ
「…だ、誰よ!? アンタ!?」
クソ土下座は効果なしだったか!
乗り切るしかない!
私の紳士の仮面で!
イメージしろ、いつもの如く!
弟ができた兄のように、孫ができた爺のように、入学したばかりの生徒を迎える教師のように。
紳士のように対応しこの詰みという状況を逆転してやる!
「アンタ誰よ! まずなんでここに居るのよ! 私の部屋なんですけど! なに!! 泥棒!!! あいにく私の所持金は200Zしかないのよ! 帰れ! 帰りなさいよ!」
「…ちょっと! そんな物なげn痛い痛い、ちょ、ちょっと話をしよう、話を!」
このガキ…石を投げてきやがった。
私の本能が咄嗟に働き、腕をクロスさせて頭を守るように前に出した。
なんで室内に石なんか持ってくる必要があるんだ!
これも魔法とやらに使うのか!
だが、単純に物理で押し切っている!
というより200Zとはなんだ!
この世界の金の単位なのか?
「おい、どうかしたかぁ―――――って誰だよ! コイツは!」
「アンの彼氏…はないよね」
「…うるさい」
しまった…全員きてしまった。
男と無口な女は腰にナイフを携えているが、まだ抜く様子はないようだ。
コイツ等は私を殺すつもりはないようだ。
だが警戒心はにじみ出ている。
それはそうだ、私だって自分の部屋に誰か知らない奴が居たら警戒する。
だが、乗り切るぞ…逆転だ。逆転してやるこの状況を。
「ハァハァ…どうしよう、もう投げる物がないわ…魔力もほとんど使ったし…エルロンどうにかしなさい」
「う~ん、そこの奴も戦う気はないようだし、話くらい聞くべきじゃないか?」
エルロンとかいう奴! コイツは話がわかるようだな!
立ち上がろうと思ったが、まだアンという女が地面に落ちている石を拾って私を睨んでいる。
それにしても、コイツ等全員私と同じ顔立ち…アジア系じゃないか。
転生者も日本人と考えると探すのがかなり面倒になるな。
「アンタ正気!? 泥棒よコイツ!」
「話だけだ! 話だけ!」
何だこの男さっきから私をずっと庇うような立ち回りをしている。
だが都合がいい。このまま押し通してもらおう。
「…話だけね。分かったわよ、そこの泥棒! 感謝しなさいよ! 話を聞いたらあんたなんかすぐに出て行ってもらうからね!」
「…ありがとう…泥棒じゃないけどね」
「解決したなら…寝る」
そういって紫髪の無口の女は私の視界から消えた。
自室の部屋に戻ったのだろう。
アイツは私が嫌いなタイプだ。
コミュニケーション能力が欠けている奴はどんな対応をすればいいのかが分からないからだ。
「はぁ、分かったよ寝とけ、寝とけ。俺たちはこのイケメンさんの事情を聞いて寝るとするよ」
「それって私も!?」
「当たり前だろうが、なんでお前の部屋にいたのに俺とサイラスが聞くんだよ」
「アハハ、私もなんだ」
「そりゃ、我がパーティーの団長様ですから」
なるほどこの金髪がリーダーなのか。
確かに、あの無口な女と私に小石を投げてきたガキ、そして少し抜けているこの男よりかは優秀そうだ。
「んじゃ、話を聞かせてもらいますよ、イケメンさんよぉ」
「イケメンさん…嬉しいけど僕には木場頼蔭という名前があるからそっちで呼んでほしいかな」
「…キバ・ヨリカゲねぇ」
「…どうかしたかな」
「…お前名ってどっちだ?」
「姓はキバで名はヨリカゲだよ」
「…へぇ、珍しい名前だな」
なぜ…なぜそれを聞く必要があった。
…そうか、転生者は異世界人と違い名前の構造が違う。
私は姓から名前だがコイツ等は名から姓だ。
もしも転生者たちの特典がこの世界の科学や文明を凌駕するほどの力を持っているのなら、コイツは私のような転生者を探している可能性がある。
コイツが転生者という存在を知っているとは思わないが、勘づいているんじゃないか。
…まぁいい、今考える事ではないか。
「まぁ次は俺たちの番だな。コイツの名前はアン・レイス、俺はエルロン・ブライト、エルロンでいいぜ」
エルロン・ブライト。
特に顔だちも良くも悪くもない。身長は165センチ程。髪は自然な茶色で、特に派手さはないが、手入れをしているのか、髪がサラサラだ。目はやや細めで、落ち着いた色合いの茶色。肌は健康的な色で、特に目立つ傷や傷跡もない。服装はシンプルな戦闘用の軽装で、動きやすさを重視したるのだろう。
ゲームや漫画などで見る盗賊のような格好だ。
「なに私の名前まで教えてんのよ!」
そして私に小石を投げてきたクソガキ…アン。
コイツは、まぁ一言でいうとガキだ。身長はおよそ140センチほど。髪は長く、淡い青色で、軽くウェーブがかかっている。前髪はやや不揃いで、目にかかるくらいの長さだ。大きな瞳は澄んだ青色。
コイツの点数はだいたい決まっている。
「アハハ、私はサイラス・ヴァレン…サイラスと呼んでね。さっきの紫髪の無口な女の子はメイ・ネラ…メイって呼んであげてほしい」
このパーティーの団長サイラス・ヴァレン。
彼女は身長は約160センチ程で、スレンダーながらも引き締まった体つきを持つ。長い金髪は柔らかく流れ、肩まで垂れている。瞳も金色で、澄んだ印象を与えつつも、どこか神秘的な雰囲気を漂わせている。顔立ちは整っており、優雅なラインの鼻と、少し厚めの唇。服装は、魔法使いらしいローブや長袖の衣装を身にまとっている。
この格好は魔法使いなどだろう。
「ん~じゃあ、ヨリカゲよろしくね!」
「ちょっとサイラス! 何がよろしくよ! 私は泥棒なんかと仲良くしたくないんですけど!」
「はぁ、お前ちょっと黙っとけて。…よろしくなキバ」
「よろしく」
コイツ等と仲良しこよしする時間は惜しいが私の安泰な生活のためだ、仕方ないとするか。