表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さとり様シリーズ  作者: さとりたい
『さとり様、感情バグってます!』
7/9

『さとり様、感情バグってます!』第6話「ただ、あなたの詩を聞いていた」 (天上道|幻想詩空間・輪廻終章)

---


ここには、かたちがなかった。

音も、香りも、重力も。

呼吸すら必要ないのに、それでも胸が苦しくなるような場所だった。


記録も残らず、記憶も曖昧で、

それでも――感情だけが、確かにここにあった。


私は、ここにいた。

名も、姿も、声もなく。

ただ、流れてくる“詩”を、聞いていた。


 


風が吹く。どこからともなく、淡く、心を撫でるように。

その風に混じって、ことばがひとつ、運ばれてくる。


――「君の声は、まだ、ここにある」


声ではない。

けれど、確かに“伝わる”温度があった。

それは詩だった。形にならない感情が、私の中で微かに揺れた。


私は、その詩を――知っていた。

懐かしいと思った。

いや、それ以上に、“愛おしい”と、思ってしまった。


 


思い出す。

でも、それは記憶ではなかった。

輪廻の途中で置き去りにしてきた、感情の“かたち”。


 


学園の廊下。

「うわ、目合った。好きかも」

唐突に告げられたひとことで、私の心拍数が跳ねたあの日。


監視区画の静寂。

「恋をする自由は、心にだけ許されてる」

摘発できなかったあの夜の、苦くてあたたかい痛み。


ステージの光。

「その顔、ステージで見せろよ」

照れくさくて、嬉しくて、でも顔を上げられなかった私。


戦場の熱。

「お前の涙が、似合わない」

命令違反のくせに、真っ直ぐで、ずるい彼。


記章保管室。

「お姉ちゃん、また明日ね」

記録の中で繰り返されたその声が、どうしても消えなかった。


 


それぞれ違う顔、違う名。

けれど、すべて、彼だった。

私は、ただ――恋されて、返せずにいた。


 


詩がまた、風に乗って届く。

それは返事ではなく、祈りのようだった。


「君に届いたなら、それでいい」

「君の声に、僕が気づけたなら、それでいい」

「君が、君のままでいられたなら――それでいい」


 


涙が落ちる。

身体も涙腺もないはずなのに。

それでも私は、確かに泣いていた。


そうか、これが、恋だったんだ。


誰かに求められて、戸惑って、照れて、怖くて。

それでも、私も、誰かを好きだった。

ただ、素直になれなかっただけ。

本当は、ずっと――応えたかった。


 


だから私は、今ここで、はじめて詩を返す。

恋されるだけじゃなく、恋をする者として。


声にしない、でも確かに存在する詩を。

私から、彼へ。


 


「わたし、ずっと聞いてたよ」

「何度でも恋をする。あなたに、出会うために」

「だから――

 次に会えたら、今度は、私から声をかける」

「名を呼ぶよ。ちゃんと、あなたの名を」


 


詩が、風に乗って溶けていく。

空間がゆっくり光に満ちていく。

これは終わりじゃない。

私はまだ――


 


……それでも、また世界は巡っていく。


もしかしたら、次は別の時代かもしれない。

戦火の空の下か、星々が沈む水の底か。

それでも私は、恋をする。

恋されるんじゃなくて、恋をする。


今度の私は、もう逃げない。

詩に閉じこもるのでも、記章に託すのでもなく、

自分の声で、まっすぐに名前を呼ぶ。


たとえそれが、あなたじゃなかったとしても――

私の中の“あなた”が、きっとその声に応えてくれると信じて。


 


「……待っててね。

 でも今度は、ちゃんと、私が探すから」


 


 


――詩は還る。輪廻の先に、恋のはじまり。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ