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さとり様シリーズ  作者: さとりたい
『さとり様、感情バグってます!』
6/9

『さとり様、感情バグってます!』第5話「記章に、あの声がいた」 (人間道|記録都市・再会編)

---


記章管理室。そこは、過去の“声”だけが保存される場所だ。


「――本日も異常記録、ゼロ件。感情制御、正常動作を確認しました」


私は、静かに報告書を送信する。無感情で、正確に。

そう、私は制御官。個人の記章データを取り扱う立場として、感情の揺れなど許されない。


「お疲れさまです、アマネさん」


その声が、響いた瞬間。

思考に一瞬、ノイズが走った。


顔を上げると、そこにいたのは――

少し寝癖の残る髪、淡い色の研究着。手に記章ケースを持った青年だった。


「ナオ、です。配属、今週からになりまして」

「……存じております。業務内容はご理解済みかと」


きっちりと返すつもりだった。なのに、声が、わずかに震えていた気がする。


初対面のはずなのに、心拍数が――

……上がってる?


《※警告:感情制御値 0.06 超過》

脳内に埋め込まれたシステムが即座にアラートを発する。

私はそれを無視し、目を逸らした。


「……あなたのような方が記章保管を担当するとは、予想外です」

「え? そんなに変ですか?」

「変ではありません。……ただ、少し、雰囲気が違うだけです」


違う。けれど、なぜか――懐かしい。

いや、それはおかしい。そんな感情、私は――


その瞬間。

隣の端末から、音声ファイルが自動再生された。


《――お姉ちゃん、また明日ね》

 


音が止まった時、空気が凍った。


ナオが驚いた顔でこちらを振り返る。

私は、目を見開いたまま動けなかった。


「……あれ? 今の……俺の、声?」


「……記章管理室のセキュリティ設定を見直します」

そう返すのがやっとだった。けれど、その手は、なぜか震えていた。


す、すみません。なんか、今の……俺の古い記章かも」


ナオが慌ててログを確認する横で、私は必死に呼吸を整えていた。

平静を装う。これは異常事態ではない。業務上の、偶発的な出来事――

……であるはずなのに、どうして。

さっきの声が、まるで、私にだけ届いたように思えたのだ。


「……いえ。問題ありません」

「でも、あれ、たしかに……お姉ちゃんって、言ってましたよね?」


その言葉に、再び鼓動が跳ねる。


「っ、記章には、様々な誤記録が混在しています。正式な分類がされていなかっただけで……」

「でも、なんか、不思議ですね。俺、誰かにそんなふうに呼びかけた記憶ないんですよ」


記憶が、ない――?


「でも、その“誰か”を呼んだときの気持ちは、なんとなく覚えてるんです。

なんか、あったかくて、頼りたくて……。その人に会えたら、たぶん俺――また“お姉ちゃん”って呼ぶと思う」


そう言って、ナオは笑った。

やわらかくて、眩しくて。

ああもう、なんでそんな顔するのよ。


「記録に基づかない発言は控えてください。職務中です」

「……すみません」


咄嗟にそう返したけど、胸の奥がずっとざわついていた。

記憶がないくせに、あんなふうに笑うなんて。

その声が、私の中に“記章”として残っているなんて――。


これはただの記録。データの偶然。

感情なんて、揺れるだけ無駄。……なのに。


《※感情制御値 0.09 超過》

KANONの警告が再び表示される。


視界が滲んだ。

それが、涙だと気づくまでに、ほんの少し時間がかかった。


 


記章保管室の奥、誰も来ない静かな端末の前で。

私は一人、音声記録装置のスイッチを入れる。


「……職務上、非推奨行為ですが」


記章に、声を残すこと。

私個人の感情を、記録媒体に書き込むなんて、制御官としてはあり得ない。

でも。


「ナオ。あなたが忘れても、私は覚えてるから。……バカ。二度目も“偶然”なんて言ったら、ほんとに怒るんだから」


録音を止めて、そっと再生してみる。

私の声が、端末から響いた。


《……バカ。二度目も“偶然”なんて言ったら――》


「っ、やっぱり、やめとこ。これは、保存しない。……たぶん」


 


私はその場に、データを残した。

誰がいつ再生するかもわからない。

でも、それでも。


“あの声”が記章として私に残っていたように。

今度は――

私の声が、誰かの中に残ればいいと思った。


 


その誰かが、また、私を呼ぶ日が来るとしたら。

……次は、“お姉ちゃん”じゃなくて、

ちゃんと、私の名で呼んでよね。


……バカ。


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