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さとり様シリーズ  作者: さとりたい
『さとり様、感情バグってます!』
3/9

『さとり様、感情バグってます!』 第2話「この詩、違反です」 (餓鬼道|恋愛禁止区画)

「さとり様」――それは、感情を捨てた者への称号。 静かで、完璧で、誰にも心を乱されない存在。

「感情? 監視する対象ですけど、何か?」


 第九管理区画。ここではすべての感情がデータ化され、制御対象となっている。とりわけ“愛情”と名のつくものは、最も強く、最も危険な揺らぎとされていた。私は、その感情を監視し、摘発する干渉官──通称“さとり様”。


 その日、警報が鳴った。恋愛反応値、0.41。微細ではあるが、規定を越えた。  発信源は区画A-5。廃ビルの陰、風の通る細い路地。そこに、ひとりの少年がいた。


『恋をする自由は、心にだけ許されてる。──けれど、声に出すことを、誰が禁止できる?』


 聞き取った瞬間、頭の奥で何かが跳ねた。  詩的構文。干渉波含有。確かに違反だった。なのに、私はその場で摘発を行わなかった。


 ──翌日、またその路地へ足が向いた。


「また来たの?」  彼はそこにいた。笑って、少しだけ目を細めて。


「君に会いたかったから。……詩を、聞かせたかった」


 端末の心拍ログがわずかに跳ねた。そんなことでは動揺しないはずだった。


『きみの歩幅を 覚えた足音がある。  知らないふりして ずっと重ねてきた。  ばれたくなかった、けど  そろそろ 名前で呼んでもいい?』


(ばか。どこまでが詩? どこまでが──わたしに、向けて?)


 その日以降、私は何度もその路地へ通った。巡回という名目で。違反確認という名目で。  彼は詩を紡ぎ続けた。


 けれど、ある日。彼は、ふっと表情を変えた。


「ねえ、アマネさん。……やっぱり詩って、まずいんだよね?」 「当然です。記録対象です。摘発対象でもあります」 「そっか。……わかったよ、やめる。捕まりたくないからね」


 そう言って、彼はふっと笑った。


「代わりにさ、今日は詩じゃなくて……散歩、どう?」


 私は応じる理由がなかった。なのに、うなずいてしまった。  それからの数日、彼は詩をやめて、代わりにいろんな話をした。  どうでもいいことばかり。食べ物の話。夢の話。昔のこと。くだらない冗談。


 私は、初めは興味もなかった。けれど、気づくとその声のテンポに慣れていた。  “詩”よりも、もっとずっと近くに、彼がいる気がしていた。


(……これが、普通の会話。そう、違反じゃない。ただの雑談) (でも──なんで、明日も会えるかを考えてしまうの)


 そして。  その“明日”が、来なかった。


 その日、いつもの場所へ行くと、彼はいなかった。  次の日も、またその次の日も。ずっと、いなかった。


(詩をやめたから? 捕まった? それとも、逃げた?)


 気づけば、私は毎日同じ時間にA-5を歩いていた。  理由はもう、なかった。ただ“いたい”と思った場所にいた。


 七日目。  風にめくれる紙片が、電信柱に貼られていた。  少し色あせた、手書きの紙。


『君のなかに涙があるなら、それはもう、愛だと思っていいんだよ』


 その瞬間、胸の奥でなにかが崩れた。


(これは……違反じゃない。けれど、取り締まれない。もう、遅い)


 涙をこらえようとした。けれど、目元がじんわりと熱くなる。


(彼の詩じゃない。ただの手紙。それなのに……こんなに)


 私は知ってしまった。感情とは、記録できないものだということを。  そして今、この涙が、それを証明していることも。


 端末は何も記録しない。けれど、私の中には、彼の声が残っていた。


『アマネさん。また、いつか』


(……会いたい。今度は、詩じゃなくて、名前を──)


(第2話|終)


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