5話。モブ皇子、帝国最高の大魔導師から神話の怪物と評価される
目の前にいるのは、未来において俺の大好きなルーナ母さんを殺し、妹ディアナを戦争の道具として使った挙げ句に裏切る男だ。
俺たちが生まれてから、一度も顔を見せていなかったのに、何をしにやって来たんだ?
「貴様、余に対し、なんだその目は……?」
敵愾心が溢れ出てしまったのか、皇帝アルヴァイスは訝しげな顔付きになった。
「ルーク、ディアナ、控えなさい! あなたたちのお父様──皇帝アルヴァイス陛下よ」
その背後から血相を変えた母さんが飛び出してきた。
俺たちは父と対面したら、跪いて、あいさつをするように厳しく教えられていた。
万が一にも、父の機嫌を損ねるようなことがあれば、たとえ実の子であろうとも、何をされるかわからないからだ。
親子というより、支配者と奴隷の関係だな。
「ご無礼、平にお許しください。突如、魔物に襲われ、気が立っておりました」
俺はその場に片膝をついて頭を垂れた。
ルーナ母さんから礼儀作法については、徹底的に躾けられていた。
「お初に御意を得ます、皇帝アルヴァイス陛下。ダークエルフの王女ルーナの長男ルークでございます。こちらは、妹のディアナです」
「デ、ディアナです」
ぎこちないながらも、ディアナも俺にならう。
「ほう? 躾はできているようだな」
皇帝は、小さな感銘を受けたようだった。
「今の魔法を使ったのは、ルークお前か? この堅固な牢獄塔を一撃で破壊するほどの威力。我が親衛隊にも、これ程の使い手はおらぬぞ!」
「それは……」
俺は返答に困った。
俺に魔法の才があるとなれば、皇帝は俺も戦争の道具にするだろう。
母さん同様に、魔法を封じる拘束具を付けられて飼い慣らされるようなことになったら、母さんを暗殺者から守ることはできなくなる。
できれば、俺の実力は隠しておきたい。
「お待ちください、陛下。それはさすがに有り得ぬかと。今のは巨大な闇属性の魔刃でございました。おそらく、この部屋の番人であるアークデーモンの放った魔法であるかと……」
扉からもう1人、初老の男性が入ってきて告げた。紳士然とした品の良い風貌の男だ。
彼にも見覚えがあった。皇帝の懐刀である大錬金術師サン・ジェルマン伯爵だ。
回想シーンにしか登場しないが、この世界の魔法の発展に大きく貢献した伝説的人物であり、ゲーム中にときどき名前が出てきた。
「そうか、サン・ジェルマン。だが、それならば召喚されたアークデーモンがおらぬのは、どういうことだ?」
「……確かに不可解に存じますが。私が仕掛けたアークデーモンの召喚魔法陣が、消滅させられております。それで、アークデーモンは地上に顕現できなくなったのでしょう」
サン・ジェルマン伯爵は、天井を見上げて分析を口にした。
「ちがうよ。出てきた悪魔は、お兄しゃまが【闇刃】で、ズバッと斬ってやっつけちゃったんだよ!」
「控えなさいディアナ!」
「むぐぅ……!?」
母さんがディアナに駆け寄って、その口を慌てて塞いだ。
「お許しください、陛下。この娘はまだ幼く、物の道理がわかっていないのです」
必死に頭を下げる母さんは、相当に皇帝アルヴァイスを恐れているようだった。
「はははっ、ディアナ皇女。兄君がいかに強大な魔力を持っていようと、【闇刃】のような最下級魔法で、アークデーモンを斬れる訳がございません。悪魔は、そもそも闇属性に強い耐性がありましてな」
「ホントだもん!」
「ディアナ!」
「うっ……」
母さんが叱りつけたので、ディアナは大人しくなった。
……うん、あれ? これは俺にとって好都合な展開じゃないか?
あちらが俺の実力を勝手に誤解し、過小評価してくれるなら、それに越したことはない。
俺は頭を下げて、沈黙を保つことにした。
「しかし、アークデーモンが召喚されるほどの何らかの攻撃魔法が使われたのは、事実でありましょう」
「ふむ。状況を整理すると……この牢獄塔を破壊するに足る魔法をこの子らが使い、その結果、アークデーモンが召喚され、さらにその召喚魔法陣を、この子らが破壊したということか……?」
「はっ、陛下。まことに有り得ぬ、信じられぬことではございますが。状況から考えるに、それが真実でありましょう」
皇帝の考察に、サン・ジェルマン伯爵が頷く。
どうやらディアナの|【天を飲み込む黒い月】《ギンヌンガガプ》が、召喚魔法陣も破壊していたようだ。
「ただ、召喚魔法陣を破壊しても、すぐにアークデーモンは消滅せぬ筈なのが、不可解ではありますが……それにかの使い魔が、これほどの魔法が使えたというのも少々意外ではあります」
「ふむ。ではディアナの言う通り、ルークがアークデーモンを倒した可能性は? それならすべてに説明がつく」
「陛下、この場のアークデーモンは、ダークエルフの精鋭がルーナ妃殿下を奪還しに来ても撃退できるように、私自らが仕掛けたモノでございますぞ」
サン・ジェルマン伯爵は、教え子を優しく教え諭すかのように告げた。
「5歳児が、我が使い魔を倒すなど。天地がひっくり返っても絶対にあり得ませぬ。もし、ルーク皇子が成し遂げたのなら……皇子の才は神話級の怪物と言えますな」
たちの悪い冗談とでも言うように、サン・ジェルマンは笑い飛ばした。
「……1000年の時を生きる不死者のおぬしが言うのであれば、間違い無いか」
皇帝は納得したようだった。
サン・ジェルマンは不老不死の秘術を完成させ、1000年以上もセレスティア帝国に仕えていた。
故に、その言葉には重みがあった。
「ご明察の通りです。魔物に襲われ、慌てて召喚魔法陣を攻撃して消して、難を逃れました」
俺はすかさずサン・ジェルマンの言葉に便乗した。
ディアナの固有魔法|【天を飲み込む黒い月】《ギンヌンガガプ》についても、今はまだ伏せておいた方が良いだろう。
ラッキーなことに、サン・ジェルマンのおかげで、実力バレすることなく、なんとかこの場を乗り切れそうだ。
そう思ったのも束の間……
「ふむ、やはり……」
サン・ジェルマンと皇帝が興味深そうに俺を見つめた。
「ルーク皇子は、人間よりはるかに強大なアークデーモンに襲われながらも、そのような冷静な対応ができたということですな?」
「勇敢、などという言葉では片付けられぬな。余に対しても物怖じしておらぬし……コヤツは戦士として、相当な才能があるようだ」
「そうだよ! お兄しゃまはあの怖いのをやっつけて消しちゃったんだからぁ!」
ディアナが誇らしげに叫ぶ。俺を正当に評価して欲しいという気持ちからなんだろうが、今は大人しくしていてもらいたい。
サン・ジェルマン伯爵は、はやる気持ちを抑えきれない様子で皇帝に迫った。
「陛下、やはり今すぐルーク皇子とディアナ皇女の魔法の才能を調べる【鑑定の儀】を行いたいのですが、よろしいでしょうか?」
な、なに、まさか、それを目的としてやってきたのか?
「お待ち下さいサン・ジェルマン様。【鑑定の儀】は、6歳を過ぎてからです。あまり早期に行うと、魔力暴走を引き起こす危険があると……!」
母さんは制止しようとしたが、皇帝アルヴァイスは期待に目を輝かせた。
「良い、許す。すぐに始めろ。余は、こやつの……ルークの力を知りたい!」
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