40話。モブ皇子は予言の魔王となって皆を救う
「なに……?」
今までとは180°異なるヴィンセントの態度に、俺は戸惑ってしまう。
しかも、かなり気になる言葉を吐いた。
「俺が『予言の魔王』だと?」
「はっ! 左様でございます。御身こそ、予言に有りし世界の真の支配者!」
は、話について行けないのだが……
コイツは一体どうしてしまったんだ?
「100年前に魔族の巫女によってなされた予言がこざいます。『やがてダークエルフの王族より、世界の理を覆す偉大なる魔王が生まれてくる。その者によって、人と魔族は統一されるであろう』。御身のお力は、まさに世界の理を覆すモノ!」
「……そんな予言が?」
ゲーム中には出てきていない裏設定だった。
「って、お前が、母さんやディアナにこだわったのは、そのためかよ。ダークエルフの王族から、『予言の魔王』を誕生させようとしていたんだな?」
「はっ! 私がルーナ様を愛していたのは事実でございますが、人間に虐げれた我らダークエルフを栄光に導く救世主──偉大なる『予言の魔王』様の誕生こそ、我らの悲願でありました故に!」
母さんはそんな予言のことなんて、一言も言わなかった。
おそらく俺とディアナを魔王になんてしたくなかったんだろうな。
ゲーム中でディアナが、たった2年で魔族を統一できたのは、実力もさることながら、この予言のおかげか……
おそらくディアナがゲーム中では『予言の魔王』だと思われたに違いない。
となれば、これに便乗してしまうべきだな。
「そうだ。俺こそが、予言にありし魔王だ。俺は人間と魔族、すべての頂点に立つ。お前は俺に力を貸せ」
「おっ、おおおおっ! こ、光栄の至りでございます魔王ルーク様!」
ヴィンセントは感極まったように俺を見上げた。
俺が魔王になってしまえば、ディアナが魔王になる未来は完全に防げる。
ゲーム中で魔王ディアナが起こした人間と魔族の大戦争も起こらないだろう。そうなれば、ディアナが主人公に討たれる心配も無くなる。
ディアナを守るための最良の一手だった。
「では、まずはここに乗り込んできた人間どもをすべて血祭りに上げ、ルーナ様をお救いいたしましょう!」
「はぁ……?」
魔王の四天王になるだけあって、ヴィンセントはぶっ飛んだことを言ってきた。
こいつ、俺の今までの話を聞いていなかったのか?
「何度も言うが、ダークエルフは帝国に降伏する」
「は……っ?」
ヴィンセントは、呆然と目を瞬いた。
「だが、安心しろ。俺は皇子として、皇帝の座を目指す。魔王でありながら、人間の大陸統一国家の頂点に立つんだ。そして、すべてを支配する。ダークエルフは俺の野望のために働いてもらうぞ」
「……ま、魔王でありながら、大陸統一国家の皇帝! まさに予言の通り。ルーク様こそ、すべてを支配する偉大なるお方! 神の遣わした超越者!」
ヴィンセントは、深々と頭を下げた。
「その覇道のために、我らダークエルフ一堂、尽力いたします!」
正直、俺は覇道とかまったく興味は無いんだが……
しかし、ダークエルフが俺の手足となってくれるのなら、母さんの暗殺阻止は、より確実性を増す。
幸せな未来の創造に大きく前進だ。
「よろしく頼む。これはルーナ母さんの作った【上位回復薬】だ。これで怪我を癒すといい」
「ル、ルーナ様の【上位回復薬】!? 頂戴します! ははっ! 一滴残らず、頂戴いたしますぅううッ!」
【上位回復薬】の小瓶を渡してやると、ヴィンセントは大喜びで飲み干した。
……こいつが、母さんに未だに強い恋愛感情を抱いているのは、間違いなさそうだ。
母さんは永遠に美しい少女の姿をしているしな。
とりあえず、ヴィンセントは母さんとディアナには絶対に近づけないようにしよう。うん、そうしよう。
こいつにはダークエルフの管理、統率を任せて、宮廷には入れさせないようにするか。
人間の反発感情を考慮してとか、そんな理由を付ければ大丈夫だろう。
「……こ、これは一体? 何が起きたのですか、ルーク皇子?」
空を飛んでサン・ジェルマンがやって来た。
サン・ジェルマンは、ヴィンセントが俺にひれ伏している様を見て、目を白黒させている。
「サン・ジェルマン、戦いは終わりだ。ダークエルフは今後、俺の支配下に置くことになった。兵はすべて引き上げさせろ」
「なんですと……?」
サン・ジェルマンはあまりに予想外のことに衝撃を受けた様子だった。
だが、やがて極めて冷酷な目をして告げた。
「……私は皇帝陛下より、ダークエルフは皆殺しにしろという命令を承っております。残念ですが、その要求には従えません。その者が敵の首領ですかな? まずはその者の首をはねさせていただきましょうか?」
「父上には、その命令を撤回してもらう」
「……なに? それは本気で申されているのですか?」
サン・ジェルマンの眼光が険悪さを増した。
「当然だ。俺は帝国の第3位帝位継承権を持つ正統なる皇子にして、オリヴィア王女の婚約者。俺の背後には、マケドニア王国があることを忘れるな。ダークエルフは、俺の手駒にする!」
「ふむ……」
ことの顛末は、マケドニア王国にも伝わるだろう。
今はまだオリヴィアと正式に婚約した訳ではないが。王女を救出した恩人である俺を、マケドニア王が蔑ろにすることは有り得ない。
ならば、マケドニアと同盟を結びたい皇帝も、俺の要求を簡単には跳ね除けられない筈だ。
「再度お聞きしますが、ここで何があったのですかな? ルーク皇子が、ダークエルフの首領を一騎打ちで倒された?」
「何をバカなことを言ってるんだ。ヴィンセントを説得して、降伏を飲ませたんだ」
母さんの【上位回復薬】を飲んだヴィンセントの傷は、すっかり全快していた。
だから、この嘘は、まずバレないだろう。
ヴィンセントも俺の意を汲んでか、余計なことを言わずに黙ってくれていた。
サン・ジェルマンは俺を訝しそうに見つめる。
「……誓ってソレは本当でしょうな?」
次の瞬間、奴の身から、鬼気迫るオーラが放たれた。
窒息してしまいそうな威圧感に、隣のヴィンセントは気圧された様子だった。
「もちろんだ。何度も言わせるな。【闇刃】しか使えない俺に、そんなことができる訳がないだろう?」
俺はこれを涼し気な態度で受け流す。
おそらく、不意打ちで強い殺気を浴びせることで、俺に戦闘態勢を取らせて、俺の実力を推し量ろうとしたのだろう。
「……ルーク皇子のおかげで、オリヴィア姫だけでなく、帝国軍とこの私の命が助かったのは事実」
やがてサン・ジェルマンは、緊張を解いて朗らかに笑った。
「であれば、ルーク皇子の要望が通るように、私から陛下にとりなして差し上げましょう」
「ありがとう。助かる」
俺はほっと胸を撫で下ろした。
【空間転移剣】を使ったせいで、ごっそり魔力を消耗していた。
この状態で、サン・ジェルマンとやり合うのはさすがに危険だ。
「なにしろ、この私が不老不死でも何でもないことは、ザイラスを倒したルーク皇子には、すでにバレておりましょうからな? いやはや九死に一生を得ましたぞ」
「……ザイラスを倒した? はて、何のことだ?」
ザイラスを倒したのは、ガイン師匠だと報告していた。
だが、サン・ジェルマンはそのことを疑い、俺が気を緩めた瞬間に、引っ掛けを仕掛けてきたのだ。
「ふむ……あくまで惚けますか。まあ、良いでしょう」
サン・ジェルマンは片膝をついて、俺に平伏した。
「あなた様が、皇帝陛下と帝国に仇なす者で無い限り、私もあなた様の味方でありましょう。これからも、どうか帝国の栄光と繁栄のためにご尽力くださいませ」
「ああっ、よろしく頼むサン・ジェルマン。俺はやがて皇帝に──大陸統一国家セレスティアの頂点に立つつもりだ」
俺は皇子として、奴の臣下の礼を受け入れた。
「ほう。大陸統一国家セレスティアでございますか? あなた様の力でソレを成し遂げると?」
「もちろんだ。それが父上の望みでもあるだろう?」
もっとも目的は一見同じでも、俺と皇帝アルヴァイスが欲する物は、正反対だけどな。
皇帝アルヴァイスは家族を犠牲にして、権力を手中にしようとし、俺は家族を守るために権力を手中にしようとしている。
俺とあの男が理解し合える日は、この先も永遠に訪れないだろう。
「それは楽しみでございますな。帝国の永遠の繁栄こそ、私の唯一の望みでありますが故に」
サン・ジェルマンは、どこか遠い目をして告げた。
そう言えば、コイツは帝国が建国されてから今まで、1000年にも渡って帝国に仕えているんだよな。
「サン・ジェルマン、お前は一体、なぜそうまで、帝国に忠義を尽くすんだ……?」
皇帝がサン・ジェルマンを信頼しきっているのも、そのあたりに理由がある気がした。
できれば、この男をいずれ打倒する日が来た時のために、この男のことをより知っておきたかった。
「ソレは……」
サン・ジェルマンが言葉を濁す。
「ルークお兄様ぁああ! ご無事ですかぁ!」
そこに大声を張り上げたディアナがやって来た。
オリヴィアは帝国軍に引き渡してきたようだ。
「ここだ! 俺は無事だぞディア!」
「お兄様ぁ!」
俺はディアナと抱き合い、お互いの無事を喜び合った。
「……ご、ごめんなさいお兄様。オリヴィア姫に怒られて気づきました。お兄様は、あの男を警戒されていたんですね?」
ディアナはサン・ジェルマンを尻目に、俺にだけ聞こえるように耳元で囁いた。
「ディアは悔しくて、ついあの男にお兄様のお力について、ほのめかしてしまって……」
そうか。サン・ジェルマンが俺の実力に疑念を抱いていたのは、そのせいもあったか。
だけど、オリヴィアがフォローしてくれたおかげで、ディアナも致命的なことまでは言わなかったみたいだな。
「気にするなディア。今回のことで、俺の実力に勘付かれるのは、ある程度、覚悟していた」
俺はディアナを安心させるべく、頭を撫でてやる。
「……俺が奴より強くなれば、全部解決できることだ」
戦いに勝つ秘訣は、こちらの能力や弱みは明かさず、敵の能力や弱みについては知ることだ。
だが、そういった小細工が必要無いくらいに強くならなければ、結局、大切な者を守り切ることはできないと思う。
「あ、ありがとうございます! ディアはもうお兄様の足を引っ張たりしないように気をつけます! もっともっと、勉強して修行して、お兄様のお役に立てるようにがんばりますから……ど、どうかディアを嫌いにならないで下さい」
ディアナは涙目で俺を見つめてきた。
「……そんなことを気にしていたのか? 俺がディアを嫌いになることなんて、有り得ない。今回だって、オリヴィアを助けるために一生懸命がんばってくれたろ?」
思わず苦笑してしまった。
オリヴィアの救出は、きっと俺ひとりでは成し遂げられなかった。
ディアナが協力してくれたからこそ、破滅の運命を変えることができたんだ。
「俺はディアを頼りにしている。これからも、ふたりで力を合わせていこうな」
「は、はい! うれしいですお兄様!」
ディアナはパッと笑顔になった。
「じゃあ、母さんのところに帰るとするか」
「はい!」
俺は愛する妹と手を繋いで帰路についた。
「おおっ! ルーク皇子、ディアナ皇女、万歳!」
「オリヴィア姫の救出に成功しただけでなく、本当にお一人で崩落を止めてしまわれるとは……!」
外に出ると、全滅を免れた帝国兵たちが、俺たち兄妹を大歓声と共に出迎えた。
中には、感動のあまり泣いている者もいた。
「皇帝陛下のおっしゃられた通り、ルーク皇子こそ、まさに将の器! 我々はルーク皇子を誇りに思います!」
彼らは胸に手を当てて、俺に一斉に敬礼を送る。
それは俺を、自分たちの将として認めてくれた証だ。
「お兄様、やりましたね」
「ああっ……」
まさか、魔族の子として忌み嫌われた俺たちが、こんな喝采を浴びる日が来るなんてな……
「ルーク様、お帰りなさいませ!」
オリヴィアが、感極まって飛び出してきた。
彼女は人目も憚らずに、俺に抱擁してくる。
「わたくしはルーク様の勝利を信じておりました!」
本来は、ここで死ぬ定めであっただろうオリヴィアの温もりは、未来が確実に変わったことを、俺に実感させてくれた。
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