29話。モブ皇子は魔獣をテイムし、暗殺者を返り討ちにする
【アストリア皇子視点】
「か弱き女性を力ずくで手に入れようとは……あの男の息子なだけはあるな」
呆れ果てたと言わんばかりの声が降ってきた。
「ルーク様ではない……?」
オリヴィアが呆然と呟いた。
茂みから現れた黒尽くめの格好した男が、ルークと同じ【闇刃】を手に立っていた。
僕は激痛を堪えながら、男を見上げる。
こいつが、僕の右腕を【闇刃】で斬ったのだ。
ルークではなかったとしても、少しも安心はできなかった。
「……どなたかは存じませんが、ありがとうございます」
「姫よ、礼には及ばん。私もこの男と、似たようなモノだ」
男はゾッとするような冷たい声で告げた。
「て、帝国の第3皇子であるこの僕にこんな真似をして、タダで済むと思って……おごっ!?」
叫びの途中で、男は僕の頭を踏み付けた。
お、おかしい。この場は、オルレアン騎士団によって警備され、誰も入って来れない筈なのに……
「守るべき主君から離れ、警備もざる。やれやれ、これが帝国最強と名高いオルレアン騎士団とは笑わせる。帝都防衛に専念するようになって、質が落ちたか?」
「ま、まさか……?」
コイツは警備の騎士たちを突破して、ここに現れたのか?
いつの間にか、周囲を同じような黒尽くめの男たちに囲まれていた。
その肌は褐色で、長い耳が特徴的だった。僕は恐怖に縮み上がった。
こいつらは、ダークエルフ。かつて、帝国軍を壊滅寸前までに追い込んだこともある最強格の魔族だ。
「この場で、八つ裂きにしてやりたいところだが……お前は皇帝アルヴァイスへのメッセンジャー役だ。これで、ようやく我らの悲願が達成される」
「な、なに……?」
「父親に伝えろ。マケドニアの王女オリヴィアは、我らダークエルフが預かった。返して欲しくば、我らが王女ルーナ様を解放しろとな!」
次の瞬間、僕は頭を地面に強く叩きつけられて、気を失った。
※※※
【ルーク視点】
「まったく、オルレアン騎士団が手を焼いていたAランクの魔獣を瞬殺かよ」
ガイン師匠が肩を竦めた。
見上げるような巨体の犬型魔獣ヘルハウンドが、瀕死の状態で倒れていた。
ここは帝都近郊の森だ。
冒険者ギルドから、ガイン師匠に魔獣討伐が来たので、同行させてもらったのだ。
なんでも、帝都の守備に当たっているオルレアン騎士団に討伐を頼んだのに、まったく進展がなく、師匠にお鉢が回ってきたのだそうだ。
「ヘルハウンドは子供が大好物ですからね。俺を囮にすれば、簡単に仕留められると思っていました」
俺はヘルハウンドと出会い頭に、【巨人の大剣】を一閃して、打ち倒した。
狡猾な魔獣も、俺を獲物だと侮ったのが運の尽きだ。
「これで帝都の民も喜ぶだろうな……って、何考えているんだ!?」
俺が無造作にヘルハウンドに近づいたので、ガイン師匠は息を呑んだ。
獣は手負いの方が怖く、死体と化すまで決して油断はできない。
「そこで見ていてください。ダークエルフの種族特性として、魔物をテイムできるというのがあるんです」
ゲームで魔王ディアナが、たくさんの魔物を従えていたのは、この特性のおかけだ。
ダークエルフを仲間した状態で、魔物のHPを5%以下にすると、そいつをテイムすることができたんだが……
この世界でもうまくいくか試してみたかった。
「今回の目的は、コイツのテイムだったのか?」
「ええっ。ディアにできるなら、俺にもきっとできる筈」
俺は瀕死のヘルハウンドの頭を撫でてやった。
「ディアナ姫にそんなことできたっけか?」
師匠は首を捻った。俺の話は、未来の話だからな。
ヘルハウンドは、ぐるるる、と威嚇するような唸り声を上げる。
「俺に従って、もう人を襲わないと誓うなら傷を治してやる。俺を主人だと認めろ」
俺が威圧的に告げると、ヘルハウンドは怯んだように固まった。
奴は、しばらく目を泳がせていたが、やがて頭を下げた。
利口な魔獣だ。
ここで死ぬより、俺に従う道を選んだようだ。
「よ~し、いい子だ」
俺は懐から【上位回復薬】を取り出した。瓶の蓋を外してヘルハウンドの口に注いでやる。
「おっ、おいおい!?」
俺がヘルハウンドの口に手を突っ込んだのを見て、ガイン師匠が慌てふためいた。
だけど、傷を治すと宣言した以上は実行しなければ、コイツの信用を得ることはできない。
もし攻撃してきたのなら、【闇刃】で瞬殺するつもりだった。
それがいつでも可能であること。ヘルハウンドの生殺与奪の権利を、俺が握っていることを堂々とした態度で示す。
魔獣をテイムするコツは、ルーナ母さんから教えてもらっていた。わずかでも不安や恐怖を見せたら、相手を従わせることはできない。
「ぐぉおおん!?」
ヘルハウンドの傷が瞬時にふさがる。母さんの作製した【上位回復薬】はやはり効果抜群だった。
ヘルハウンドは歓喜して、俺の顔を舐めてくる。犬が人の顔を舐めるのは、敬意や愛情の表現だ。
「よしよし、すっかり元気になったな。身体が黒いから、今日からお前の名前はクロだ」
「わおーん!」
クロはうれしそうに吠えた。
「す、すげぇ。ホントにAランクの魔獣をテイムするとは……!」
ガイン師匠が感嘆の声を上げる。
しかし、次の瞬間、俺はゾクッとするような殺気を感じた。
クロが鉤爪のついた丸太のような前足を振りかざしてくる。
「ルーク皇子!?」
ドォオオオオン!
と、クロの前足に魔法の矢が突き刺さり、大爆発が起きた。
「ぎゃうッ!?」
「クロ!?」
俺は驚愕した。
クロが身を呈して、俺を射撃から守ってくれたのだ。その足からは、血が滴り落ちている。
そんなことをしなくても、俺なら十分防御が間に合ったのだが……俺はクロの献身に感謝した。
「まさか、かの魔獣を従えてしまうとはな」
「ふん……ダークエルフの特性を引き継いでいた訳か?」
「ダークエルフ王家の血筋というのは、伊達では無いらしい 」
4人ほどの男が、木々の間から姿を見せた。
今の魔法はこいつらの仕業だった。
攻撃される寸前まで殺気を感じなかった。全員かなりの手練の戦士のようだ。
「誰だお前たちは!?」
俺とガイン師匠は剣を抜いて構える。
「それがアストリア様から奪った剣だな?」
「その剣は貴様のような下賤な者が持っていて良い代物ではない。素直に渡せば、苦しまぬように一撃で首を落としてやる」
その言葉から、だいたいの事情を察することができた。
「オルレアン騎士団の者たちか? 騎士が名乗りも上げずに、不意打ちとはな」
「はっ! やっぱり堕ちるところまで堕ちたようだな」
ガイン師匠が吐き捨てるように告げた。
どうやらオルレアン騎士団は、なりふり構わず、俺を殺しに来たらしい。
「なんとでも言うが良い。騎士にとって、もっとも大切なのは主君への忠義と名誉。それを守るためなら、我らはどのような手段でも使う」
「我々は暗殺専門の【死の四騎士】。我々を敵に回したことを後悔して、冥府に旅立て」
奴らの構えは、実に堂に入っていた。
強さが一目でわかる。どうやら3日前に倒した連中とは、格が違うようだな。
「そうか。なら、こちらも手加減なしだ。お前らを倒し、アストリアが決闘で負けた事実を公表させてもらおう。オルレアン公爵家とは、全面戦争だ」
まったく、あれ程、警告をしたのに刺客を放ってくるとはな。
「魔獣を従えて気が大きくなったか、小僧!」
奴らのひとりが、突進してきた。
「【タナトスの魔剣】!」
俺の魔剣と男の剣が交錯する。男は、白目を剥いて倒れた。
「……リカルドが殺られただと?」
「なんだ、今のは?」
残りの男たちが、うろたえた。
手応えからして、服の下に鎖帷子を着込んでいたようだが、俺の【タナトスの魔剣】は、防具の上からでも死の呪いを浸透させ、敵の生命を奪うことができる。
「俺のことを、殺しを嫌う優しい人間だと勘違いしているのだとしたら、大間違いだぞ」
母さんは、別に正当防衛までは禁じていない。
この前、オルレアン騎士団と戦った時、殺しをしなかったのはディアナが居たからだ。
俺が殺しをするのを妹に見せるのは、教育上、大変よろしくない。
「【巨人の大剣】!」
俺は【巨人の大剣】を出現させて、振り回した。
回避が遅れた敵のひとりが、超大型剣の直撃を受けて吹っ飛ばされる。
「こ、コイツは、魔法が満足に使えない無能の筈では!?」
「はっ、お前らは騙されていったってことだよ!」
残った2人に、ガイン師匠とクロが襲い掛かった。
浮足立っていた奴らは、わずかな抵抗もできずに倒される。
信じられないという驚愕の顔のまま、奴らは地面に転がった。
「わおっん!」
「偉いぞクロ!」
クロが褒めてもらいたそうに駆け寄ってきたので、ご褒美に保存食の干し肉を与えてやった。クロは一息に飲み込んで喉を鳴らす。
「さて、ルーク皇子、お次はどうする? オルレアン騎士団に乗り込んでいっちょ暴れるか?」
ガイン師匠が獰猛に笑った。
「いえ、奴らがこうもあからさまに敵対してきたのなら、オリヴィアが心配です」
俺は考え込んだ。
今日、彼女はアストリアと親善のための狩りに行っている筈だ……
マケドニアの騎士たちが護衛についているから、大丈夫だとは思うが、妙な胸騒ぎがした。
「アストリアが約束を破って、彼女に何かするかも知れない……よしクロ、今すぐオリヴィアの元に向かうぞ!」
俺はクロの背中に跳び乗った。
魔獣ヘルハウンドの脚力なら、ひとっ飛びで到着できる筈だ。
オリヴィアは何があっても俺が守ると誓った。その約束は必ず果たさねばならない。
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