27話。モブ皇子は、王女から告白され恋人同士になる
「何の騒ぎだ!?」
ドヤドヤと無数の足音が響いてくる。
騒ぎに気付いた宮廷の警備兵らが薔薇園に押し寄せて来たようだ。
「まずい、すぐに退散するか。アストリア、お前らも行け」
「は、はい……!」
俺たちは急いで、牢獄塔に帰ることにした。
アストリアと重傷を負ったその配下たちも、逃げの一手だ。
ズタボロの奴らは、誰かに見つかったら敗北の言い訳ができないからな。
「あっ、ルーク様!」
「オリヴィア王女!?」
すると道の途中で、息を切らせたオリヴィア王女に出くわした。
相当、慌てて走ってきた様子だった。
「むっ、泥棒猫のお姫様!」
ディアナがオリヴィア王女に喰ってかかろうとする。
「ディアのお兄様に、あんな手紙を出して一体どういうつもりですかぁ!?」
「……ガイン師匠、ディアを連れて先に帰ってください」
「了解! ほら、ディアナ姫、良い子は寝る時間だぞ!」
「ちょっと、たんぽぽ先生、何をするんですか!?」
ガイン師匠に担ぎ上げられたディアナは手足をバタつかせて抵抗しようとした。
「【魔断剣】」
「むっ!?」
だが、ディアナが魔法を使う前に、俺はディアナの足に攻撃力ゼロの【魔断剣】を突き刺した。
これで、ディアナは【魔断剣】が具現化を保っていられる3分程度ではあるが、魔法を使うことができなくなる。
「ル、ルークお兄様ぁああッ!」
ディアナはガイン師匠になす術なく連れて行かれた。
ほっ、これで良し。
ディアナには悪いが、これもディアナが闇落ちして殺される未来を回避するためだ。
「ルーク様、まずは謝罪をさせてください。お呼び出ししておきながら、時間に間に合わず、誠に申し訳ございませんでした!」
オリヴィア王女は、深く頭を下げて謝罪してきた。
「顔を上げてください。謝る必要はありません。さきほどアストリア兄上にお会いして、事情はうかがいましたから」
「まぁっ、そ、そうだったのですね。ありがとうございます!」
動転した様子のオリヴィア王女は、そこで息を整える。
「そ、それで、その、ルーク様にご足労いただいたのは……!」
彼女は、やがて意を決した様子で、手に持った1輪の薔薇を俺に差し出した。
「こ、これで、ございます。赤薔薇の花言葉を、ご存じですか?」
「……『あなたを愛しています』だと聞きました」
「は、はい!」
顔を真っ赤にしたオリヴィア王女は、声を上擦らせた。
「それが、ルーク様に対するわたくしの嘘偽り無い気持ちです」
「本気ですか? なぜ、俺のことを、そこまで……」
まだ、彼女とは出会って4日程度だ。
「ルーク様は、皇帝を目指されているとお聞きしました。理由は、不遇な立場に置かれている、母君と妹君を守るためと」
「はい、その通りですが」
これついては、俺が皇帝とその親衛隊の前で宣言したので、宮廷では有名な話だった。
「しかし、ルーク様は先日、わたくしだけでなく、アストリア様のお命まで救われました。あのお方を突き飛ばさなければ、まず間違いなく帝位を争うライバルが1人減って、有利になられていたことでしょう。そうされなかったのは、なぜでしょうか?」
「……それは、母上から人の命を奪うような人間にならないで欲しいと教えられていたからです。アストリア兄上を見殺しにすれば、俺が殺したのも同じこと。母上を悲しませてしまいますからね」
だから、とっさに助けた。
俺が皇帝を目指すのは、母さんとディアナを幸せにするためだ。
母さんを悲しませるような非道な手段で、成り上がるつもりは無かった。
「や、やはり、ルーク様は野望を抱きながらも、他人を思いやれる高潔な心を持ち合わせているお方……! 帝国軍に兵を殺さない攻撃魔法を広めているともお聞きしました!」
オリヴィア王女は感激したように両手を合わせて、俺を見つめた。
「わたくしは、そんなルーク様を心から尊敬いたします!」
「兵を殺さない攻撃魔法? 【冥界落とし】のことですか? いえ、アレはむしろ非人道的な魔法だと思いますが……」
やがて戦場に立たせられるであろうディアナに人殺しさせないために考えたのが、不完全版【冥界落とし】で、敵兵を昏睡状態にして無力化させる戦術を帝国軍に広めることだった。
帝国軍では、すでにこの戦術の有効性が証明されつつある。
昏睡状態を解除できる【解呪】を使えるような魔法使いは、レアだからな。
だが、これが人道的かと問われると、別にそうではないと思う。
敵国の上層部は、昏睡状態になった兵士の取り扱いに、頭を悩ませている。見捨てれば士気が下がるし、助けようとすれば大きな負担になるからだ。
兵站だけでなく、敵軍の心理に与える打撃も甚大だった。
俺はこれを究極の嫌がらせだと考えていた。
だけど、俺にとってはディアナに非道な行いをさせないことが最優先なので、敵国がいくら困ろうとも知ったことではない。
ディアナが心を病んで闇落ちせず、母さんも悲しまないような幸せな未来を手に入れることこそ、もっとも重要なのだ。
「わたくしはそんな気高い心を持つルーク様に……どうしようもなく惹かれてしまったのです!」
「気高いって。そ、そうでしょうか?」
「はい!」
オリヴィア王女は、力強く頷いた。
「……まあ、【冥界落とし】を使われたくなければ、降伏すれば良いだけなんで、戦争そのものは早く終わると思いますが」
「ああっ、まさしくルーク様こそ、この長引く乱世を終わらせるお方! あなた様がもたらした【冥界落とし】の有効性については、マケドニアでも話題になっておりました」
そ、そうだったのか。
「乱世に生まれたからには、わたくしは故国のために身を捧げる覚悟はできております。しかし、この身を捧げるからには、お相手は真に故国マケドニアのためになるお方。皇帝となり、乱世を勝ち抜ける方で無ければなりません。わたくしは、ルーク様こそ、次代の覇者──皇帝アルヴァイス様の跡目を継ぎ、大陸平定を成し遂げる方だと確信しております」
多大な高評価だった。
「……俺は魔法も満足に使えない出来損ないですが?」
「ご冗談を。わたくしとアストリア様を倒壊する塔から助けてくださったあの動き。何か武術をされているというだけでは説明がつきません。わたくしはこれでも、それなりの魔法の修行は積んできております」
オリヴィア王女は微笑んだ。
まさか、あの一瞬で、俺の実力を見抜いてしまったのか……
「さきほどのディアナ様に対して使われた【闇刃】も、尋常なモノではございませんでしたよね?」
「バレていましたか……?」
なかなかの観察眼の持ち主だった。
これは、少々オリヴィア王女を甘く見ていたらしい。
「はい。どうか、わたくしの想いを受け入れてはいただけないでしょうか? わたくしはルーク様の覇道を近くで、お支えいたしたく存じます」
彼女の想いに対して、俺は真摯な気持ちで応えることにした。
「……俺は母さんと、妹のディアナを守るために皇帝を目指しています。そのために、オリヴィア王女の婚約者となるべく、ここに来ました。あなたのことは好きですが……これが恋愛感情なのかは正直、良くわかりません。それでも、よろしいでしょうか?」
「正直なお方ですね。あなた様の大望の一助となることができるなら、わたくしにとってはこの上ない喜びです。ただひとつ願うなら……」
オリヴィア王女は潤んだ瞳で、俺を見上げた。
「わたくしと口付けを交わしていただけませんか? 口付けはマケドニアの王侯貴族にとって、永遠の愛を誓う神聖な行為なのです。王女は最初に口付けを交わした方と、添い遂げねばなりません」
「口付け!? キ、キスですか……!?」
これにはさすがに、ビックリだ。
8歳の子供同士のキスなら、おままごとのようなものかも知れないが……
俺は前世も含めて、女の子とキスなんかしたことが無いぞ。
「……はい。どうか、今、ここで、わたくしとの愛を誓ってください」
オリヴィア王女は瞳を閉じて、キスを待つ姿勢になった。
心臓が飛び出るかと思う程、バクバクと脈を打った。
しかし、ここで逃げては皇帝になることなどできない。
他の皇子たちとは異なり、俺には大貴族家の後ろ楯など無い。そんな俺が成り上がるには、西の強国マケドニアの支援を得る必要がある。
俺は覚悟を決めて、オリヴィア王女に軽いキスをした。
「ああっ、う、うれしいです、ルーク様!」
オリヴィア王女は花が綻ぶような満面の笑みを見せた。
思わずドキッとしてしまう。
「本当は薔薇園の赤薔薇花壇の前で愛を誓いたかったのですが……それは、憧れの結婚式の時にしたいと思います」
結婚式か……結婚が認められるのは18歳からだ。
だが、オリヴィア王女はおそらくその前に、ゲーム本編の開始前に死に至る。
「オリヴィア王女のことは、これから何があっても俺が守ると誓います」
なら、俺は彼女のことも守ってやりたいと思った。
「ありがとうございます! ……では、これから、わたくしと二人きりの時は、どうかオリヴィアと呼んでください。婚約者となるのですから、敬語は不要です」
えっ、そ、それって、まさに恋人同士みたいだな。
「わ、わかったよオリヴィア」
「ルーク様から、オリヴィアと呼んでいただけるなんて! こんなにうれしいことはありません。今日は人生最良の日です!」
オリヴィアは歓喜した。
そんな笑顔を見せられると、こちらまでうれしくなってしまう。
「わたくしは5日後に一度、国元に帰ります。そこで、お父様からルーク様との婚約のお許しと、両国の同盟の約束を得てきます。どうか、それまで、このことは内密に……アストリア様あたりに知られたら大変ですので」
「わかった。確かにその方が良いだろうな」
俺が王女の婚約者の座を奪ったとなったら、宮廷は大騒ぎになるだろう。
アストリアには釘を刺したが、その背後にいるオルレアン公爵家が、どんな妨害をしてくるかわからない。今は俺を取るに足りないと静観している第1皇子派、第2皇子派の連中も、こぞって俺とオリヴィアの婚約を邪魔にしに来るだろう。
ことは秘密裏に進めた方が良い。
「はい。では、明日は、わたくしとダンスのレッスンをいたしませんか?」
「えっと、ごめん。この前は、オリヴィアの足を踏んじゃったからな」
あれは苦い思い出だった。
できれば、ディアナと社交ダンスの練習を事前にしておけば良かったと、後悔した。
「ふふっ、お気になさらずに。ルーク様との初ダンスの思い出は、わたくしの生涯の宝物ですわ」
夢見るようにオリヴィアは告げた。
そんな彼女のことを、俺は心底かわいいと思った。
こうして、俺はオリヴィアと密かに恋人同士になったのだった。
彼女いない歴、前世も含めて37年の俺にとって、衝撃的な一夜となった。
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