26話。モブ皇子は、光の皇子を決闘で叩き潰す
「ふざけるな! 魔族の子風情が、姫を貰い受けるだと……!」
うずくまるアストリアが手を挙げると、武装した男たちがゾロゾロと現れた。
「おのれぇええッ、アストリア様になんたる無礼を!」
「生きて帰れると思うなよ小僧!」
月明かりに照らされた男たちの数は……おいおい、15人近くはいるじゃないか。
鎧に刻まれた紋章からすると、こいつらはアストリアの母方の実家、オルレアン公爵家が擁するオルレアン騎士団か?
「アハハハッ! 姫の密会の相手は貴様かと思い、手勢を用意していたのだ!」
配下の加勢に気を大きくしたアストリアが、ふんぞり返る。
俺は呆れ返ってしまった。
「一対一の決闘じゃなかったのか? これが、噂に名高いオルレアンの騎士とはな……」
どうやら、騎士道精神などというものは、持ち合わせていないらしい。
「黙れ! ここで貴様が死ねば、オリヴィア姫は僕のものだ!」
「死ねぇえッ!」
剣を振りかざした騎士たちが、一斉に襲い掛かってきた。
「ルーク皇子、助太刀するぜ!」
そこに雷光のごとき速さで、ガイン師匠が突っ込んだ。
師匠は、瞬く間に数名の騎士を斬り倒す。
「こ、こいつはSランク冒険者のガイン!?」
「我が主、ルーク皇子殿下に剣を向ける者は、このガインが相手だ! ……騎士の名乗りってのは、こんな感じか?」
ガイン師匠が、残りの敵に剣を向けて挑発した。
「な、なに!? 家臣を連れてくるとは……貴様、卑怯だぞぉ!?」
アストリアが喚き散らす。
「どの口が言ってるんだか……」
思わず唖然としてしまう。
「おのれ! Sランク冒険者と言えど、しょせん剣術しか能の無い男だ! 包囲して魔法で倒せ!」
「はっ!」
残った騎士たちが、距離を取って魔法の詠唱を開始した。剣も魔法も一流なのが、こいつらの特徴だ。
だが……
「固有魔法|【天を飲み込む黒い月】《ギンヌンガガプ》!」
「我らの魔法が……!?」
彼らが放った火炎や電撃は、ディアナが宙空に生み出した黒い穴に吸い込まれた。
敵対する者の魔法をすべて吸収してしまうのが、ディアナの固有魔法だ。
「ルークお兄様を虐める人は、ディアが許しません! 叩き潰します!」
姿を現したディアナが、憤然と騎士たちに指を突きつけた。
「ディアナだと!? ……ま、【魔法封じの首輪】は?」
「そんなモンは、俺が斬り捨てた」
ガイン師匠が剣を肩に担いで、事も無げに告げる。
「父上の許しも得ずに、そんな勝手なことを!? 貴様、自分が何をしたか、わかっているのか!? そいつは、とんでもない化け物……!」
「自分のことを棚に上げて言うねぇ、皇子様。この場合は、正当防衛だろう? お前らから殺し合いを仕掛けて来たんだからな」
「くっ、ひ、卑怯だぞぉおおッ!」
ガイン師匠に凄まれて、アストリアは震え上がった。
「全員、今すぐ土下座してお兄様に謝罪しなさい! そうしたら、地獄の苦しみを味わう程度で、許してあげます!」
ディアナは傲然と胸を張って言い放った。
「こ、これが皇帝陛下が兵器として育てている怪物姫か!?」
「魔法が一切通用しないとは……!」
「怯むな! しょせん、相手は子供ではないか!? 剣で叩きのめせ!」
数名の騎士が、果敢にディアナに突っ込んでいく。
俺は慌ててディアナに警告した。
「ディア、殺しちゃダメだぞ!」
「はい、お兄様。【冥火連弾】!」
ディアナから、無数の黒い火球が放たれた。それは生命を蝕む呪いの炎だ。
「ぎゃあああ!?」
「手が、俺の手がぁあああッ!?」
「い、痛ぁいぃい!」
それらは騎士たちに命中して、手や足を一瞬で消し飛ばす。盾でガードした者もいたが、盾ごとその腕が消滅した。
「お兄様を殺そうとした罰です!」
いや、確かに騎士たちは、死んでいないけど……
これは、エグいな。
宮廷魔導師団なら、四肢の欠損も回復できるから、まあ大丈夫か?
「さて、どうするアストリア、まだ続けるか!?」
「わ、わかった、負けを認める! だから、僕を攻撃するなぁああッ!」
俺が怒声を浴びせると、奴は大慌てで土下座した。
「よし、まずは土下座ですね! 次は地獄の苦しみを……!」
「ぎゃぁあああッ! 謝っているだろうが!? よ、よせ!」
なおも魔法を放とうとするディアナに、アストリアは怯えまくった。
「やめろディア。相手が降伏したのなら、戦いは終わりだ」
俺はディアナのかざした手を掴んで、攻撃を中止させた。
これもディアナの教育の一環だ。
「……わかりました。お兄様が、そうおっしゃるなら。アストリア、お兄様の寛大な心に感謝するんですね!」
攻撃体勢を解いたディアナが、俺に抱擁してくる。
宙空の|【天を飲み込む黒い月】《ギンヌンガガプ》が役目を終えて消え去った。
「よしよし。偉いぞ、ディア」
「お、お兄様! なでなで気持ちいいです。もっとしてください」
ご褒美に頭を撫でてやると、ディアナはうっとりと目を細めた。
「バカめ、【流星矢】!」
その時だった。
アストリアは必殺の固有魔法を俺たちに向かって放った。
「お兄様!?」
虚を突かれたディアナが、悲鳴を上げる。
そんなことだろうと思っていたので、俺は油断していなかった。
俺は【闇刃】を左手に一瞬だけ出現させて、【流星矢】の光矢を弾く。
流れ矢は、地面に刺さって大爆発を起こした。
「へぁ……? ぼ、僕の無敵の【流星矢】がぁ?」
俺は呆然とするアストリアに突っ込んで剣の切っ先を突きつけた。
「い、今、何をした……!?」
「魔法パリィという剣技だ。【流星矢】を弾いて、軌道を逸らしたんだ」
【魔断剣】を使えばもっと簡単に防げたんだが、母さんを守るため、【闇刃】しか使えない無能を装っておきたかった。
「【闇刃】で、そんなことができる訳が無いだろう!? 僕の固有魔法の威力は、塔を破壊するほどだぞ!」
アストリアは口から泡を飛ばして絶叫した。
「そもそも超高速の【流星矢】に剣を合わせるなて、そんなの人間業じゃ……!」
「そんなことは、どうでもいい。今、俺だけじゃなくて、ディアまで殺そうとしたな?」
「はぐぅ……ッ!」
奴の額を剣先で浅く突くと、アストリアは目に見えて、うろたえた。
「あ、謝る! 今度こそ、本当に謝るから命だけはぁ……!」
まったく、見下げ果てた奴だ。
今さら、そんな嘘が通用すると思うのか?
「お兄様、どうしますか? 今すぐ殺しますか? それとも手足を燃やしてから殺しますか? ジワジワと一晩かけて苦痛を与えてから殺すのも良いですね。ディアに殺らせてください」
ディアナが、殺意をみなぎらせて歩み寄ってきた。完全にブチ切れている様子だった。
「殺すのは駄目だ。母さんが悲しむ」
なにより、そんなことをすれば、ディアナが闇堕ちして魔王になる切っ掛けになるかも知れない。
「アストリア、約束通りオリヴィア王女との婚約は、あきらめろ。彼女は俺の婚約者にする」
「あっ、が……わ、わかった」
アストリアは顔を引きつらせて頷いた。
「じゃあ、俺が決闘に勝利した証として、お前の剣を貰う。もし俺との約束を守らなければ、お前の敗北は万人が知るところになると知れ」
「なにっ……!」
俺はアストリアの剣を奪い取った。オルレアン公爵家の紋章が柄に刻まれた名剣だ。
決闘に敗れ、騎士の命である剣を奪われたことが明るみに出れば、どう言い繕ってもアストリアの名誉は地に落ちる。
「約束を守れば、今夜のことは黙っておいてやる。オルレアン公爵家の顔に泥を塗りたくはないだろう? 出来損ないの魔族の子を多勢に無勢で襲って、返り討ちにされたとな」
「き、貴様……!」
アストリアだけでなく、残った騎士たちも身を強張らせた。
今回、ほんの少しだけ、実力をアストリアに披露してしまったが、見栄とプライドの塊のようなコイツは決闘に負けた事実を隠したい筈だ。
オルレアン騎士団も俺に負けた醜聞が広がっては、その名声に大きな傷がつく。
だが、念の為、ここはさらなるダメ押しをしておくとするか。
「貴様だと? なんだその口の利き方は? 今ここで殺されたいのか、アストリア」
「ひっ!」
俺が胸ぐらを掴むと、アストリアは小さな悲鳴を上げた。
「ディアに殺しをさせなかったから勘違いしたか? 俺は必要とあれば、お前を殺すことに何のためらいもない」
さすがに帝国の正統なる皇子を殺したとなれば罪に問われるので、実際にそこまでする気はないが。
コイツがこれ以上、俺の妨害をしてこないようにするためにも、恐怖を刻みつけてやる必要があった。
前世でも経験があるが、この手のタイプの男は、こちらが優しさを見せると、舐めてつけあがってくるものだ。
「わ、わかった……約束は守る。いえ、守ります。だ、だから、手を放して」
アストリアは涙目で懇願してきた。
俺が手を離すと、首が締まっていた奴は何度もむせた。
「やったなルーク皇子。これで皇帝の座に大きく前進したぞ」
「さすがは、お兄様です! で、でも、オリヴィア王女を婚約者にするなんて……ディアとの結婚の約束はどうなるんですかぁ!?」
「いや、そもそも兄妹は結婚できないって……!」
ディアナが、ぽかぽかと俺の胸を叩いてきたので、慌てて逃げた。
なにはともあれ、これで一件落着だな。
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