21話。モブ皇子は、皇帝から覇者の器だと期待をかけられる
【ルーナ視点】
「ルーナ様、ベルガモットの紅茶でございます」
「ありがとう、ミゼリア」
私は宮廷の中庭に設けられた薔薇園で、メイドのミゼリアに紅茶を淹れてもらっていた。
宮廷の中で最も美しく、国賓の歓待にも使われるこの庭園は、絶大な権勢を振るっていたカミラ皇妃が出資して作った場所だった。
ところがカミラ皇妃は、私の息子ルークに罪を告発されて失脚してしまい、彼女の財産は、すべて私の物になってしまった。
あまりに、唐突過ぎる展開に目を回してしまったけれど……
薔薇園の優先的使用権も私のものとなり、今回、思い切って、この場所でお茶会を開いてみることにした。
「お母様、この紅茶とスコーン、すごく美味しいです!」
「今まで食べたこともないような絶品のお菓子だな」
「良かったわね、ルーク、ディアナ!」
私の血を引くために、ずっと肩身の狭い思いをしてきたふたりは、こういった催しには無縁だったので、とても喜んでくれた。
この子たちの笑顔が見れたのなら、お茶会は大成功だと言えるわ。
「ふん、下賤な魔族女風情が……!」
近くを通りかかったローズ第3皇妃が、不快なモノを目にしてしまったとばかりに、顔をしかめた。
思わずギクリとしてしまう。
「母さん、安心して良いよ。いずれ、黙らせるから」
「ええっ? ちょ、ちょっと、いいのよルーク。そんなわざわざ争いごとを起こさなくても……」
私としては、多少、居心地が悪かろうとも、かわいい息子と娘がいてくれれば、それで十分なので、ルークの物言いには危機感を覚えてしまう。
ルークは比類ない魔法の天才で、とても聡明な子なのだけれど……その血筋のためなのか、最近はやや好戦的な言動が目に付くようになっていた。
「ルークがカミラ皇妃に命を狙われたと聞いて、お母様はびっくりしたわ。今回は、ガイン殿のおかげもあって、うまく切り抜けられたみたいだけど……あまり目立って、あなたまで戦争に駆り出されるようなことがあったらと思うと、お母様は心配よ」
そこで、やんわりとだけど、たしなめることにする。
ディアナが戦争の道具にされることは、もはや避けようが無いけれど……ルークにまでそんな辛い宿命を負わせることは避けたかった。
「ルークお兄様は、本当にすごいです! 実力を隠したまま、そこまでしてしまうなんて!」
ディアナはルークを尊敬しているようで、無邪気に喜んでいた。
命を狙われた以上、身を守るために反撃するのは、やむなし……それは理解できるのだけど。
このままだと、良くも悪くも、周囲はこの子を放っておかなくなる気がするわ。
「ガイン殿が、ルークの味方についてくれて本当に良かったわ。ガイン殿、ありがとうございます。どうかこれからも、この子を守ってくださいね」
「もちろんです。ルーナ皇妃殿下、俺に任せてください」
私たちの護衛として立っていたSランク冒険者のガイン殿が、胸に手を当てて敬礼をした。
今回の事件は、間接的に私を狙ったものだったらしく、ルークが彼を私の護衛にと、張り付かせてくれることになったのよ。
ガイン殿のことは私も噂で聞いたのだけど、貴族嫌いなこと、決して特定の誰かに仕えることはしないことから【ダンディライオン】と呼ばれていた。
そんな誇り高い男性が、まだ7歳のルークに忠誠を誓っているなんて、驚きだわ。
この子には、やはり皇帝アルヴァイスの──覇王の血が流れているのだわ。
きっと、これから大勢の名のある英雄たちに傅かれていくのではないかという予感がした。
いえ、もしかするとこの子は……
100年前、魔族の巫女が『やがて世界の理を覆す力を持った魔王が、ダークエルフの王族から生まれてくる』と予言した。
その者は、人間と魔族の双方を支配し、世界の頂点に立つのだという。
世界の理を覆す力を持つのが魔王だとすると、ルークはその条件に当てはまるわ。
私はルークの固有魔法【闇刃】の異常性に気付いていた。
今、無邪気に妹と笑い合っているこの子自身は自覚できていないようだけど……
【合成魔法】の成功条件は、合成するふたつの魔法が使えること。
使えもしない魔法を【闇刃】に取り込んで合成するなんてことは、本来、不可能なことなのよ。
も、もしかすると、ルークの固有魔法【闇刃】の真の力とは……
想像して、思わず身震いした。
私のこの仮説が正しければ、それはまさに【世界の理を覆す力】だわ。
ルークが予言の魔王なのだとしたら、この子の行く末は、血みどろの戦いの道となるに違いない。
「……ルーク、いいこと? これからは、より目立たないようにしないとダメよ。あなたの才能が知れ渡ったら、世界はあなたを放っておかなくなるわ」
「母さん、それは……」
「それは本気で言っているのか、ルーナ?」
その時、親衛隊を引き連れたアルヴァイス陛下が薔薇のアーチをくぐってあわられた。
「へ、陛下……!」
私は慌てて、椅子から腰を浮かして平伏する。
その場にいた全員が、私にならった。
「ルークよ。こたびの手柄、まことに見事だった。なにより刺客を寝返らせ、逆に敵を討つとは……7歳の子供とは思えぬ胆力と人心掌握力だ。余は、お前を将の器だと見ている」
「えっ!?」
私は驚愕した。
強者を好むアルヴァイス陛下が、他人を賞賛するなど、滅多に無いことだわ。しかも、将の器とは……
私はルークへの忠告が、すでに手遅れだったことに打ちのめされながらも、必死の抵抗を試みる。
「お戯れを。ルークは確かに聡明な子ではありますが、争いごとを嫌う子です。とても、将などとは……」
「ダークエルフの王女であるのに、獅子と猫の違いもわからぬのか? 最初は魔法も満足に使えぬ出来損ないかと思ったが、さすがは余の血を引くだけはある」
アルヴァイス陛下は、愉快そうに笑った。
「こやつの本質は、竜の喉笛に喰らいつかんとする獅子だ。いずれルークを将とし、その配下にディアナをつけるのもおもしろいかも知れんな」
「陛下、それは私を息子として認め、帝位継承権をお与えになってくださると、考えてよろしいでしょうか?」
平伏していたルークが顔を上げて、とんでもないことを言い放った。
「ル、ルーク!?」
アルヴァイス陛下はルークを息子とは認めないと公言していた。
ルークの今の発言は、それを覆さんとするものだった。皇帝に対して、不遜とも取れる危険な言動だわ。
「ふん。よかろう。お前が次に何か、帝国に対して多大な貢献をすることができたら。その時は、他の3人の兄と同様、余の跡継ぎたる資格有りと認めてやろう」
「……陛下、お戯れが過ぎます」
私はなんとか、アルヴァイス陛下を諌めようとした。
帝位継承争いは熾烈を極める。
今でさえ、魔族である私の血を引くために、ルークは不当な扱いを受けているというのに、帝位継承争いに名乗りを上げれば、集中攻撃の対象にされて、命がいくつあっても足りないと思うわ。
「戯れなどではない。今は乱世だ。強き者を戴かなければ、我が帝国は滅んで消える。真の覇者たる者こそ、余の後継者にふさわしいのだ。たとえ、魔族の血を引いていようとも、自分たちを庇護してくれるなら、民と臣下は喜んでついてこよう」
「し、しかし、この子は他の兄君たちとは異なり、帝王教育など、今まで何も……」
「些末ごとだ。【冥界落とし】の魔法を余に献上する時、コヤツはなんと言ったと思う? 敵の兵站に──継戦能力に損害を与えられる魔法だと、そう言ったのだ。実に愉快ではないか!」
「えっ? へ、兵站……?」
私も兵站の重要性については多少なりとも理解していた。
前線の兵が戦うためには、武器や兵糧などの補給、怪我人の治療などの後方支援が必要不可欠となるわ。
これを兵站といい、戦争で勝つには兵糧や物資の補給を断つといった作戦が非常に有効だった。
「敵を昏睡状態にさせる魔法。兵が死ねば埋葬すれば済むが、眠っているだけとなれば食わさねばならぬし、世話をする必要がある。見捨てれば士気に関わる上、生存させるには多大なコストを支払わねばならぬとなれば、敵を殺すより敵に損害を与えられるであろう?」
アルヴァイス陛下は実に満足そうだった。
「左様でございます陛下。敵の兵を殺すのは下策。敵の継戦能力にダメージを与えることこそ、戦に勝つには上策でございます」
「うむ。まことに慧眼である。サン・ジェルマンも絶賛しておった。『戦の素人は戦略を語り、戦の玄人は兵站を語る』とな」
ああっ、な、なんていうことなの……
私は愕然とした。
私はルークに人を傷つけたり殺したりしてはいけないと教えた。そんなことをすれば、終わりの無い復讐の連鎖に巻き込まれるからよ。
そのために【睡眠】の魔法を教えたのだけど……
まさか、ルークはこれを応用して、兵站に打撃を与えることを思いついてしまったの?
それで、アルヴァイス陛下のお目にかなってしまうなんて。
私はこの子の才能を見誤っていたのかも知れない。
ルークは単に魔法の才能に恵まれた子ではなく、将の器であり、真の覇者たる資質を秘めていたのだわ。
「母さん、心配しないで。俺は必ず皇帝になってみせるから。そうしたら、もう誰にも母さんやディアナを傷つけさせない」
ルークは力強く宣言した。
誰よりも、やさしい子。だけど、それは……修羅の道なのよ。
「その意気やよし。期待してるぞルークよ!」
アルヴァイス陛下は会心の笑みを浮かべて、踵を返した。
彼の目は、兵器として期待をかけている娘ディアナではなく、覇者の資質を持つ息子ルークに終始注がれていた。
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