17話。モブ皇子は死の魔剣で不老不死の秘術を破る
「げはぁあああッ!? なんだこの破壊力は……!」
「なに?」
現在、俺にできる最強の攻撃【巨人の大剣】をぶつけたのに、ザイラスは苦悶を浮かべつつも生きていた。
薙いだ刃が、奴の肋骨のあたりで止まっている。
この手応え……ザイラスの身体の強度はアークデーモン以上じゃないか?
しかも驚いたことにザイラスの傷が、見る見る塞がっていく。
「まさか、この姿を披露する日が来ようとはな!」
ザイラスの目が金色に妖しく輝くと、その肉体が内側から爆発的に盛り上がった。頭から角が伸び、大きく開いた口からは、牙が生えだす。
「ド、ドラゴンだとぉッ!?」
ガイン師匠が息を飲んだ。
ザイラスは、直立するドラゴンのような巨大な怪物に変わっていた。
引き千切られたローブの下から現れた体表には、真っ赤な鱗が並ぶ。
ドラゴンは、この世界で最も強大な力を有する種族──神に近いとされる存在だ。
「見たか……これが我が師サン・ジェルマンより授けられた不老不死の秘術だ!」
「これが不老不死の秘術だって?」
「そうだ。錬金術によって古竜の因子を肉体に埋め込み、不老不滅の人を超えた存在と化す」
ザイラスが大きく口を開けた。その口腔に膨大な魔力が収束されていく。
万物を灰燼に帰すというドラゴンの最強の攻撃──ドラゴンブレスを放つつもりだ。
「脆弱な人間風情が……この私をただの【死霊使い】と侮ったことを後悔して、死ぬがいい!」
「はぁああああああッ!」
俺は間一髪、【巨人の大剣】を下から斬り上げ、ザイラスの顎に命中させた。
発射角度を上にズラされた灼熱のブレスが、廃砦を直撃した。ブレスに貫かれた構造物が消し炭と化し、砦の1階以上が吹き飛ばされる。
粉塵が巻き上がり、轟音と共に大量の瓦礫が降り注いだ。
「【闇刃壁】!」
俺は分厚い大盾形態の【闇刃】を頭上に展開して、レナちゃんを守る。彼女は恐怖と驚きのあまり、声も出せずにいた。
「さすがだ、ルーク! 固有魔法【狂戦士】!」
ガイン師匠が、爆発的な勢いで地を蹴って、ザイラスの顎に剣を突き立てた。
「ぐぉおおおッ!? バ、バカな……!」
俺が刻んだ傷に、ガイン師匠は全力の一撃を叩き込んだ。
ザイラスは顎から大量の血を撒き散らして、たたらを踏む。
「虫けらの分際で……許さんぞ!」
ヤツは怒りに任せて鉤爪を振るい、ガイン師匠を斬り刻もうとする。
師匠はそれを避けながら、なおも執拗に、ザイラスの傷口を狙って斬撃を浴びせ続けた。
「レナは、俺が守る!」
「お父さん……っ!」
レナちゃんが声を絞り出す。
固有魔法【狂戦士】によって、理性を失った師匠を突き動かすのは、レナちゃんへの想いだ。
まさに鬼気迫る戦いだった。
だが、不滅とも謳われるドラゴンの防御力と再生能力の前に、ガイン師匠は決定打を与えられないでいた。
コイツを倒すには、俺たちは攻撃力不足だ。
「おのれ、【冥界落とし】で滅ぼしてくれん!」
まだ残っていた数体のアンデッドが、【冥界落とし】を唱え始めた。
……そ、そうだ。これだ。
俺はあえて奴らを妨害せず、【冥界落とし】の詠唱に耳を傾けた。
後半の詠唱は、先程の【冥界落とし】の発動時に聞いた。あとは前半の呪文さえわかれば……
「げはっ!?」
ガイン師匠が床に叩きつけられた。大量の血がその口から吐き出される。
「超越者であるこの私に、勝てると思ったか!?」
ザイラスはトドメとばかりに師匠を踏み潰そうとした。
「ルークくん、お父さんが……!?」
レナちゃんが、悲痛な声を上げた。
ザイラスには生半可な攻撃は通用しない。
おそらく対抗できるのは……この魔剣しか無い。
俺は【冥界落とし】を詠唱中のアンデッドを手早く片付けた。ザイラスの注意をこちらに向けるために叫ぶ。
「おいザイラス。【冥界落とし】の詠唱、完全に理解できたぞ!」
俺は【冥界落とし】の呪文を【闇刃】に組み込んだ。
【冥界落とし】は、予想通り 【睡眠】の派生系だったため、ぶっつけ本番で実現できた。
さあ、新たなる魔剣の誕生だ。
「【タナトスの魔剣】!」
禍々しい闇の輝きを放つ魔剣が、俺の右手に出現した。
これは、触れた人間に即座に死をもたらす魔剣。対人武器として、まさに最強と言えた。
ドラゴンの因子を組み込んだとはいえ、ザイラスも属性的には人間の筈だ。なら、きっと通用する。
「まさか、あっ、あああ、あり得ん! その剣に込められた力は……【冥界落とし】だと!?」
ザイラスは、狼狽をあらわにした。
一瞬、人を殺してはいけない、ルークには不幸になって欲しくないという母さんの声が脳裏をよぎったが……
母さんとディアナを守るために、コイツは確実に始末する必要がある。
「私の数十年もの努力の結晶を、一瞬にして奪ったというのか。たかが、魔族の血を引いている程度の小僧ごときが!? 許さん。許さんぞぉおおおッ!」
ザイラスは怒りの雄叫びを上げた。
「勝手なことを抜かすな。【冥界落とし】のせいで、どれだけ多くの人間が殺されると思っている!?」
俺は【タナトスの魔剣】を片手に、ザイラスに突っ込んだ。
【冥界落とし】は魔王ディアナによって、大量殺人に使われる。
ディアナがいつ頃、この魔法を覚えたかは知らないが、ディアナの闇堕ちを防ぐためにも、ここで完全に闇に葬り去るべきだ。
あの娘に似合うのは人を殺さない 【睡眠】の魔法だ。
【冥界落とし】を振るって手を汚すのは、兄である俺の役目だ。
「おのれぇええええッ!」
ザイラスは必死に鉤爪を振るうが、もはやその攻撃は見切っていた。何度も見せてもらったからな。
「わ、私は師を超える存在となるのだぁああああッ!」
ザイラスは最後に再び、ドラゴンブレスを放とうとした。
だが、それより早く俺の【タナトスの魔剣】が、ザイラスの脳天を貫く。
「あっ、ああああっ!?」
不老不死となった筈の究極の肉体は、死の魔剣の前に、脆くも崩れ去った。ザイラスは仰向けに倒れ、その身は光の粒子となって消滅する。
「か、勝ったのか……ルーク。あの怪物に……!」
固有魔法【狂戦士】の効果が切れたガイン師匠が賞賛を口にした。
「す、すすすすごいよ! ルークくん!」
レナちゃんが驚きに目を丸くしている。
「ルークくんって。レナ……さっきも言ったが、ルークはセレスティア帝国の皇子だぞ。冗談抜きでな」
師匠は【上位回復薬】を取り出して飲み干して、口を拭う。
「お前の母さん、ルーナ皇妃の【上位回復薬】は効くな。すげぇ効果だ」
「えっ、えっ。お父さんの傷が一瞬で……!?」
そう言えば、レナちゃんは薬師を目指していると聞いた。母さんの【上位回復薬】の尋常でなさをすぐに理解したらしい。
魔法薬の効果を3倍以上に高める母さんの固有魔法【魔の創造主】は有名だからな。それが、俺が皇子である何よりの証拠となった。
「ご、ごめんなさい。ありがとうございました、皇子様!」
「いや、ルークくんで良いよレナちゃん」
俺は苦笑しながら、必死に頭を下げるレナちゃんに歩み寄った。
レナちゃんには、できれば距離を作って欲しくなかった。
「……良かったら友達として気軽に接してもらえると、うれしいんだけど」
前世でボッチだった俺は、この一言を伝えるのはかなりの勇気が必要だった。
「ええっ!? は、はい! わわ、私で良ければ、喜んでぇ!」
レナちゃんは、頬を上気させて、俺が差し出した手を握ってくれた。
俺はこの世界で初めての友達を得ることができたのだった。
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