13話。モブ皇子、カミラ皇妃の手先のテイマーを倒す
俺はガイン師匠と一緒に、魔獣退治のために帝都の外れにある森を訪れることになった。
生まれた時から牢獄塔に閉じ込められていた俺にとって、外の世界は新鮮だった。
朝露にきらめく緑の葉が目に眩しいし、なにより空気がうまい。鳥たちのさえずりも心地が良かった。
できればディアナも連れてきてやりたかったな。
ディアナは一緒に行きたいと喚いていたが、皇帝から許可が降りる訳も無かった。
「俺の後を離れずについてこい」
「はい、師匠」
周囲の景色に目を奪われていると、ガイン師匠の警告が飛んできた。
森は魔物の生息域だ。決して師匠から離れるなと、言いつけられていた。
日が落ちると、火起こしや野営のやり方を教わった。
魔物は夜陰に乗じて人を襲うため、野営中は火を絶やさずにいなくてはならないらしい。
こういった冒険者ならではの知識を教えてもらえるのは、ありがたかった。
ゲームをやり込んだだけではわからない、生の体験だ。将来、きっと役立つだろう。
「あっ、そうだ。これは母さんが作ってくれた【上位回復薬】です。師匠にもひとつ渡しておきますね」
「純粋な青だと……? これはとんでもなく良質な【上位回復薬】だな」
バックパックから取り出した【上位回復薬】をお裾分けすると、ガイン師匠が目を見張っていた。
師匠はさすがは腕利きの冒険者だけあって、母さんの【上位回復薬】の品質の高さを一発で見抜いた。俺としても鼻が高い。
「お前が、いつもの次の日には怪我が全快していたのは、コイツのおかげか?」
「そうです。母さんは、魔法薬作りに長けているんです。ディアも今、【回復薬】作りの修行中です」
「ははっ、じゃあ、そいつはディアナの【回復薬】か? 濁りがヤバくて、薬効は無いに等しいな」
俺がもう一本取り出した【回復薬】を見て、ガイン師匠は噴き出した。
ディアナは母さんの指導を受けて、【回復薬】に励んでいたが、なかなかうまくいかず、品質は最低ランクだった。
母さんいわく、怪我を癒やす【回復薬】作りは、地道な修行が必要らしい。
それにディアナは壊すのは得意だが、癒やすことは苦手みたいだった。
「そうですか。ディアは、たんぽぽ先生には自分の【回復薬】は一つもやるなと言っていたんで、ちょうど良いですね」
薬効の有無など関係ない。
かわいい妹が俺のために作ってくれたものなので、水代わりに飲むことにする。
「うん、うまい。これは最高の【回復薬】です」
実際には苦かったが、妹を貶されたままでは腹が立つので、無理に飲み干した。
「お前たち兄妹は、本当に仲が良いんだな。悪かった、そう怒るな」
「ディアもいつか、母さんのような立派な薬師になりますよ」
妹は『お兄様のためにディアは【回復薬】作りをがんばります!』と言ってくれていたので、俺はそれだけで感無量だ。
それに薬師を目指すなら、魔王にはならないでくれると思う。
「……そうだな。【回復薬】の作成で一番大事なのは、使う人間の無事を願うことだからな。その点に関しては、間違いなく合格だな」
師匠はなぜか、気分が沈んだ様子だった。
※※※
次の日、さらに俺たちは森の深くへと分け入った。
霧が出てきて、視界が悪い。これじゃ魔獣が近くに潜んでいても、気付きにくいな。
「魔獣の目撃報告があったのはこのあたりだ」
「何人もの旅人が喰われて犠牲になっているんですよね? それにしては、本道から外れ過ぎてる気がしますが」
「……そうだな」
なんとなく、歯切れの悪い返事をガイン師匠がした時だった。
6体の魔獣グリフォンが突如、木陰より姿を現した。
「グリフォン!?」
確か旅人を襲っているのは、Dランクの魔獣ブラックウルフだった筈だ。こんなBランクの魔獣がいるなんて、聞いていないぞ。
しかも、グリフォンどもは、俺に向かって一斉に襲いかかってきた。
ガイン師匠が援護してくれたとしても、これは切り札を使わなければ、しのげる状況ではない。
幸い、目撃者が師匠だけなら、口止めをすれば俺の秘密は拡散されない筈だ。
そう判断した俺は、現在使える最大威力の【闇刃】で迎撃した。
「【巨人の大剣】!」
尖塔のごとく高く伸びた【巨人の大剣】で、襲いかかってきた前衛の3体を輪切りにする。
奴らは断末魔と共に、地面に倒れた。
そこに、後衛のグリフォンが放ってきた無数の風の刃が、俺を斬り刻もうと迫る。
「【魔断剣】!」
俺は、全身から極小の【魔断剣】をハリネズミの針のように出現させて、そのことごとくを無効化した。
鉄壁の防御形態、ハリネズミモードと呼んでいた。
「なんだその魔法は!?」
「ガイン師匠、敵です!」
ガイン師匠は唖然として立ち尽くしていた。
なぜか、剣を抜こうともしていない。
「ガイン、なにを、ぼーっと突っ立っていやがる!? 俺の魔獣と連携して、そのガキを殺せ!」
木陰から顔を出した男が叫んだ。
妙にグリフォンどもの統率が取れていると思ったが、こいつはテイマーか?
それで、だいたいの事情を察することができた。
……ガイン師匠は敵だったってことだ。
「はぁああああッ!」
俺は【巨人の大剣】を猛然と振り回して、残りのグリフォンどもに叩きつけた。
【巨人の大剣】は具現化した魔法の剣であるため質量が存在せず、羽毛よりも軽々と扱えるのが特徴だった。
次の魔法を放とうとしていたグリフォンどもは、すべて一撃で絶命する。
「信じられねぇ!? クソッ、あとは任せたぞ!」
手下を倒されたテイマーは、脱兎のごとく逃げ出した。
「逃がすか!」
俺は足の裏から【闇刃】を勢い良く伸ばし、その反動で大きく跳躍した。
一瞬でテイマーとの距離を詰めて、その背に刃を叩き込む。
「【ヒュプノスの魔剣】!」
「がはッ!?」
テイマーに喰らわせたのは殺傷力が無い代わりに、相手を眠らせる効果のある【ヒュプノスの魔剣】だ。
テイマーはその場に崩れて眠りに堕ちた。この男からは、事情を聞き出す必要がある。
「魔法が一つしか使えない無能皇子っていう噂と、ぜんぜん違うじゃねぇか。まさか今の巨剣は、【固有魔法】か……?」
ガイン師匠が剣を抜いた。
「とんでもねぇ威力だな。ディアナより、お前の方が怪物だったて訳か」
「ガイン師匠、どういうことか説明してもらえますか?」
俺は師匠を睨みつけた。
ガイン師匠が敵ならば、確実に口を封じなければならない。おそらく、黒幕はカミラ皇妃あたりだろう。
俺が実力を隠していたことがカミラ皇妃に伝われば、俺にも【魔法封じの首輪】が嵌められるに違いない。
そうなれば母さんを守ることは、ほぼ絶望的となる。
できればガイン師匠を殺したくはないが、母さんの命、そしてディアナの運命とは天秤にはかけられない。
「悪いがレナを救うために、お前には死んでもらう必要がある。そういうことだ」
「……レナ? 師匠の家族ですか?」
ガイン師匠の顔に、葛藤が浮かんだ。
「そうだ。俺の娘だ。要するに、俺とお前は似たもの同士ということだ。なら、譲れないのもわかるだろ?」
娘を人質に取られて、命令を聞かされているということか。
だけど、甘いぞ。
俺は7年間、宮廷で生きてきて、貴族のやり口というのは、それなりに理解できるようになっていた。
「俺を殺したら、確実にレナちゃんが返ってくるという保証はありますか?」
「なに……?」
「カミラ皇妃は、皇帝から俺を殺すなと命令されています。俺を暗殺しようとしたことが明るみに出れば厳罰が下るでしょう。証拠隠滅のために、師匠とレナちゃんは消されるのではないですか? カミラ皇妃なら、確実にそうすると思いますよ」
ガイン師匠の顔が、驚愕に染まった。
カマをかけてみたが、それで黒幕についての確証が持てた。
あいつは、俺たち親子、特に母さんに対して強い嫉妬と憎しみを抱いているからな。
なら、やることはひとつだ。
ガイン師匠と共に、カミラ皇妃をあらゆる方法で徹底的に叩き潰す。
もう二度と俺たちに手が出せないようにな。
「俺がレナちゃんを助け出すのに協力します。ふたりで力を合わせればきっとできますよ、ガイン師匠」
「……正直、驚いた。お前はすげぇ男だなルーク」
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