12話。Sランク冒険者、モブ皇子の真の実力を知って驚愕する
【Sランク冒険者ガイン視点】
「なっ、なんだお前は……?」
俺はドレス少女の蹴りを掴んで、宙吊りにした。
驚いたのは、その怪物じみた身体能力だ。まさに疾風迅雷の動きだった。
下手すりゃ脇腹に命中して、痛手を受けていただろう。
「離せぇ! 離してくださいぃいいッ!」
蹴りを掴んだ俺の手が痺れていた。今だって、暴れる少女を抑えつけるのに必死だ。
コイツはとんでもない、じゃじゃ馬だぞ。
「ディア!? いきなりガイン師匠に何をするんだ!? 約束を忘れたのか?」
「だって、その男がお兄様を剣で思い切り叩いて……!」
「これは、剣の修行だぞ。そんなの当たり前だろ?」
「当たり前じゃありません。お母様もディアも、毎日、お兄様が傷だらけになって帰ってきて、すごく心配しているんです!」
少女は俺の拘束を力任せに解くと、猫みたいに髪を逆立てて威嚇してきた。
「あなたなんて、ディアがやっつけてやります。覚悟ぉおおおおッ!」
「……そうか、お前がダークエルフ王族の血を引くという怪物姫か」
兄とは正反対に魔法の才を持って生まれ、帝国の決戦兵器として育てられていると噂のディアナ皇女だ。
なんでも、たった4歳の頃に、アークデーモンを撃退したとかで、ちまたでは怪物姫という通称で呼ばれていた。
【魔法封じの首輪】で、牢獄塔以外の場所では魔法を封じられていると聞いていたが……
こいつは魔法が優れているだけじゃない。大人顔負けの筋力じゃないか?
「ガイン師匠、ディアを怪物姫などとは呼ばないでください。この娘は、俺のかわいい妹です」
その時、ルークがゾッとするような怒気を放った。
な、なに……?
一瞬、こいつが妹以上の怪物のように感じられたが、気のせいか?
「きゃあ! お兄様、うれしいです! はい、ディアとふたりで、この方をコテンパンにしましょう!」
口調は上品だが、言っていることは激ヤバだった。
「駄目だ。師匠には俺ひとりで勝たなくちゃ意味が無いから、先に帰ってくれ」
ルークはディアナに近寄って、その頭をやさしく撫でた。
ディアナはうっとりして、兄にすりよる。
その姿を見て、こいつらが俺の娘のレナと同い年くらいなことに、今さらながらに気付いた。
「……すまないルーク、今のは俺の失言だった」
俺はルークに謝罪した。
「わかっていただけて、うれしいですガイン師匠。ほら、ディアも師匠に謝って」
「むぅうう。ですが、この方はお兄様を……」
「ディア!」
「お、襲いかかって、申し訳ありませんでした。たんぽぽ先生」
ディアナも不承不承、謝ってきた。そうすると、ただの年相応の少女に見えるな。
「……って、たんぽぽ先生ってのは、なんだ?」
あまりに変な呼び名に、気勢を削がれてしまう。
「あなたは【ダンディライオン】が、二つ名なのでしょう? だから、たんぽぽ先生です」
「確かに、その通りだが。めちゃくちゃ弱そうに聞こえるから、やめろ」
【ダンディライオン】は、ライオンの牙という意味だが、同時にたんぽぽの別名でもあった。根絶やし草の俺を揶揄して付けられたものだ。
「たんぽぽ先生! たんぽぽ先生! 悔しかったら、ディアを捕まえてごらんなさい!」
「おっ、お前。兄貴と違って、性格が悪いな」
ディアナは手を叩いて囃し立てる。
「いいですか? もしお兄様をイジメたら、ディアが許しませんからね! 永遠にたんぽぽ先生と呼んで、バカにしてやります!」
ディアナが俺に指を突きつけてくる。
思わず苦笑するしかない。
「お姫様を怒らせたら、怖いことはよくわかった。ただ、俺も仕事を引き受けて以上は、キッチリやらなくちゃならないんでな」
「もちろんです師匠、剣の修行については手加減抜きでお願いします」
「……むぅ。お兄様が心配なので、ディアはこれから毎日、見学させていただくことにします」
「なに……? 本気か?」
「来るなと言われても来ますからね、たんぽぽ先生」
「おい、その呼び名、続けるのかよ?」
ディアナにツッコミを入れながらも、俺は考え込んだ。
となると、宮廷内で事故を装ってルークを殺すことは難しくなるな。
あっ、いや、待てよ。
これを口実にルークの暗殺を引き延ばし、その間に、レナを救出できれば……
ルークを殺したくない俺にとって、ディアナの登場は渡りに船だった。
「よ〜し。ディアナ、毎日、特等席で見学させてやる。椅子を用意してこい」
「なんですか、急に猫なで声になって……気持ち悪いですよ、たんぽぽ先生」
ディアナは怪訝な顔つきになった。
※※※
4日後の夜、俺はレナを救出するために、カミラ皇妃の所有する別荘に忍び込んだ。
これまでに何度かザイラスに、レナの安否を確認させろと要求し、レナの監禁場所の手掛かりを掴んできた。
おそらく、この場所で間違いない。
ザイラスの水晶玉に映ったレナは、毎回、貴族屋敷のような場所にいた。
カミラ皇妃はいくつもの別荘を持っていた。俺は当たりを付けた別荘で働く使用人に金を渡して、小さな女の子が運び込まれたという情報を聞き出した。
時間がかかっちまったが、ようやくだ、レナ。ようやくお前を助け出してやれるぞ。
はやる気持ちを抑えられないまま地下室の扉に手を掛けると、背後から突然、声をかけられた。
「不法侵入とは感心せぬなガイン。物取りにでもなったか?」
「なにッ!?」
振り返ると、あの老人口調メイドのザイラスが立っていた。
この俺が気配を感じ取れないとは……幽霊のように存在感が無い女だ。
「お前の動向は監視させてもらっている。下手なことはせぬ方が、娘のためだぞ」
「すまねぇな。レナが本当に生きているか、直接会って確かめたくてな」
俺は肩を竦めた。
「ここにいるなら、会わせてもらえるか?」
レナの所在がわかれば、後はコイツをブチのめして、救出するだけだ。
「疑い深い男だ」
ザイラスは水晶玉を取り出して見せた。
そこにレナの寝姿が映ったが、監禁場所が変わっていた。質素な部屋で、レナは粗末な椅子に座らされた状態で、寝かされていた。
……クソッ、最初から踊らされていたか、俺が嗅ぎ回っていると知って場所を移したか。
「満足したか? この屋敷に娘はいない」
ザイラスは鼻で笑った。
「余計なことはせず、仕事に励め。次に、おかしなマネをしたら娘の死体と対面することになるぞ」
「ぐっ……」
俺は歯軋りした。
それから打開策が見つからないまま、さらに3日が経過した。
その朝、俺はカミラ皇妃に呼び出された。
「もう十分、ルークの信頼は得られましたわね?」
この女はザイラスから俺に関する報告は受けているだろうが、俺が打つ手無しだと知ってか、満足そうな顔をしていた。
「……そうだな」
「ふふふっ、なら大詰めよ。凄腕の魔獣使いを実家から呼び寄せたわ。実戦を経験させるなどと称して森にルークをおびき出して、魔獣の餌食にしておやりなさい」
魔獣相手の実戦など7歳のガキには早すぎるが……皇帝から雇われたSランク冒険者の俺が同行すると言えば、誰からも反対されないだろう。
「魔獣にあの小僧を殺させれば、この私が黒幕だとは陛下には決してバレないわ」
「それをやったら、レナの魔法を解いた上で、無事に解放してくれるんだろうな?」
「もちろん。残りの報酬も渡して差し上げますわ」
胡散臭いことこの上ないが、俺としては他に選択肢がない。
……すまない、ルーク、ディアナ、俺を恨め。
次の日、魔獣退治をすると言って、俺はルークを連れ出して森に向かった。
カミラ皇妃が魔獣使いを使って用意したのは、空を飛ぶことができるBランクの魔獣グリフォンだった。
風の魔法を操り、人間を遠距離から八つ裂きにできる危険極まりない魔獣だ。それを6体も使うという大盤振る舞いだった。
まったく、ガキひとりを殺るのに、信じられないほどの念の入りようだな。
ルークは驚く程、強くなったが、剣しか攻撃手段が無い以上、6体のグリフォン相手に生き延びるのは不可能だ。
そう思っていたのだが……
森の探索を開始して、2日目──
木陰から6体のグリフォンが同時に出現し、ルークに襲いかかった。
3体が前衛として突撃し、残りの3体が後衛として風の魔法で攻撃するという完璧な布陣だ。
ルークには、魔法への対処などまだ教えていない。これで完全に終わったと思った。
だが……
「【巨人の大剣】!」
その前衛の3体が、ルークが出現させた巨人が振るうような超大型の剣によって、まとめて両断された。
「なんだとッ!?」
俺はルークの真の実力を思い知らされることになった。
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