10話。モブ皇子は理想の剣【ヒュプノスの魔剣】を生み出す
「さあ、これが【睡眠】の魔法よ」
「すご〜い! 鳥さんが眠っちゃいました!」
牢獄塔の中で、ルーナ母さんが俺たち兄妹に魔法を教えてくれていた。
母さんが魔法を唱えると、鳥籠の中の小鳥が、コテンと横になって眠ってしまう。
ディアナはそれを目をキラキラさせて覗き込んだ。
「じゃあディアナ、やってみて」
「はい、お母様ぁ!」
元気良く返事したディアナが、もう一匹いる小鳥に向かって手をかざし、【睡眠】を詠唱する。
しかし、小鳥は何事も無かったかのように、さえずり続けた。
「むぅ~っ! 眠って、眠ってください!」
ディアナはむっと頬を膨らませて命じるが、何の変化も無い。
精神操作系の魔法は、対象の脳に作用するため扱いが難しいのだ。攻撃魔法と異なり、必ずしも効果を発揮する訳ではなかった。
ゲームでは、どんなに【睡眠】の成功率を上げても80%が限界だったな。
「ディア、これ苦手です!」
「だけど、魔法そのものは発動しているみたいじゃないか。ディア、すごいぞ」
「そ、そうですか、ルークお兄様……?」
俺が褒めると、ディアナはまんざらでもない様子で、機嫌を良くした。
「ルークの言う通りよ。それに【睡眠】の魔法を使いこなせれば、誰も傷つけずにピンチを切り抜けることができるわ。大変かも知れないけど、がんばるのよ」
母さんがディアナを優しく諭した。
ダークエルフと言えば、血を見るのが大好きな戦闘種族だけど、母さんは優しさに満ちた性格をしていた。
俺はそんな母さんを誇りに思う。
「わかりました。よ〜し!」
ディアナはその後も何度か挑戦するが、小鳥が眠りに落ちることはなかった。
「や、やっぱり、うまくいきません……ディアはルークお兄様みたいな天才じゃないんです!」
「……天才って、俺の魔法はかなり使い勝手が悪いんだが」
将来、魔王として君臨する稀代の魔法使いから言われると、苦笑するしかないな。
「そもそも才能の無い俺には、【睡眠】の魔法を使うなんて、無理だしな」
「何をおっしゃるんですか、ルークお兄様は大天才です! 世界一強くて、世界一カッコいい、世界一のお兄様です!」
俺を見上げるディアナは、本気でそう思い込んでいるらしかった。
かわいい妹からここまで言われると、こそばゆいな。
「じゃあ、次はルークがやってみて。小鳥さんを傷つけることなく眠らせるのよ」
「わかったよ、母さん」
俺は【闇刃】の詠唱中に、【睡眠】の呪文を頭の中で無詠唱することで、ふたつの魔法を合成する。さらに、攻撃力がゼロまで低下するように調整した。
「【ヒュプノスの魔剣】!」
手の平から伸びた闇色の刃で小鳥を貫くと、小鳥は一瞬で昏倒した。
しかし、その身はまったく傷ついていない。小鳥の意識だけを刈り取り、眠りにつかせることに成功できた。
「わぁっ、お兄様、スゴいです! 一瞬で眠らせちゃいました! あっ、しかも、小鳥さんはまったく怪我をしていないです!」
ディアナが尊敬の目で俺を見つめる。
「すごいわ、ルーク!」
「まだまだ、改良の余地はあるけど、思いの外うまくいったよ、母さん」
扱いの難しい精神操作の魔法も【闇刃】に組み込めるようになったのは、大きい。
【ヒュプノスの魔剣】を対象に当てることで、神経を通して直接、脳に作用を及ぼせるようにしたため、通常の【睡眠】よりも、即効性、確実性があるようだった。
これは使える魔剣だな。
「その【ヒュプノスの魔剣】は、剣の理想形だと思うわ。誰かを傷つけずに、争いを収めることができるのですもの!」
母さんは両手を合わせて、いたく感激していた。
「えっ、そうかなぁ……」
大げさな物言いに、俺はやや面食らってしまう。
「そう、そうよ、良く聞いてルーク。私たちの一族──ダークエルフが滅ぼされてしまったのは、戦いを好む種族だったからよ。それで、人々の恨みを買ってしまったの」
母さんは真剣な顔で続けた。
「人を傷つければ、その報いが自分に返ってくるわ。私はルークやディアナには、そんな不幸な人生を歩んで欲しくないの。だから、あなたの剣は理想なのよ」
「……う、うん、わかったよ母さん」
母さんを傷つけたくないので、俺は賛同を口にした。
母さんはやさしいけど、いくらなんでもソレは考えが甘すぎると思う。
この世界には、どうしようもないクズがいて、ソイツらには、やさしさや平和主義など、まるで通用しないことを、俺は知っていた。
俺の前世の父親や皇帝アルヴァイスが、その典型例だ。
そいつらから、母さんとディアナを守るためなら、俺は手を汚すことを厭わない。
「ディアナもいいわね? だから、【睡眠】の魔法は、うんとがんばるのよ」
「はい、お母様!」
ディアナは、意味がよくわからないまま頷いているようだった。
俺はここぞとばかりに念を押しておく。
「そうだぞディアナ。他人を傷つけたり、まして命を奪ったりしちゃ、絶対にダメだからな」
ディアナの闇堕ち魔王化フラグは、完全に潰さなければならない。
そのためには、幼い頃からの教育が重要だし、手を汚して他人から恨まれるのは、俺ひとりで十分だ。
「はい、もちろんです! この前のようなことは、もう絶対にしません! 人は壁にめり込んだら、死ぬんですよね!」
「それなら、良し」
俺はご褒美に、ディアナの頭を撫でてあげた。
ディアナは、うれしそうに頬を緩める。
「ルーク、偉いわ。そう、その通りよ。いい子に育ってくれて、お母様はとってもうれしいわ!」
母さんが、俺たちふたりを胸に掻き抱いた。
花のような良い香りがして、俺はこの上ない至福を感じてしまう。
「えへへっ。ディアも、いつかお兄様みたいなスゴイ魔法使いになりたいです」
「がんばれば、ディアナもきっとルークに追いつけるわ」
「ディアなら、きっと100%なれるから、心配しなくて良いぞ」
「ホントですか!? うれしいです!」
その時、扉がノックされた。
「失礼、少々、よろしいでしょうか、ルーナ妃殿下」
その声はサン・ジェルマン伯爵だった。
この牢獄塔に出入りする物好きは、彼くらいなものだ。
「大丈夫です。どうぞ、お入りください」
母さんは、小鳥に【解呪】の魔法をかけて、覚醒させた。
これは俺の【ヒュプノスの魔剣】の痕跡を消すための措置だ。
母さんは俺の真の力を、決して他人に知られないように万全の注意を払っていた。
母さんは、いずれ俺だけでもここから逃げて、自由に生きて欲しいと考えていた。
ディアナがいずれ戦場に送られることを知って、母さんはずっと心を痛めているようだった。
この【睡眠】の魔法の修行は、母さんなりの精一杯の皇帝への抵抗だと思う。
「実、こちらのメイドが、ルーナ殿に仕えたいと申しておるのですが……」
「えっ、私に仕えたい?」
「失礼いたします、ルーナ様」
サン・ジェルマンと共に入室してきたのは、俺が母さんと一緒にカミラ皇妃から助けたメイドだった。
メイドは恭しく頭を下げる。
「ミゼリアと申します。カミラ皇妃には、お暇を告げて参りました。今後は、ルーナ様にお仕えさせていただきたく存じます」
「あ、ありがたいお話ですが……そんなことをすれば、あなたは宮廷で孤立することになると思います。それに私は給金も満足に払えませんが、よろしいのですか?」
母さんは戸惑った様子だった。
「もちろんです。これ以上、あの方の側にいたら、私は命を落としかねませんし、少しでもルーナ様にご恩返しがしたいのです!」
ミゼリアは頬を上気させて告げた。どうやら、本気らしい。母さんの味方になってくれる者が現れるとはありがたい。
「良かったね、母さん」
「ええっ、それじゃ、よろしくお願いするわね、ミゼリア」
「はい! ルーク様も本当にありがとうございました」
ミゼリアはそう言って、何度も何度も頭を下げた。
もしかすると、この調子で俺たちに味方する者が増えていくかも知れないな。
「むっ! ミゼリアさん。ルークお兄様が、いくらカッコいいからと言って、変なちょっかいは出さないでくださいね!」
ディアナが頬をぷくっと膨らませた。
「はぁっ……?」
「もうディアナは本当にお兄ちゃんっ子ね。微笑ましいわ」
うん、そうなんだけど。
ミゼリアは呆気に取られているし、最近、ディアナのブラコンぶりが、加速してきていないか?
「それと、ルーク殿。皇帝陛下より、お許しが出ました。高名なSランク冒険者ガイン殿を、ルーク殿の剣術の師匠にしてくださるそうです」
「そうですか、ありがとうございます、サン・ジェルマン伯爵!」
さらに、うれしいニュースが伝えられた。
よし、これで、より高みに登ることができるぞ。
俺は期待に胸を膨らませた。
お読みいただき、ありがとうございました!
少しでも面白い! 続きが読みたい! と思っていただけたら、
『ブックマーク』登録と、下にあるポイント評価欄【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけると幸いです!
評価ボタンは、モチベーションに繋がりますので、なにとぞ応援よろしくお願いします!
↓この下に【☆☆☆☆☆】欄があります↓